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牛丸 聡(うしまる・さとし)早稲田大学政治経済学術院教授 略歴はこちらから

世代間の繋がりを大切にした社会保障制度を
“分断”招きかねない公的年金議論

牛丸 聡/早稲田大学政治経済学術院教授

公的年金の財政方式

 最近、橋下大阪市長が、維新の会の構想として、年金の世代間格差を是正するために積立方式への変換を挙げるなど、国民の年金問題に対する関心が高まっている。このオピニオンコーナーでも「年金の世代間格差」をテーマに執筆してほしいと依頼があった。筆者は最近の国民の社会保障制度のあり方に対する姿勢に一抹の不安を感じていたので、この機会に、私が感じていることを国民にお話したいと思い、執筆を引き受けることにした。

 公的年金の財政方式とは、公的年金の給付額をどのように財源調達するかという方法である。それには、賦課方式と積立方式という2つがある。本稿は紙幅が限られているため、各々の財政方式の詳細について書くことができないので、関心のある方は適切な文献を参照されたい。しかし、あえてここに簡単に説明すると、賦課方式とは、ある世代が受給する年金額を後代世代が提供する財源でまかなうというやり方である。つまり、各世代が順繰りに支え合うやり方である。それに対して、積立方式とは、ある世代が受給する年金額はその世代がまだ若い時に用意し、それを資産運用してまかない、他の世代に依存しないやり方である。どちらの財政方式にも一長一短ある。賦課方式は、後からリスクが発生しようとも、後代世代が前の世代の公的年金を支えてくれるので、例えば、経済変動に対応した年金を保障できる。そのような長所を持つ賦課方式であるが、わが国が直面しているような著しい少子高齢化が進展すれば、よく指摘されるように、年金にまつわる世代間格差が発生する可能性がある。積立方式は、他の世代に依存しないから、少子高齢化が進展しても、年金にまつわる世代間格差を避けることができる。しかし、他の世代に依存しないということは、経済変動や資産運用の失敗など、後からどのようなリスクが発生しようとも、それへの対応はすべてその世代だけで処理しなければならないゆえ、リスク対応としては限られた方式といえる。どちらの財政方式を採用するかは、国民がリスクへの対応に関して世代を越えてどこまで支え合う社会を良いと考えるかによる。

世代間公平

 国民は、公的年金をはじめ社会保険のために社会保険料を徴収される。加えて、様々な形態の税金を徴収される。また、公的年金をはじめとした現金給付および医療・介護を受給する。診療や介護を受けた時には、費用負担の一部を軽減されるので、自己負担分は小さくなる。自己負担分を除いた分は徴収された社会保険料や税金によって支えられている。これが、社会保障制度である。いずれの世代も、一方で今述べたような社会保険料や税金を負担し、他方で給付や費用負担軽減という利益を受けている。世代会計という捉え方がある。いくつかの前提をおいた上で、世代ごとに生涯における受給額と生涯における負担額を計算して、その両者を比較するのである。負担に税金を含める場合と、社会保障に限定するので社会保険料を中心にやる場合とがある。世代会計の手法を用いた「社会保障を通した世代別の受給と負担」に関する研究では、進展する少子高齢化が両者の関係を世代間で著しく違ったものにさせ、前の世代は負担より受給が大きく、後代世代になるほど受給より負担の方が大きくなることを示している。これを「世代間格差」と呼んでおこう。そして、それを是正するように、制度改革を提唱している。このような研究が明らかにした成果とその提唱に対して筆者はどのように考えるか。著しく進展する少子高齢化が各世代の両者の関係にどう影響するかを明らかにした点は重要な貢献である。著しい少子高齢化がもたらす両者の関係を見て、筆者も何らかの対応を講じなければならないと思う。

 だが、ここで筆者は「世代間公平」とは何だろうかと考えてしまう。世代間公平という考え方は難しく、その公平を決めるためには、様々な事柄があると思う。確かに、ここで指摘された世代間格差を是正するために何らかの対応をすることは世代間公平につながるかもしれない。しかし、視点を少し変えてみる。これまでの高齢世代は社会を支える子どもを多く作った。それに対して、今の若中年世代は社会を支える子どもをあまり作っていない。場合によっては、こうした事柄も世代間公平を決める時に考慮すべき項目になってくるかもしれない。筆者が言いたいのは、そうした事柄も考慮しなければいけないということではなく、指摘されている人口構成の変化による世代間格差は確かにある程度是正しなければならないが、世代間公平というものは、それだけでなく、他に様々な事柄を考えなければいけない難しいものだということである。世代間公平の中身は、最終的には、国民が決めることである。世代間公平は、社会を構成する国民が他世代のことをどこまで考えるかという社会のあり方に応じて異なってくる。

世代間の繋がりを大切にした社会保障制度の構築

 公的年金を積立方式へ変換させようとする考え方も、また、前記した求められる対応も世代間格差の是正という1つの基準に立つ限り、分からなくもない。確かに世代間格差は大きな問題であり是正しなければならない。だが、注意してほしいのは、それらの是正策の究極には、世代間のつながりを分断させ、リスクをそれぞれの世代におしつける社会があるということだ。社会保障制度のあり方を検討する際に、考慮すべきなのはその1つの基準だけでなく、他の事柄も考慮する必要がある。筆者には一抹の不安がある。最近、国民の目が世代間格差の是正だけにいき、公的年金制度のみならず、社会保障制度全般のあり方に関して、その1つの基準だけに基づいて制度の方向性を決めようとしているように思える。社会保障制度を取り巻く状況は確かに厳しいが、最も大切なのは、私たちが根本のわが国社会のあり方としてどのようなものを望んでいるかということだ。私たちは、同じ社会に共存する者同士のつながり、そして、世代間のつながりを大切にしながら協力して将来に向けて望ましい社会保障制度を構築していかなければならないのではないか。

 昨年の3月11日、わが国は東日本大震災を被災し、多くの方々を失った。大変に悲しい。今なお、苦労している方々がいる。国民としてできることをしなければならない。震災以降に、多くの国民が示してきた支援の気持ちは素晴らしいものである。この気持ちを持っている国民であるから、世代を分断させるような社会ではなく、他世代のことも考えられる社会を望んでいるのではないだろうか。わが国がどのような社会を目指しているのかということを、国民1人ひとりに考えていただきたい。

牛丸 聡(うしまる・さとし)/早稲田大学政治経済学術院教授

【学歴】
早稲田大学政治経済学部卒業
東京大学経済学部卒業
東京大学大学院経済学研究科第2種博士課程 単位取得終了
博士(経済学)[東京大学]取得

【職歴】
青山学院大学経済学部専任講師/同助教授/同教授/早稲田大学政治経済学術院教授

【政府委員】
社会保障審議会年金数理部会委員/中央社会保険医療協議会委員

【専門分野】
財政学