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笹田 栄司(ささだ・えいじ)/早稲田大学政治経済学術院教授 略歴はこちらから

憲法を護るものは誰か―内閣法制局の“黄昏”

笹田 栄司/早稲田大学政治経済学術院教授

憲法の番人

 憲法の番人として、まず思い浮かぶのは最高裁だろう。最高裁は最終審として、違憲審査権により立法や行政の権限乱用を是正する。しかし裁判所は基本的に、権利や法的利益の侵害がない訴訟を取り上げることはしない。具体的事件の存在が必要なのである。

 ところで、統治に関わる憲法問題には具体的事件が存在しないことが多い。例えば、自衛隊を海外の紛争地域に派遣する法律が制定された場合、派遣される自衛隊員が訴訟を提起することを別にすれば、この法律によって一般国民の権利や法的利益が侵害されたか否かは直接の争点とはなりにくい。このような「統治の領域」については、内閣提出法律案の合憲性審査を通じて内閣法制局が憲法の番人としての役割を一部担ってきた。内閣法制局による厳密な合憲性審査があるから最高裁判所の法令違憲判決は少ないという説明(山口元最高裁長官)もあったのである。

安保関連法案と世論調査

 世論調査については質問の仕方などに留保が必要だとしても、安保関連法案の合憲性に関する最近の調査が、調査母体(新聞・テレビ局)の政治的選好にかかわらず、一致した数字を出している点は注目に値する。つまり、違憲とするものが5割を超え、合憲とするものが3割に満たないのだ。この評価は、法案合憲の基盤を提供する内閣法制局に対する信頼低下を示している。この数字の原因を探ると、多くの憲法研究者による違憲の主張に加え、複数の元内閣法制局長官による違憲の主張が大きかった。国連平和維持活動(PKO)法の改正(2001)の際には、元内閣法制局長官による違憲の主張はなかったのである。

個別的自衛権と集団的自衛権

 2014年7月1日の閣議決定で、安倍内閣は集団的自衛権の行使容認に踏み込んだ。それ以前の政府見解は次のようなものであった。

 ①「外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し」、②「国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置」であって、③「そのために必要最小限度の『武力の行使』」にとどまるものであれば、憲法9条のもとでも許容される(1972年10月)。

 自衛権の行使は、「わが国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまる」ものであれば合憲とする一方で、わが国が武力攻撃を受けていなくとも武力攻撃を受けた他国を武力で守ること(集団的自衛権)は憲法上認められない、とする見解を政府は採っていた。集団的自衛権の発動は①要件を満たさないのである。

 7月1日閣議決定は、①について、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」を付け加えた。これにより、集団的自衛権を容認する法案作成の途が開かれた。とはいっても、従来の政府見解は憲法9条の下で許される「ぎりぎりの憲法解釈」だったのだから、これだけの大転換を正当化するには新たな憲法解釈の枠組みが必要になる。それが砂川事件最高裁判決を用いた「新」解釈だ。横畠内閣法制局長官は、わが国を防衛するのにやむを得ない限定された集団的自衛権の行使は砂川事件最高裁大法廷判決(1959年12月16日)に含まれるとする解釈を示している。

砂川事件最高裁大法廷判決と集団的自衛権

 この「新」解釈には、憲法研究者のみならず元内閣法制局長官も厳しい批判を加えている。こういった批判は正当なものだが、ここでは一点だけ触れておこう。

 本判決に関する評釈のなかで集団的自衛権に触れるものはほとんどない。というのも、駐留米軍が憲法9条2項が禁止する「戦力」に該当するかが裁判の焦点だったためだ。そうしたなか、林修三(法制局長官(当時))と高野雄一(東大教授:国際法)の論稿は例外といえよう(両者とも1960年初出)。林は「わが憲法がいわゆる集団的自衛権を認めているかどうかという点も、なお未解決」とし、「現行安保条約はもっぱら米軍の行動とか権利のことを想定しているだけで、わが国のそういう問題を具体的に規定していないのだから、(集団的自衛権に―笹田)判決が触れていないのは当然のこと」と述べている。また高野は、本判決は「安保条約問題の天目山である『極東の平和』条項や集団的自衛権に関する憲章・憲法的判断はなんらみられない。この点、結論のいかんにかかわらず、判決の含む実質的判断の面に非常な物足りなさ不満足さを感ぜざるをえない」とする。集団的自衛権認容に積極的な高野でさえも集団的自衛権を本判決から引き出すことに否定的評価をしている。

 判決の全体構造からすれば林や高野の見解は当然である。7月1日の閣議決定及びそれに基づく安保法制のコアである「新」解釈は横畠内閣法制局長官によって正当化されたが、これは、従来の内閣法制局見解に真っ向からぶつかるものだった。歴代長官らの厳しい批判も当然だろう。

憲法の番人たり得ない内閣法制局

 これまで、内閣法制局は憲法9条に関わる難問を政権側から委ねられ、過去の解釈との整合性を保ちつつ解決策を示してきた。ここに内閣法制局の権威の源があった。しかし、今回の安保法制は政権側が主導し、それに見合った「新」解釈を内閣法制局が調達したと言えよう。

 翻って考えてみれば、内閣法制局のモデルであるフランスのコンセイユ・デタは行政裁判権を持ち、そのメンバーの身分保障も手厚い。しかし、内閣法制局はナンバー2である内閣法制次長以下のメンバーは一般職の公務員であって、公正取引委員会委員や人事院人事官のような身分保障もない。前長官に集団的自衛権を認める外交官が政権によって送り込まれたこともあり、法制局人事の自律性は失われつつある。憲法の番人としての役割を内閣法制局に求めるのは、過大な要求だったのではないか。今後は、(具体的事件がなくとも)統治に関わる憲法問題を判断する役割を最高裁に求めることが検討されるべきだ(カナダ最高裁における「照会」が参考になる)。

笹田 栄司(ささだ・えいじ)/早稲田大学政治経済学術院教授

【略歴】

1955年生まれ。1979年九州大学卒業、法学博士(九州大学)。金沢大学教授、北海道大学教授等を経て、2012年より現職。
主な研究テーマ:違憲審査制、司法制度、裁判を受ける権利
主な業績:『基本的人権の事件簿 第5版』(共著、有斐閣、2015年)『Law Practice 憲法 第2版』(編著、商事法務、2014年)、『司法の変容と憲法』(有斐閣、2008年)、『裁判制度』(信山社、1997年)、『実効的基本権保障論』(信山社、1993年)