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原田 泰(はらだ・ゆたか) 早稲田大学政治経済学部教授 略歴はこちらから

「解雇特区」をどう考えたらよいか
―雇用規制は証拠に基づく議論を―

原田 泰/早稲田大学政治経済学部教授

 安倍政権が規制緩和の目玉の一つとしていた雇用規制緩和特区(一部のマスコミでは「解雇特区」と呼ばれていた)は結局見送られるようである。雇用規制緩和特区とは、「国家戦略特区」の中で、(1)解雇ルール(2)労働時間法制(3)有期雇用制度の3点を見直し、外国企業や新興企業の誘致に結び付けようとしたものだ。しかし、厚生労働省が、「憲法上、特区内外で労働規制に差をつけられない」と主張したため、特区は実現しなかった。

 (1)の解雇ルールの見直しとは、労使が自由に解雇に関するルールを決め、使用者がより自由に解雇できるようにしようというものだ。(2)の労働時間法制の見直しは、労働時間で成果が測れる訳ではないホワイトカラーを中心に、一定水準以上の収入がある人の残業代をゼロにできるようにするというものだ。(3)の有期雇用制度の見直しは、雇用期間が例えば1年の労働者が5年超続いて働くと正社員にしなければならないという、本年4月から全国で始まった制度を見直すものだ。これは全国的に見直すことが決まったので、特区にはならないということになった(2013年10月20日各紙)。

そもそも労使の対等な立場を否定するのが労働法

 自由な人々が対等の立場で契約を結べば、それは必ず双方にとって良い結果になっている。そうでなければ誰もそんな契約を結ばない。だから、政府が契約の中身に口を出せば、それは必ず経済効率を低下させる、あるいは、やや大げさに言えば、自由を阻害すると考える経済学者と、労働者と企業とは対等ではないのだから、国が関与して労働者の立場を強化しなければならないと考える経済学者がいる。

 労働法は、そもそも、後者の立場に立つもので、厚生労働省がこの法律を所管しているのだから、憲法論議を持ち出してまで反対するのは当然である。労使が対等に契約を結べば良いなら、労働法も厚生労働省も必要なくなる。

 では、どちらが経済学者の立場が正しいのだろうか。まず、企業が解雇できないようにすれば雇用が安定すると考えることは間違っている。(3)の見直しは必要である。雇用期間が1年の労働者が5年超続いて働くと正社員にしなければならないのは困るということで、本年4月を前に、多くの企業が4年11か月で有期の労働者を大量に解雇した。雇用安定のための法律が、雇用の安定にはつながっていない。

 (2)の労働時間法制の見直しは、労働時間で成果が測れる訳ではないのだから、必要だろう。しかし、現在でも、研究者、ジャーナリスト、外回りの営業社員、管理職などには、一律の手当を払って残業代を払わないことができる。どのような仕事が時間で管理できず、時間に関わらない手当に変える必要があるのか、具体的な議論は報道されていなかったように思える。日本の企業は、誰をどのように働かせ、その成果が何なのか、よく理解していないのではないだろうか。

 (1)の解雇ルールの見直しを、労使が本当に対等であるかどうかという議論に持ち込むと哲学論争になって決着がつかない。私は、解雇の自由の弁証法的な構造を議論したい。繰り返しになるが、解雇しにくくさせれば雇用が拡大し、保障される訳ではない。解雇しにくければ、企業はなるべく人を雇わないようとするからだ。ところが、解雇しやすいのであれば企業は気楽に人を雇うようになる。だから、むしろ解雇が自由であった方が、雇用が拡大するというのである。これは本当だろうか。

解雇自由論の弁証法的構造

 確かに、解雇の難しいヨーロッパ大陸諸国での失業率の高さを見ると、この議論が正しいのかもしれないと思う。ただし、日本より解雇の簡単なアメリカやイギリスの失業率が日本より高いことを考えると、本当に正しいのか分からなくなる。

 また、現在でも、無期の雇用(正規の雇用)と有期の雇用(非正規の雇用)があり、前者の解雇は難しいが、後者の解雇は期間が過ぎれば容易である。すると、不況の時に非正規の雇用を整理するのは、正規の雇用を守るために非正規の雇用を犠牲にしていることになる。そんな差別をなくして、すべての社員を、いつでも、あるいは一定期間を過ぎれば自由に解雇できるようにすれば、正規と非正規の格差もなくなり、むしろ雇用は拡大し、安定するというのである。

 そうかもしれないと私は思うが、非正規の雇用が増えていると言ってもまだ全雇用の36%である。正規で雇用されている人の方が多く、夫が正規で、非正規で働いている妻も正規の解雇をしやすくすることには反対だろう。すると、解雇を簡単にする制度改正がそう簡単になされるとも思えない。

 また、こういう弁証法的な議論を唱えている人が、日本的雇用慣行の中で出世した人であったり、安定した正社員の職にある人であったりすると、なおさら疑いたくなる人がいるのも分かる。

 さらには、実際に、日本で解雇がそんなに難しいのかも疑問である。中小企業やベンチャーではリストラは日常茶飯事である。大企業でも、企業が危機に陥れば、簡単にリストラをしている。大企業が、危機に陥る前の段階でリストラするのは難しいようであるが、退職金の積増しでリストラするのは広く行われている。

 結局、雇用規制緩和の議論は、現状がどういう状況にあって、雇用規制が現実にどのような効果をもたらしているのかという証拠に基づく議論が乏しかったのではないか。少なくとも、そのような議論はあまり報道されていない。弁証法と反弁証法ではなくて、実証的証拠に基づく議論が必要だったのではないか。

原田 泰(はらだ・ゆたか)/早稲田大学政治経済学部教授

【略歴】

1950年生まれ。74年東京大学卒業、経済企画庁入庁、同庁国民生活調査課長、海外調査課長、財務省財務総合政策研究所次長、大和総研専務理事チーフエコノミストなどを経て、2012年から現職。経済学博士(学習院大学)。著書に『TPPでさらに強くなる日本』(共著)『リフレが日本経済を復活させる』(共編著)『震災復興-欺瞞の構図』『日本はなぜ貧しい人が多いのか』『日本国の原則』(石橋湛山賞受賞)『人口減少社会は怖くない』(共著)『昭和恐慌の研究』(共著、日経・経済図書文化賞受賞)など。