早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > オピニオン > 政治経済

オピニオン

▼政治経済

長内 厚(おさない・あつし)早稲田大学ビジネススクール准教授 略歴はこちらから

日本家電産業は再生できるか?―大艦巨砲主義的な製品開発を改めよ

長内 厚/早稲田大学ビジネススクール准教授

 昨年ぐらいより日本の家電業界が国際競争力を失ってきているという文脈のニュースを良く目にする。長い間、日本で家電量販店に行くと、ほぼ全ての家電製品が日本ブランドであったので錯覚をしている人も多いかもしれないが、そもそも昔から海外の量販店、特に欧米では、日本の家電製品だけが売り場を占有していたわけではない。2000年前後のテレビ市場のグローバルマーケットでシェアトップ企業はソニーであり、今日では韓国LG電子やサムスン電子に順位こそ抜かれたものの、市場シェアそのものは大きく下がったわけではない。昨今の日本メーカーのテレビ事業不振以前から、LG、サムスンは欧米市場におけるメジャーブランドであり、多くの日本ブランドは日本国内ほど強いプレゼンスを示してはいなかった。むしろ、三菱電機や三洋電機など日本市場では必ずしもトップブランドではないメーカーが欧米のテレビ市場ではブランド力を有していた。ソニーも世界全体のテレビ市場では長年トップシェアを有していたが、90年代半ばぐらいまで、日本市場においては3~4位の中堅ブランドであった。日本と海外で反対の状況が生じたのは偶然のことではない。多くの日本の大手家電メーカーが、日本市場という、そこそこ大きく、閉鎖的な市場での事業に依存してきたためである。

 また、白物家電に関してはアジアでは日本ブランドの力は強かったが、欧米市場で日本のエアコンや冷蔵庫を見かけることは前世紀からほとんどなかった。今日の日本の家電メーカーの問題は、製品単価の急激な下落に対応できなくなったことと、過度に日本市場に依存しすぎたビジネス構造の結果である。急速に日本の家電メーカーの業績が悪くなったということと、海外での日本ブランドのプレゼンスが下がったというのは必ずしもイコールではない。

 もうひとつ、日本のメディアが報じる家電産業の競争環境の誤解がある。それは、新興勢力の韓国勢が液晶テレビの低価格製品を大量に市場に投入したため、過度な価格競争が生じ、日本の高付加価値戦略が効かなくなったという認識を持たれている人が多いかもしれないが、それは間違いである。大型テレビの最大のマーケットである北米市場で、プラズマテレビや液晶テレビの低価格戦略を採り価格競争を加速させていたのは、他ならない日本企業自身であった。日本でフラットパネルの製造設備を持ち、自前のパネルで薄型テレビ生産を行ってきたいくつかのメーカーは、日本では高いブランド認知と市場シェアを有していたが、欧米市場においては一流ブランドとは見なされていなかった。自社でパネルの製造設備を持つということは、パネル生産にかかる固定費をカバーするために自社パネルを用いた製品を大量に販売する必要があり、それは日本国内の需要だけでは賄えない。しかし、大型の薄型テレビは高額であり、これまでは主に欧米の先進国市場が主要な市場であったため、これらの市場に製品を投入することになるが、そこでは彼らのブランド力は必ずしも強くないので流通に買いたたかれることになり、結果的に日本メーカーが薄型テレビ市場のプライスリーダーになってしまっていた。

「米ディスカウント店に台湾系低価格ブランドと並ぶ日本製大型液晶テレビ(撮影:長内厚)。
アメリカの卸売ディスカウントストアにアメリカの台湾系低価格液晶テレビブランドVISIO(ビジオ)と並ぶ日本製大型液晶テレビ。店員によると韓国サムスン製液晶テレビと同じ価格でこの日本製液晶テレビであれば10インチ大きい製品が買えるのがセールスポイントだと言う」

 これら海外での事象を読み誤ると、今後の日本家電産業の立て直しの方策も誤ってしまうのではないかと筆者は危惧している。確かに、韓国の家電メーカーが成長する過程で、低価格商品を外国に輸出することで成長の原動力にしてきた時期はあった。横浜国立大学の曺斗燮教授は、サムスン電子が巨大な総合電機メーカーとなった直接の契機は半導体事業の成功であったが、半導体事業は莫大な投資が伴う事業であり、その原資は、日本企業から譲り受けた白黒テレビの事業によって賄われていたと指摘する。1970年代には日本ではカラーテレビが主力製品となったため、ある日本メーカーが旧式の白黒テレビの技術と事業を当時は中堅メーカーであったサムスン電子に売却し、サムスンは白黒テレビを中国やインドなどの新興国市場で販売し、大きな成功を収め、それが先進国向けの半導体事業につながったというのだ。

