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中島 徹(なかじま・とおる) 早稲田大学法学学術院教授 略歴はこちらから

「憲法を国民の手に取り戻す」は本当か
―人権制限と権力解放の自民改憲案

中島 徹/早稲田大学法学学術院教授

1 なぜ憲法96条なのか

 私は、昨年の9月からニューヨークに滞在中で、衆議院選挙後の憲法をめぐる日本国内の状況を肌で感じているわけではない。また、憲法改正については是々非々の立場である。しかし、現在とりざたされている96条改正論には多くの疑問を覚える。以下、問題点を指摘しながら考えてみたい。

 従来の改憲論は、戦争放棄と軍隊の不保持を定める9条に照準を合わせてきた。今回もその点に変わりはないが、専門家以外にはなじみが薄い96条の改正を前面に押し出した点が異なる。安倍総理によれば、同条が憲法を「永田町に閉じ込めて」いるので、「憲法を国民の手に取り戻す」必要があるという(4月27日産経新聞インタビュー)。

 96条は、改正の要件として「各議院の総議員の3分の2以上の賛成」と「国民の過半数の賛成」を要求する。これでは要件が厳しくて憲法改正は困難だ(永田町に閉じ込められている)から、それを緩めるべきだというのである。

2 憲法改正要件の緩和と「憲法を国民の手に取り戻す」こと

 だが、どこが厳しいのか。自民党の改憲案(2012年4月27日)によれば、上記「3分の2」と「過半数」を、それぞれ2分の1(単純多数決)に緩和するという。国民投票に関しては2分の1超かどうかの違いだから、「厳しい」と考えられているのは、議員の賛成数である。

 自民党は現在、衆議院では295議席と3分の2を超えるが、参議院は84議席で3分の2に届かず、憲法改正の発議はできない。安倍総理によると、日本国憲法は押しつけ憲法、明治憲法は欽定憲法だったから、日本国民は一度も憲法を作る経験をしたことがない。そこで、改正要件を緩和し、国民にその機会を与えるべきだと説く。こういわれると、思わず納得してしまう人もいるだろう。

 加えて、7月の参議院選挙である。同選挙では与党の過半数獲得が確実視されているから、日本維新の会やみんなの党と手を組めば、現憲法の改正要件を充たす可能性もある。ここで発議要件を2分の1に改正しておけば、以後の憲法改正は、9条も含めて容易となる。

 もっとも、96条改正論に対する批判の高まりを懸念してか、5月23日の参議院選公約原案では96条先行改正を明記せず、また、条文ごとに改正要件を変えるという軌道修正もささやかれている。しかし、96条改正を公約に掲げる以上、参議院選挙に勝てば、先行改正も可能である。また、条文ごとに緩和の可否を決めるのであれば、「国民の手に取り戻す」という前記主張と一貫しない。いずれも選挙目当てのパッチワークというべきだろう。

3 憲法96条が厳しい改正要件を定める理由

 一言でいえば、国のあり方に関わる基本原理を定める憲法の変更には、熟慮が求められるからである。その際、熟慮は、誰よりもまず国民の代表者である国会議員に要請される。もっとも、改憲を確信する議員たちは、熟慮の末に下した結論だというだろう。

 だからこそ、96条は、単純多数決ではなく3分の2の賛成を要求しているのである。憲法は、議員個人ではなく議会としての熟慮、すなわち熟を求めているのだ。議会内で改憲に反対する者を説得し、3の2の賛成を得れば、憲法改正の発議はできる。その努力を惜しむ者に、国民の代表者たる資格はない。加えて、福田博元最高裁裁判官が指摘するように(6月8日朝日新聞)、一票の格差を抜本的に是正しないままで単純多数決による改正を行えば、その正統性も否定されることになる。

 ちなみに、アメリカでも、憲法改正には連邦議会の両院の3分の2の賛成による修正の発議と、全州の4分の3の州議会の賛成が要求される。かなりの難関だ。スピルバーク監督の映画「リンカーン」をご覧になった方は、北部が南部に奴隷制廃止を「押しつける」修正13条をめぐって、長期間にわたる激しい議論と交渉や妥協が重ねられたことをご記憶だろう。これは、1982年に不成立となった男女平等修正の際も同様であった。だが、この国に改正要件の緩和や奴隷制の復活を求める声はない。

4 自民党改憲案で「憲法を国民の手に取り戻す」ことができるか

 日本国憲法は、制定以来一度も改正されたことがない。それはおかしなことなのか?問われるべきは、回数ではなく内容である。アメリカで第二次世界大戦後に成立した「改正」は修正22条から27条の6件で、大統領の3選禁止(修正22条)や選挙権年齢の満18歳への引下げ(同26)など、いずれも多数決では奪うことができない人権保障や、そのための権力制限を目的とする近代立憲主義の理念を体現した憲法の延長線上で、「改正」が行われてきた。私たちが日常何気なく使う「憲法」は、近代立憲主義を不可欠の構成要素として歴史的に形成されてきた法を意味するから、そのような「改正」に問題はない。

 これに対し、自民党改憲論は、かねてから上記立憲主義理解を素朴で時代遅れと評し、現代では国が人権保障のあり方を決める役割を負うべきだと説いてきた。また、前記改憲案では、公益及び公の秩序を害する表現活動を認めないなど、人権の制限と権力の解放が随所で強調されており、改正方向が立憲主義と正反対を向いている。果たして、国民の首を絞める改正でも「憲法を国民の手に取り戻」したといえるのだろうか。蛇足ながら、多数派の議員が必要と思う憲法改正を終えれば、再び改正要件を厳しくできることも忘れるべきではない。

5 経済の再生と憲法改正

 衆議院選挙後、長く低迷していた日本経済が上向き、政権支持率が高いと聞く。それを受けて、The Economist誌5月18-24日号は、自衛隊の戦闘機を伴った安倍総理をスーパーマンに擬して、「鳥か?飛行機か?いや、日本だ!」とのキャッチ・コピーを添えた表紙を掲げた。(http://www.economist.com/printedition/covers/2013-05-16/ap-e-eu-la-me-na-uk

 あまりに安っぽい表紙なので、日本の「景気回復」を揶揄する特集かと思いきや、中身は安倍政治の冷静な分析であった。記事は、結論として日本復活の道は経済の再生に集中することにあり、中国と不必要な戦争をすることではないと指摘する。表紙は、記事の内容を見事に表現していたわけである。

 考えてみれば、これは改憲を掲げながらも経済成長に重点を置いた戦後自民党の基本スタンスであった。それを懐かしむ気は毛頭ないが、経済状況が多少好転したからといって、憲法96条の緩和を認め、それに続く改正のフリーハンドを現自民党に与えれば、前述のように、憲法を国民の手に取り戻せなくなる可能性が高い。経済の再生と憲法改正は別問題である。国民が投票行動を通じて、この点を明確に表明していくことが、いま最も重要だと私は思う。

中島 徹(なかじま・とおる)/早稲田大学法学学術院教授

【略歴】
担当科目:
憲法I、II、憲法総合(法務研究科)/憲法(法学部)
出身校等:
早稲田大学法学部
早稲田大学大学院法学研究科
主な経歴・在外研究等:
トロント大学 客員研究員
フォーダム大学 客員研究員
主な研究:
憲法
情報法
主要著書・論文:
財産権の領分(日本評論社)
今、政府の存在意義は ジュリスト1378号
*共著・編著:
憲法の理論を求めて(日本評論社)
ケースブック憲法(弘文堂)