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久保 克行(くぼ・かつゆき) 早稲田大学商学学術院教授 略歴はこちらから

従業員は合併買収をどのように考えるべきか

久保 克行/早稲田大学商学学術院教授

企業組織再編と従業員

 1990年代後半以降、日本企業では合併買収などの企業組織の再編成が進展してきた。ここでは、この企業組織再編について、従業員はどのように関係するのか、ということを考えてみよう。

 アメリカやイギリスでは企業経営において株主の利害を重視するのに対して、日本では従業員などの利害関係者の利害を重視する傾向にある、ということはしばしば指摘されている。従業員は経営判断について直接的な権限を持っている訳ではないが、労働組合、労使協議制、そしてさまざまな社内のネットワークを通じてさまざまな影響を及ぼすことがある。経営者同士が合意した合併が従業員の反対でキャンセルされたケースもある。また、買収したとしても、従業員が新しい経営陣と協力しない場合、合併の効果を発揮することは難しいであろう。このことを考えると従業員が企業組織再編にどのように関わるかはおおきな問題であることが分かる。

投資ファンドによる買収

 投資ファンド、とくに一部のいわゆるアクティビスト・ヘッジファンドによる買収は大きな社会的な注目を浴びてきた。これらの買収が企業業績に与える影響について、いくつかの研究がなされてきている。しかしながら、買収や合併などの企業組織再編の効果を考えるときには株主価値だけではなく、その他の利害関係者の利害にどのような影響を与えたかを考えることも重要である。特に日本においては、従業員の利害にどのような影響を与えているかが重要となる。一部の買収については短期的な株主価値の上昇のみを目的としているとして社会的な批判も受けている。また、従業員の利害を著しく阻害しているのではないかと指摘されたケースもあった。これらの注目されたケースをみると、企業組織の再編は従業員の利害を悪化させる効果があると考える人もいるかもしれない。ファンドによる買収の対象となった企業の従業員は、買収に対して反対することも多い。これは、買収の結果、従業員の利害が阻害されるかもしれないと恐れるためと考えることができる。また、買収だけではなく、従業員は企業組織の再編全般に反対する傾向があるかもしれない。この点からも、企業組織の再編が従業員に影響を与える影響を実証的に確認することは重要であろう。

合併と雇用の実証分析

 ここで、私が慶応ビジネススクールの齋藤准教授と行った研究を紹介しよう。これは、上のような問題意識にもとづいて、合併が従業員の利害に与える影響を分析したものである。ここでは、1990年から2003年の111件の日本の上場企業同士の合併に伴い、従業員の賃金と雇用がどのように変化したかを分析したものである。ここであきらかになったことはいくつかある。まず、重要なのは合併のプロセスで雇用が失われているということである。典型的には、従業員が2000人程度の企業が1000人規模の企業と合併しており、合併3年後には従業員数は2100程度になっている。すなわち合併前後の数年で従業員数は大幅に削減されている。この時期は日本企業全体で雇用が減少している時期ではあるが、非合併企業と比較しても、合併企業で雇用の削減がかなり大きいことが示されている。ただし、雇用の削減は数年にわたって行われている。このことは、企業は可能な限り新規採用の削減などの自然減と希望退職を組み合わせて雇用を削減しているためであると考えられる。

 合併に伴う雇用の削減が大きいということは、やはり合併は従業員にとって望ましいものではないと考えてよいのであろうか。そのことを考えるために、我々は雇用だけではなく賃金についても分析した。その結果、典型的には賃金は上昇していることがわかった。合併3年前と3年後を比較した場合、典型的には年収は10%上昇している。特に関連合併では賃金の上昇が大きい。これは、関連合併では重複する工場の閉鎖などにより合併効果が直接的に出しやすいことによるのではないかと思われる。

 この研究から何が言えるだろうか。企業組織が再編され、企業の業績が向上することは従業員にとっても望ましいことである。企業が成長すれば昇進や昇給の可能性も高まるであろう。また、合併に伴う雇用の減少も、そのほとんどは解雇ではなく希望退職や自然減などを用いたものである。我々の結果は、合併に伴い賃金が上昇していることを示しているが、このことは従業員にとって企業組織の再編が望ましいものである可能性を示している。従業員は企業組織の再編を過度に恐れる必要はないのかもしれない。

参考文献
Katsuyuki Kubo, Takuji Saito (2012) "The effect of mergers on employment and wages: Evidence from Japan" Journal of the Japanese and International Economies, Volume 26, Issue 2, June 2012, Pages 263–284

久保 克行(くぼ・かつゆき)/早稲田大学商学学術院教授

【略歴】

1992年慶応義塾大学経済学部卒業。94年慶応義塾大学大学院経済学研究科修了。2000年英ロンドン大学大学院でPh.D.(労使関係)を取得。一橋大学経済研究所専任講師、早稲田大学大学院商学研究科准教授などを経て、2010年に現職。主な著書に『コーポレート・ガバナンス 経営者の交代と報酬はどうあるべきか』(日本経済新聞出版社)、『日本企業の人事改革―人事データによる成果主義の検証』(東洋経済新報社)など。