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吉野 孝(よしの・たかし)/早稲田大学政治経済学術院教授  略歴はこちらから

米国オバマ大統領の「遺産」と先送りされた課題

吉野 孝/早稲田大学政治経済学術院教授

 米国のオバマ大統領は、2015年9月28日に国連総会で一般討論演説を行い、イラン核合意やキューバとの国交回復など、「対話」と「協調」を基本とする外交の成果を強調した。オバマ氏が2009年1月に米国の大統領に就任して以来、すでに6年9カ月が過ぎ、数か月後には新しい大統領を選出するための予備選挙が始まる。本論では、政権の6年9か月を振り返りながら、オバマ大統領がどのような「遺産」を残し、どのような課題を次の大統領に先送りしたのかを検討する。

国内政策

 オバマ大統領の国内政策における成果は、2点から評価することができる。第1の評価基準は、オバマ大統領が2008年の大統領選挙において強調した「1つのアメリカ」をどの程度実現したのかである。アメリカでは1990年代中頃より2大政党間の政策対立が激化し、とくに州政府のレベルでは、民主党・共和党のいずれの政党が政権を取るかによって政策内容が大きく異なり、アメリカ政治は「分断」されていると評された。これを修復して「1つのアメリカ」を実現しようというオバマ氏大統領の公約に、多くの国民は期待した。しかし、オバマ大統領によるリーマン・ショックの後始末と医療保険改革の実行は、大きな政府の出現に反対する保守派のティーパーティ運動を生み出し、政治対立はさらに深まった。オバマ大統領は超党派アプローチの達成が難しいことが分かると、民主党中心の党派アプローチに回帰した。その後の連邦債務の上限の引き上げをめぐる対立が続き、「1つのアメリカ」が実現されるどころか、それに向けての道筋も提示されていない。

 第2の評価基準は、オバマ大統領がどのような理念のもとにアメリカの再生を目指したのかである。オバマ大統領は必ずしも従来型のリベラルではなく、政府と市場の新しい関係を模索する中道理念の持ち主であり、「1つのアメリカ」の理念のもとに国民の間での差別と格差をなくし、競争と経済成長の理念のもとに中産階級を復活させて豊かなアメリカを実現しようとした。グローバリゼーションと規制緩和の中でこの目的の実現は容易ではなかったものの、最も具体的な成果の1つが環太平洋経済連携協定(TPP)の原則的合意の実現であり、現在、オバマ大統領は連邦議会にTPPを早期に批准することを求めている。

対外政策

 オバマ大統領の対外政策における公約で最も具体的であったのは、イランおよびアフガニスタンからの米軍撤退とテロ対策であった。オバマ大統領は、2011年にイランからの米軍撤退を完了させたものの、自分の任期内(2017年1月)にアフガニスタンから米軍を撤収させるという計画を断念した。その理由は、イラクからの米軍の完全撤収がイスラム過激組織「イスラム国」の勢力を拡大させる結果となり、民主党議員の間からもアフガニスタンにおける米軍残留を求める声が強くなったからである。また、シリア内戦やそれに伴う難民流出などについてオバマ大統領は何ら有効な対策を提示してはいないものの、これをオバマ大統領の怠慢や失策とみなすのは酷な見方である。しかし、「アジアに外交政策の軸足を移す」といいながら経済のみを優先した結果、東シナ海における中国の覇権的行動を抑制することができなかったことは周知の事実である。この意味で、TPP の原則合意は、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立に対する明確な対抗措置であった。

先送りされた課題

 2016年の大統領選挙に向けて、民主・共和両党の大統領候補者の指名を求める競争が始まっている。しかしテレビ討論を見ても、アメリカの将来をどのように考えるかについてのビジョンが伝わってこない。政党対立の緩和、対決型政治の克服、世界政治におけるアメリカの役割についての合意づくりなど、アメリカは多くの問題を抱えているものの、これらに加えて厄介なのが移民政策である。アメリカは移民の国であり、移民の受け入れなしに経済と社会は活性化されないにもかかわらず、メキシコからの移民の受け入れをめぐり、寛容な受容政策を主張する民主党と厳格な規制政策を主張する共和党の間で意見対立が続いている。今後、アメリカ人口に占めるヒスパニックの比率が高まることを考えると、ヒスパニックの支持なしにはアメリカ大統領になることはできない。また、ヒスパニック票は2000年の大統領選挙では共和党のブッシュ(子)を支持し、2008年と2012年の大統領選挙では民主党のオバマを支持するなど、まだ明確な党派性をもっていない。民主・共和いずれの大政党がより早くヒスパニックの取り込み政策を具体化するかが、2大政党の趨勢を決めることになる。アメリカの長い政治の歴史を見て思い出されるのは、2大政党による選挙競争の中で、それまで政治の周辺に押しやられていた階層――黒人、女性、南部保守派白人――が政治の中に組み込まれてきたという事実である。今度組み込まれるのは、ヒスパニックである。ヒスパニックがアメリカの社会と政治にいつどのように組み込まれるのか、これが今後のアメリカ政治の理解し分析する上での重要な視点となるであろう。

アメリカ総人口に占める人種構成の予測:2014–2060

  2014年 2060年
人口総数 3億1,875万(100.0) 4億1,680万(100.0)
人種 白人 2億4,694万( 77.5) 2億8,531万( 68.5)
ヒスパニック以外の白人 1億9,810万( 62.6) 1億8,193万( 43.6)
黒人またはアフリカ系 4,204万( 13.2) 5,969万( 14.3)
アジア系 1,708万(  5.4) 3,897万(  9.3)
ハワイおよび太平洋諸島系 73万(  0.2) 119万(  0.3)
ヒスパニック ヒスパニック起源 5,541万( 17.4) 1億1,904万( 28.6)
ヒスパニック以外 2億6,334万( 82.6) 2億9,775万( 71.4)

単位)人(%) ヒスパニックは,人種ではない。①自分または祖先がスペイン語を話すラテンアメリカ諸国の出身である,②それにアイデンティティをもつ,③アメリカ在住である,と定義される。
出典)Projections of the Size and Composition ofthe U.S. Population: 2014 to 2060
Population Estimates and Projections(http://www.census.gov/content/dam/Census/library/publications/2015/demo/p25-1143.pdf

吉野 孝(よしの・たかし)/早稲田大学政治経済学術院教授

【略歴】

1954年長野県生まれ。1978年早稲田大学政治経済学部卒業。1988年早稲田大学大学院政治学研究科博士後期課程修了。早稲田大学政治経済学部助手、専任講師、助教授を経て、1995年より現職。この間、1984年7月から86年6月までウィスコンシン大学(マディソン)政治学大学院留学。1991年3月から93年3月までジョンズ・ホプキンズ大学高等国際問題研究大学院(SAIS)客員研究員。2010年から早稲田大学日米研究機構長、2015年から早稲田大学地域・地域間研究機構長。専攻は、英米政治学、政党・選挙、アメリカ政治。

【主著】

『アメリカの社会と政治』(共著、有斐閣、1995年)、『現代の政党と選挙』(共著、有斐閣、2001年、新版2011年)、『誰が政治家になるのか』(共著、早稲田大学出版部、2001年)、『オバマ後のアメリカ政治:2012年大統領選挙と分断された政治の行方』(共編著、東信堂、2014年)、『論点 日本の政治』(共編著、東京法令出版、2015年)などがある。