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片岡 孝夫(かたおか・たかお)早稲田大学商学学術院教授 略歴はこちらから

日本国債とギリシャ国債
―何が同じで何が違うのか

片岡 孝夫/早稲田大学商学学術院教授

 ヨーロッパ文明のルーツであり、古代において多くの賢者を輩出した栄光あるギリシャについて、目を覆いたくなるようなニュースが連日のように報じられている。ユーロ加盟国であるギリシャは、財政赤字をGDPの3%以下、政府債務残高をGDPの60%以内に保つよう求められていた。しかし2009年の政権交代を契機として、これまでギリシャ政府が公表してきた財政データは粉飾されていたことが明らかになり、政府債務残高はGDP比130%に昇っていることが表面化したのである。信頼を失ったギリシャの国債価格は急落したが、このことは政府が今後高い利子を負担しなければならないこと、またそれにより財政健全化が一層困難になってしまったことを意味している。ギリシャがユーロに留まることができるか否か、予断を許さない。日本はこのニュースを対岸の火事として嗤うことはできないだろう。2012年度予算における日本の財政赤字はGDPの一割程度であり、当時のギリシャと同程度。200%を超える政府債務残高の対GDP比はOECD諸国中最悪の水準にあるのだから。

 日本の国債は「建設国債(4条公債)」と「赤字国債(特例公債)」の2つに分類されている。前者は青函トンネルのように長期にわたって利用できる施設の建設費用に充てられるものであり、その発効は一応正当なものといえる。これに対して赤字国債は、その年の税収で賄われるべき支出にあてられるものであり、財政法4条に「国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない」と記されているように、本来その発効は明確に禁止されている。しかしながら、日本経済が東京オリンピック後の不況に苦しめられた1965年に1年限りの「特例」として赤字国債が発行されると、その後はタガが外れたように「特例」が繰り返され、今日の状況に至ってしまったのである。

 財政法に明示されている均衡財政主義からの実質的離脱の背景となったものは、不況期には政府が財政を赤字にしてでも公共事業や減税を行い総需要を刺激して経済を活性すべきだ、というケインズ主義であった。しかしこの考え方に一つの落とし穴があることは当初から分かっていた。国債を発行して減税や公共事業を行う景気対策の便益が短期的であるのに、累積した財政赤字からもたらされる弊害はより長期的である。したがって政府や国民が近視眼的であれば景気対策が乱用され、結果として巨額の財政赤字が累積してしまうかもしれない。ケインズ自身は、政治家や官僚の叡智に高い信頼を置き、このような危険性について楽観的であったようだ。しかし、ここまで膨らんでしまった国債残高を見れば、ギリシャや日本の政府が口当たりの良い「景気対策」の中毒になってしまったことは明らかであろう。

 しかし日本とギリシャの現状には大きな違いもある。格付け会社であるムーディーズはギリシャ国債を、「債務不履行状態に陥っている」Cと評価したが、日本国債の評価は中国や台湾と同程度の「Aa3」に留まっている。ギリシャ国債の利回りは20%を超えていると思われるが、日本国債の利回りは1%以下である。この差はいったいどこから来るのだろうか。日本国債への信頼が辛うじて維持されている背景としては、日本の消費税率が低く増税の余地が残されていること、日本政府は多くの資産を持っており、負債から資産を差し引いた純負債はGDPの130%程度と、現在のギリシャより小さいこと、などが指摘されている。しかし最も重要な点は、これまで日本の家計の貯蓄が活発であり、それが国債の購入に向けられることで財政赤字を吸収してきた、ということだろう。ギリシャ国債は、そのほとんどが外国で保有されているのに対し、日本国債はそのほとんどが円建てであり国内で消化されている。

 国家を一つの家計に例えるならば、ギリシャ家は外からお金を借りているのに対し、日本家は家族内で貸し借りが行われているとしても、一家全体として見れば、むしろ世界に対してお金を貸している債権国であるから大丈夫というわけである。しかし日本の家計の貯蓄率が高い、というのはもはや事実ではない。貯蓄を行う者は主として引退を控えた壮年期の家計であり、引退した高齢者は過去の貯蓄を引き出して生計費に充てるから、急速に進行している少子高齢化は日本の家計貯蓄率を激減させている。財政赤字を国内で消化する力は失われつつあるのだ。

 また、何があっても日本の投資家は日本政府を見限ることなく日本国債を買い続けるだろう、と考えるのも幻想だろう。国債とは、政府が将来返済する資金を受け取る権利である。しかし、政府がGDPの2倍の債務を負っているならば、その状態を維持しようとするだけでも利子負担は巨額になる。ここまで膨れ上がった債務を政府が完済できると信じている国民はどれだけいるだろうか。今議論されている消費税増税が実現できないことになれば、近い将来政府は国債を日銀に引き受けさせることで通貨を増発させ、インフレーションによって国債残高の実質的価値を圧縮する道を選択せざるを得なくなるだろう。

片岡 孝夫(かたおか・たかお)/早稲田大学商学学術院教授

【略歴】
1960年生。北海道大学経済学部卒業。Rochester大学 Ph.D.。
福島大学、東京経済大学を経て現在、早稲田大学商学学術院教授。
著書(共著)「入門ビジネス・エコノミックス」(中央経済社)など。