 この構図は今も変わっていない。日本のメディアは韓国メーカーのスマートフォンや有機ELテレビなど先進国市場向けの事業に目が行きがちになっているが、成長が著しいBRICs諸国などでは、市場環境に見合った低価格製品を製造販売している。

 高度成長期に日本メーカーには「戦略」が不要であった。テレビやビデオなどの製品を開発し、あとは技術開発を行って機能・性能を向上させれば、それが製品価値に結びついていたからだ。しかも、多くの日本メーカーの場合、好景気で内需が活発であった日本国内市場に売り上げの多くを依存していたため、日本人は、高機能・高性能の追求に対して感度が高くなっていた。それが、携帯電話市場でガラパゴス化と呼ばれる現象をもたらした要因であろう。日本の携帯電話事業がガラパゴスとネガティブに捉えられる以前は、日本の高機能携帯は「全部入りケータイ」といってもてはやされていた。機能の数を増やすこと、性能をよりよくすること、それが製品戦略だと日本メーカーは思い込んでいる。

 一方で、韓国メーカーは初めから韓国国内市場に頼ることはしなかった。日本には1億2千万人の国民がいるが、韓国は今日でも5千万人にも満たない小国である。そもそも内需だけでビジネスがペイするこということがなかった。日本が次々と新しい技術に取り組み、機能・性能が過剰に進化するプロセスの中で、韓国企業は、新興国企業においては、一世代前の技術を用いて、現地の購買力に見合った商品を提供し、そこで儲けた資金で、半導体や液晶、携帯電話といった事業に多額の投資を行い、先進国市場においては、日本と同等の技術レベルの製品を日本よりも低コストで提供していた。「低コスト」は「低価格」ではない。液晶パネルや半導体などは、供給に対し需要の方が上回る時期も多く、価格競争を仕掛ける必要もなかったので、日本よりも収益性の高いビジネスを行うことができた。それが更に次の大規模投資につながる。半導体や液晶パネルといった製品は設備産業なので、投資額の大きさが生産性に直結している。しかも、日本は一度、ある水準の製品開発を完了すると、すぐに次の世代のより高度な技術テーマの開発(製品イノベーション)に取り組んでしまう。その間に韓国や台湾のメーカーは、その時点での標準的な水準の技術を用いた製品の生産性を向上するための技術革新(工程イノベーション)に取り組み、同じ世代の技術であれば、日本よりも生産性の良い製造ラインを持つことができていた。

 これらの歴史を考えれば、日本がしなければならないことの一つは「低コストでものをつくることに真剣に取り組む」ということであろう。今や家電製品の多くはハイテク化し、生産プロセスも自動化されている。人件費の違いによる製造コストの差はそれほど大きくない。「日本メーカーは韓国や台湾のように安いものをつくることはできない」というのは言い訳であり、真剣に生産性向上のためのイノベーションに取り組んでいないだけではないだろうか。

 もう一つ、日本企業が良く口にする「高付加価値戦略」という言葉も慎重に定義する必要がある。そもそも「高付加価値」とはなんであるのか?「全部入りケータイ」のようになんでもかんでも高機能・高性能にすることだけが高付加価値なのであろうか。アップルのiPhoneやiPadは機能性能だけで比較すると日本企業の製品よりも低いが、そのアップルに日本企業は苦しめられている。アップル製品の価値は、ユーザー体験(UX)やユーザーに感覚的に気持ちの良い操作性(UI)を提供することで生み出されているのであって、優れたUI/UXを阻害するのであれば、思い切って機能性能を絞り込むことができる潔さにある。最近、スマート家電という言葉を良く耳にするが、これもガラパゴス化をまねくだけではないだろうか。日本企業の大艦巨砲主義的な製品開発のフィロソフィーを改めない限り、日本企業の再生は難しい。

長内 厚(おさない・あつし)/早稲田大学ビジネススクール准教授

【略歴】
1972年東京生まれ。京都大学経済学部卒。ソニー株式会社テレビ事業本部商品企画部、技術企画部、商品戦略担当事業部長付等を経て、2007年3月京都大学大学院経済学研究科修了。博士(経済学)。2007年神戸大学経済経営研究所准教授着任。2011年より現職。ハウス食品研究所顧問。組織学会評議員。『組織科学』副編集長。国際戦略経営研究学会理事。近著に『アフターマーケット戦略』(榊原清則共著)白桃書房。