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マニュエル ヤン 早稲田大学社会科学総合学術院助教 略歴はこちらから

「捕らわれ人には自由を」──警察暴力、暴動、アメリカ民主主義の黄昏

マニュエル ヤン/早稲田大学社会科学総合学術院助教

 今年、三月三日にロサンゼルスから東京へ引っ越してきた。フェイスブックを開けたとき真っ先に目に飛び込んできたのは、「アメリカのホームレスたちの首都」と呼ばれるスキッドロウに住むカメルーン出身のホームレス、チャーリー・ケウンドゥ・ケウナンをロスの警官が射殺した直後の映像であった。

 二〇一〇年末、日本を訪れたときには、尖閣諸島付近で海上保安庁の巡視船と中国漁船が衝突した映像の流失が世間を賑わしていたのだが、当時住んでいたアメリカ中西部からのニュースのほうにもっぱら気を引かれていた。貧しい黒人家族の家にデトロイトの警官隊がなだれ込んで乱射し、七歳の幼女アイヤナ・ジョーンズを殺した事件だ。殺人者の警官ジョセフ・ウィークリーは三度裁判にかけられたが、罰されることはなかった。

 一九八〇年代から二〇一五年まで、三〇年以上アメリカで暮らして、意識の片隅 に常にあったのは、こうしたマイノリティの貧困層に対する警察暴力だ。郊外で生活していたので、できることは何もなかったが、遠く離れていても、その現実は(アメリカにおいて不可分である)人種と階級の世界を見る沈着な目を養ってくれた。

 高校時代、白人の同級生から紹介されたNWAのアルバム『Straight Outta Compton』(一九八八)には、ロスのスラムに充満していた怒りと抵抗が、腹のそこから絞り出される闘争的なラップとして堰を切ったように表現されている。もっとも物議を醸した曲「Fuck tha Police」は警察権力に挑む、アメリカの裁判制度をひっくり返すユーモラスな寓話だ──ゲットーの若者が犯罪者にされ刑務所にぶち込まれるのではなく、人民裁判によって人種差別する警官たち自身が裁かれる。

地下からまっしぐらにやってくるケイサツクソクラエ
若い黒ンボがやられる、オレの皮膚は褐色で
他の色じゃないからサツは
マイノリティを殺す権限があると考えている

 『Straight Outta Compton』がリリースされた四年後の一九九二年、同じ地域でロス暴動が起こる。当時、統一教会の日本人信者が経営するダラスの日本料理屋でバイトしていた。暴動に加わった人たちは何てひどいことをするのだと苦言を呈する料理屋の経営者に、「いや、貧困者にはかれらなりの言い分があるのだ」と反論した覚えがある。その言い分の根拠にある社会構造や歴史的背景を学ぶのはそのあと大学に入ってからだが、暴動前後に発見したロス下層階級の桂冠詩人チャールズ・ブコウスキーの詩の中でロス暴動の的確な総括にすでに出会っていた。

生きているあいだ
この街が二回燃やされるのを見たが
もっとも銘記すべきことは
その後
政治家たちが
やって来て
システムの
誤りを宣言し
貧者
のために新しい
政策を要求したことだ。

前回は
なにも正されなかった
今回も
なにも正されないだろう。

貧しい者は貧しくあり続ける。
失業者は
そのまま。
ホームレスは
ホームレスであり続ける。

そして、土地から甘い汁を吸う
政治家たちはとても
豊かに生きて行くであろう

「暴動」

 あれから二〇余年経った今も、政治や社会運動に過剰な期待を抱く善意で敷き詰めたどのような進歩思想より、この詩に示されている階級的諦観のほうがはるかに優れているようにおもえる。敗北や自滅を勘定に入れない闘い方は、死を前提にしない生き方のように、絶望に至る病を引き起こす、もしくは妄想のレンガで固められた盲信を生み出すのが関の山だ。

 ミズリー州ファーガソンで一八才のマイケル・ブラウンを射殺した警官ダレン・ウィルソンは罪に問われなかった。昨年の八月と一二月、ファーガソンには全国から抗議者が集結した。警察は戦車を動員し、民主権を実施する人たちを蹴散らす。今年の四月一二日、ボルチモアで同じような警察暴力事件(逮捕された際に受けた傷害のせいで、二五才のフレディー・グレイが勾留中に死亡)が発生すると、民衆の義憤は暴動にまで発展した。

 一八世紀イギリス民衆の食糧暴動を詳細に読み解く社会史の古典『共同慣習』の中でE.P.トムスンは暴動が経済的要因に無作為に反応する発作的な現象ではなく、「規律正しく、明白な目的を持った高度な大衆直接行動である」と定義づけている。暴動を突き動かす、伝統と慣習に培われた高度な大衆意識と知性を「道徳経済」とトムスンは名づけた。

 一九九二年ロス暴動と二〇一五年ボルチモア暴動のほぼ半ばの二〇〇五年、オハイオ州トレドでトムスンの直弟子、ピーター・ラインボーから歴史を学んでいたわたしは暴動がその街を揺るがすのを見た。アフリカ系アメリカ人労働者の居住地区をデモ行進するネオナチだけではなく、日毎の警察暴力とそれを可能にしている権力構造全体に対し大衆が取った拒絶の直接行動だ。

 この記事を書いている最中にノースカロライナ州チャールストンの黒人教会で九人が射殺された(六月一七日)。白人至上主義者の青年が容疑者として逮捕されている。殺人現場であるEAME(エマニュエル・アフリカン・メソジスト・聖公会)教会の創立者は、一八二二年にチャールストンの奴隷を解放する蜂起を企てた元奴隷の大工デンマーク・ビージー。ビージーを含む三五人は共謀罪で絞首刑にされた。ラインボーとマルカス・レディカーの共著『多頭のヒドラ』)によれば、ビージーの反乱は「アフリカ、イギリス、西インド諸島、アメリカの異なった伝統から農業、職工、海事に携わる様々な労働者の連合をつくり」、「奴隷主の支配階級を脅かす」「環大西洋的汎アフリカ主義の力をあらわした」。

 死者たちの血で染まったEAME教会、コンプトン、トレド、ファーガソン、ボルチモア、スキッドロウの路上からこだまするのはビージーを武装蜂起に駆り立てたイザヤ書六一章一節の聖句だ。「打ち砕かれた心を包み/捕らわれ人には自由を/つながれている人には解放を告知させるために…主なる神の霊がわたしをとらえた」。

 政治家たちの詭弁で糊塗された社会システム全体の原罪を、暴動と蜂起の道徳経済で贖(あがな)わなければ、アメリカの民主政治と国富を築いた奴隷制の名残が消滅することはない。

マニュエル ヤン/早稲田大学社会科学総合学術院助教

【略歴】

ブラジルのサンパウロ州カンピーナスで生まれ、神戸、ロサンゼルス、台中、ダラスで少年時代を過ごし、テキサス大学オースティン校(歴史学/英米文学専攻)を卒業。トレド大学歴史学部で修士・博士課程修了。比較社会/思想史専門。最近の論文は『ドアーズ 結成50年/最も過激な伝説』(河出書房新社、二〇一四年)、『被曝社会年報』(新評論、二〇一三年)、Trespassing Journal (Winter 2013) 、Lawrence Normand and Alison Winch, eds., Encountering Buddhism in Twentieth Century British and American Literature (London: Continuum, 2014)などに収録。翻訳は吉田純『吉本隆明』(河出書房新社、二〇一三年)、ロジャー・パルバース『英語で読む啄木 自己の幻想』(河出書房新社、二〇一五年)など。