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ソジエ・内田 恵美 早稲田大学政治経済学術院教授 略歴はこちらから

首相の言葉はなぜ変わるのか? 佐藤栄作~安倍晋三

ソジエ・内田 恵美/早稲田大学政治経済学術院教授

 歴代の内閣総理大臣の演説を分析してみると、そこに語られる国家と国民の関係は一様ではない。政治・社会の構造的変化によって、国家指導者が国民に対する姿勢を変えざるをえなかったことが見てとれる。

保護者-被保護者型

 戦後多くみられたのは、父権主義的な保護者-被保護者型である。たとえば、佐藤栄作首相は、1964年の所信表明で「国民の一人一人が新しい内閣に何を求めているか…を正しく把握し、それを愛情と理解をもって、実践にうつしていくことこそ、政府の課題であり、政治の根幹」と述べた。また、竹下登首相は、「政府の最高責任者として…国民のため、責任を持って決断し、これを誠実に実行してまいる」(1987年)と決意を語った。ここでは、国民は受動的な守られる存在として表象され、何の行為を起こすことも期待されていない。父親が子供を監督、養育するかのように、国家が国民の気持ちを組みとり、行動する。

企業-消費者型

 小泉純一郎首相は、国家と国民の関係を企業-消費者になぞった。「改革の原動力は国民一人一人であり、改革が成功するか否かは、国民の強い意思と政治家の断固たる行動力にかかっております。」(2005年)ここでは、顧客が購入によって経営を支えるように、有権者は投票によって小泉政権の改革を成功に導く存在として語られた。鳩山由紀夫首相は2009年の政権交代前の党首討論において、「私ども、当然のことながら、国民の皆様方に政府がいかにサービスをするかということであり」と、政府は国民が望むサービスを提供する存在とされた。企業-消費者型では、国民は望む政策を声にだし、政府はその声を聞いて需要に応えようとする。

新しい国民像の模索へ

 それでは、安倍晋三首相の演説はどうか。「憲法改正について、国民投票の手続きを整え、国民的な議論をさらに深めながら、今こそ前に進んでいこうではありませんか。」「強い日本、それをつくるのは、ほかの誰でもありません。私たち自身です。皆さん、ともに進んでいこうではありませんか。」国民は受け身の被保護者でもなく、ニーズを知らせるだけの消費者でもなく、国家の定めた目標に向けて議論し、自ら行動する市民として表象されている。今日の政治家は、メディア受けや国民の選好に絶えず敏感でなければならない。安倍首相の述べる市民像も、有権者の琴線に触れるレトリックとして戦略的に選ばれたものであるのかもしれない。

政治・社会の構造的変化

 これらの異なる演説スタイルは、政治家の個性によるだけではなく、さまざまな政治・社会の構造的変化によってもたらされたと考えられる。55年体制下では、自民党が農協等の支持団体を固めて組織選挙が展開されていたが、高度成長期以降は都市部を中心に無党派層が急増した。特に1993年の自民党分裂・細川政権誕生の後は無党派層は50%に達し、組織票依存一辺倒の選挙キャンペーンは変更を迫られたのである。都市部の無党派層は、選挙の際、地域や組織のしがらみによることなく、個人の判断で投票する傾向が強い。大都市の無党派層は高学歴で20~40歳代に多いので、党首は彼らの支持を得るためにイメージ戦略に力を入れざるをえなくなった。

 今日は大衆消費的なメディア政治の時代である。無党派層は新聞やTV、インターネットを通して政治を知る。そこで、党首はテレビやネット番組に頻繁に登場して顔を売り、視聴者にアピールするようなインフォーマルな表現や、簡潔で印象に残る言い回しを好む(「聖域なき構造改革」や「バイ マイ アベノミクス」)。首相はスピーチライターに依頼して方針演説を準備し、メディアでの詳細な報道に備えるようになった。

数の力が及ぼす影響

 その一方で、安倍政権の特定秘密保護法・集団的自衛権の行使容認の閣議決定には、国民的議論の余地はほとんどなかった。民主党政権下においては、エネルギー政策に関して討論型世論調査・意見聴取会・パブリックコメントが行われ、過半数が原発に依存しない社会への希望を表明したが、現政府がそれらの声に従ったわけではない。一強多弱の国会においては与党が数の力で法案を通すことができる。国民の多様な意見に耳を傾け、国民に説明責任を果たし、説得する必要性を真に認識しているかは疑わしい。

 安倍首相のスピーチに表れる自立した市民像もまた、憲法改正や強い日本といった政権の定めた目標に向かって行動することを求められており、反対意見を含めた熟議に向かって開かれてはいない。「我々が提出する法律についての説明は全く正しいと思いますよ、私が総理大臣なんですから。」との、今年5月20日の安倍首相の発言には、権力者の判断は常に「正しい」との意識が透けて見えないか。

 首相の言葉は政治権力と国民の関係を映しだす鏡である。同時に、国民がその言葉を聞くことによって、自らの社会的役割や責任を認識し、行動に結びつける側面もある。歴代首相の言葉の変化が示すように、有権者の多くは、もはや国家に決断を委ねる子供のように扱われることに満足しない。消費者のように充実したサービスを求めもするし、自分たちの社会のために自ら意見を発信することに価値を置く。そして、国民のこのような自己意識や社会に対する姿勢の変化に気がつき、敏感に反応している政治家が、最終的に国民の心を掴むのではあるまいか。

ソジエ・内田 恵美(ソジエ・うちだ・えみ)/早稲田大学政治経済学術院教授

【略歴】

1994年早稲田大学第一文学部英文学専修卒業、1996年英国エセックス大学応用言語学MA取得、2001年同Ph.D.取得。2002年早稲田大学政治経済学部専任講師。2010年より同教授。同年、オックスフォード大学現代日本研究MSc取得。St. Antony's Collegeにて客員研究員。
最近の論文は”The Rise of Consumer-Oriented Politics in Japan? Exploring the Party-Citizen Relationship through Discourse Analysis” (Japanese Journal of Political Science, 15(2), pp. 231-259, 2014)。教科書はWorld Views: English for Political Science and Economics (早稲田出版, 2010, 共著)。