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船木 由喜彦(ふなき・ゆきひこ)早稲田大学政治経済学術院教授 略歴はこちらから

ゲームと実験で考える ―「今夏の節電は成功するか」

船木 由喜彦/早稲田大学政治経済学術院教授

 現在、原子力発電所の稼働問題が盛んに議論され、同時に昨年行われた節電についての議論も活発になっています。この節電の問題をどのようにゲーム理論を使って分析するかを今回のメインテーマにしましょう。

 ゲーム理論は合理的意思決定の分析と言われていますが、その特徴は、他の意思決定者がいることの認識と、自分が合理的であるのと同じくらい、他人も合理的であると考えることです。言い換えると、「私が考えることは当然他の人も考える」ことを前提に合理的な意思決定を考えます。このような考えは当たり前のように見えますが、見落としがちですし、実際にはなかなか難しいものです。このポイントを覚えていてください。

 それでは、節電すなわち、電力利用削減の問題を考えてみましょう。利用可能な電力量が限られており、それを超えて電力を利用すると停電になってしまう状況を考えます。このとき、各人の使用量をうまく調整して、全体の使用量を削減する方法を考えましょう。その一つは、例えば地域割当制で、昨年の震災直後のように輪番制で地域ごとに停電を計画的に実施する方法があります。これは同時に停電の時間割当制でもあります。昨年の経験からもわかるように、これは停電が割り当てられた地域では大変に不便な方法です。本来は皆で公平に電力利用量を削減するのがより好ましい方法です。それは、どうやって実現できるでしょう。

 この状況をゲーム理論で分析するために、一つ例としての次のようなゲームモデルを紹介しましょう。10人の参加者がいるとします。各参加者は、資源の利用レベルを1、2、3、4、5の中から選ぶことができます。この数は、各自の電力利用量に対応しています。全員の利用レベルの合計が25以下のときは、利用レベルに比例して利得を得ます。すなわち、たくさん利用した方が利益は大きくなります。全員の利用レベルの合計が25を越えると、各自の利得はゼロになってしまいます。これは停電が生じることに対応しています。

 ゲーム理論の代表的な解(ナッシュ均衡)は全員の利用レベルの和が25であるような、すべての利用レベルの組です。レベルの和が24以下の時は、利用レベルを増やすことで利益が増える人がいます。すなわち、そのような状況は均衡状態ではありません。この状況で皆が均等に利用するとすれば、一人当たり2.5ですが、それは不可能ですので、多くの人が2か3を選ぶことになりそうです。しかしながら、そのような調整の方法は明確ではありません。すなわち、この状況での個人の最適な選択は明確に定義できません。このような意味でゲーム理論は最適行動を教えてくれません。

 それでは、この問題を別の方法で分析してみましょう。それは実験経済学によるアプローチです。我々のグループは、2010年の冬に早稲田大学内の政治経済実験室で、実際に学生の参加者を集めてこのゲームをやってもらいました。参加者は自分の選択に応じて、実際に金銭的報酬を得ることができます。また、参加者はだれがグループのメンバーであるか知りませんし、PCブースの中で他の人に知られずに意思決定をすることができます。利用量の選択は1から5まで多岐にわたりました。利用量レベルの総和は26から30が多く、利用量が少し多すぎて、全員がゼロを獲得する結果が多く見られました。すなわち、人々の間の調整が大変なことがわかりました。

 さらに、この実験では、さまざまな方策の比較をしています。その中でいくつか面白い結果がわかりました。例えば、この実験では、利用量の選択を同じグループの間で何回も繰り返して行いました。そこで、前回の総使用量がわかった方が調整しやすいと考え、基本設定から変更して、そのようなルールのもとで実験を行ったところ、逆にうまくいきませんでした。かえって悪い結果が生ずることもありました。これは電力使用量の詳細を通知する効果が少ないことを示唆しています。

 その理由は、おそらく次のようなものと考えられます。冒頭に述べたポイントを思い出して下さい。たとえば、使用量の総和が26であったとしましょう。そうすると、おそらく他の人は削減するだろうから、自分は削減しなくても大丈夫、あるいは少しは増やしてもかまわないと思うかもしれません。しかし、残念ながら、それと全く同じことを考え、自分は削減しなくても大丈夫と思った人がたくさんいました。すなわち、一人だけ抜け駆けすることはできず、削減はうまくいきませんでした。皆も自分と同じように考えるということに気がつけば、もしかすると避けられたかもしれませんが、これは、なかなかうまくいかないようです。すなわち、このような情報開示の方策はうまくいきませんでした。これは、電力会社が行ってきた電力量使用量のレベルの開示が必ずしも期待通りの効果を発揮しない可能性を示唆しています。

 一方、次のような方策も行いました。使用量の総和が25を超えているとき、電力供給を維持するために、最大使用量の人から強制的に利用停止を進めます。まず、使用量5の人の利用をすべて停止し、それでも、まだ総使用量が超過しているときは、使用量4の人の使用を停止しということを続けます。最終的には、誰かが使用できるようになります。一方、2以下の使用量の人は必ず、使用が可能となります。この方策も、実は、電力使用の超過という観点では、問題を解決できなかったのですが、面白い現象が見られました。すなわち、従来の使用量の範囲1から5に比べて、使用範囲が狭まり2から4になりました。

 排除されることへの恐れと、2の選択が非常に安全ですのでこのようなことが起こったと考えられます。すなわち、利用量は安定化されていると考えられます。このような意味で、電力大量消費者の利用カットをアナウンスする策は実際の方策としてある程度の効果が期待できるかもしれません。

 スペースの関係でこれ以上の詳しい結果を紹介することはできませんが、ゲーム理論の考え方とその有効性と限界、さらに実験経済学の有効性の一端をわかっていただければ幸いです。

 ゲーム理論と実験経済学の重要性は、ますます広範囲で認識されています。実際に様々な方策を実施しようとするとき、その帰結が当初の想定通りであるか否か、実施するまでわからないというのであれば、大変に危険です。ゲーム理論や実験経済学はそのための有効な予備テストの作業をしていると考えられます。現在までも、排出権取引市場の設立に活用されてきましたし、今後も年金制度改革や消費税率の変更などの重要な問題に活用されていくでしょう。

船木 由喜彦(ふなき・ゆきひこ)/早稲田大学政治経済学術院教授

【プロフィール】
1985年、東京工業大学大学院総合理工学研究科システム科学専攻博士課程修了(理学博士)。東洋大学経済学部(専任講師・助教授・教授)を経て、1998年より早稲田大学政治経済学部教授。
専門はゲーム理論、数理経済学、実験経済学。
早大学内のグローバルCOEプログラムにおいてゲーム理論・実験経済学関連のプロジェクトのリーダーを務める。