早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > オピニオン > 政治経済

オピニオン

▼政治経済

鈴木 一功(すずき・かずのり)/早稲田大学商学学術院・大学院ファイナンス研究科教授  略歴はこちらから

迷走するシャープの鴻海への経営権譲渡
~海外企業による対内M&Aに日本企業はどう向き合うべきか~

鈴木 一功/早稲田大学商学学術院・大学院ファイナンス研究科教授

 2月25日、経営不振に苦しむシャープは、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業による買収提案を受け入れると発表した。新聞報道によると、鴻海側の提示条件は、シャープ株の取得に約5000億円、優先株の買取資金等も合わせて総支援額は7000億円規模とされている。1月下旬、支援先としてほぼ決まりかけていたとされる産業革新機構の3000億円の支援金を上回る金額を提示し、土壇場で鴻海が支援先として選ばれたことになる。1  その後、偶発債務の発覚等で交渉は難航しており、本稿執筆時点で正式な契約は締結されていない。本取引の一連の迷走を見るにつけ、筆者は、日本企業の経営者や従業員の持つ外資アレルギーと、それに伴う対内M&Aの難しさを再認識させられた。本稿では、日本企業が外国企業によるM&Aにどのように臨むべきかについて、私見を述べてみたい。

 まず、M&Aの取引データを見ながら、海外企業による日本企業のM&Aの実態を確認しておこう。図表1、2は、日本企業が当事者となったM&Aの件数と金額の推移をそれぞれ示したものである。2015年(暦年)のM&Aデータは、日本企業同士のM&Aが1600件強で、金額が公表されたものの合計が約3兆5000億円、日本企業による外国企業の買収が、560件、11兆円強、外国企業による日本企業の買収が、200件強で、約1兆円だった。ここ数年、日本企業による外国企業の大型買収案件が急増しているのに対し、外国企業による日本企業のM&Aは、金額1兆円前後で横ばいである。政府もこのような状況を打開すべく、安倍政権の下で、対日直接投資推進を政策目標の1つとして掲げた(「Invest Japanプログラム」)。今回のシャープ買収が成約すれば、この1件で、過去数年の外国企業による日本企業のM&Aの年間合計金額に匹敵するほどの超大型案件となり、対日直接投資の成功事例となる。

図表1 日本企業の関係するM&Aの取引件数の推移

図表2 日本企業の関係するM&Aの公表金額の推移

 しかしながら、昨年に鴻海側がシャープの支援に意欲を示していたにもかかわらず、本年1月下旬には支援先として官民ファンドの産業革新機構による支援策がほぼ決まりかけていたと報道されている。鴻海側の交渉態度に対する不信感など、特殊な事情はあったようだが、それにしてもなぜ民間企業の提案に、官民ファンドが割って入るような提案がされたのか。その背景には、海外企業に買収されることに対する、日本企業の経営陣、従業員等の根強い外資アレルギーがあると思われる。

 この点について、経済産業省の委託によってコンサルティング会社のアクセンチュアが2013年にまとめたレポート2 では、「なんとなくの拒否感」という言葉を使い、経営方針の変更、実現困難な予算目標設定、経営陣の退陣要求、従業員の待遇悪化や人員削減といった漠然とした外資アレルギーが、海外企業による日本企業の買収が進まない理由として掲げられている。これに加えて、今回はシャープの持つ技術や特許が海外に流出することへの懸念から、産業革新機構が大株主である中小型液晶大手ジャパンディスプレイ(JDI)と統合し、「オール・ジャパン」での液晶ディスプレイ事業再編を進めようとしたという事情もある。

 筆者自身、M&Aのアドバイザリー部門から相談を受ける立場にあるが、そうした経験を通じて実感するのは、日本企業は他社を買収することには積極的だが、自社の不採算部門等を売却することには消極的な傾向が強いということである。部門売却を決定する場合でも、赤字が続き、自社ではどうにも経営を維持できない、という危機的状態になって、渋々意思決定することが少なくない。多くの企業経営者にとって、赤字でない部門を売却することは、今でも困難な意思決定のようだ。これに外資による買収に対する「なんとなくの拒否感」が加われば、尚更のことであろう。

 しかしながら、リストラを繰り返し、モチベーションが下がり、優秀な従業員が既に流出してしまった事業を売却しようと思っても、残った従業員が幸せになれる形での売却は難しい。売却によって得られる対価も少ない。重要なことは、自社のコアとなる事業を見極めて、それに該当しないノンコアの事業は、赤字でなかったとしても、その事業をコアとする企業に売却することである。売却先は、雇用の維持・拡大が図られ、その部門の将来にプラスなのであれば、日本企業、海外企業を問わず、幅広く模索すべきである。外資への「なんとなくの拒否感」はある程度理解できるが、専ら海外ばかりで雇用を増やす日本企業と、日本で積極的に雇用を増やす外国企業、どちらの傘下に入ることが日本人の従業員にとって幸せなことなのか、冷静に判断すべきである。

 今回の買収では、シャープの持つ技術の流出を恐れて、官民ファンドが買収しようとしたが、筆者はこのような手法には賛同できない。確かに、国の重要技術が流出する懸念等のある外国企業による買収への規制はどの国にもあるが、その点は、明確な基準や手続きを定めて、法的に規制するべきである。今回のように民間企業が買手候補として手を挙げているのに、海外企業だからという理由で、「オール・ジャパン」の掛け声の下、官民ファンドが経営権獲得に割って入るというのでは、「日本のM&A市場は、海外企業による日本企業の買収には閉鎖的」と判断されても仕方ないだろう。筆者は、今回の決着については、長期的に見て日本のM&A市場の活性化にとってプラスだという立場だが、一部には、鴻海の買収提案受け入れ決定後の混迷ぶりに、「これだから、外資への売却交渉は避けるべきだ」という論調も目にするようになった。今回の買収劇が、対日直接投資の成功事例となるのか、外資への(「なんとなく」が取れた)拒否感を、より明確に認識する契機となってしまうのか。今後の交渉の推移を見守っていきたい。

^ 1  産業革新機構の案では、3000億円規模の金融機関の債権放棄がセットになっていたため、単純に鴻海の7000億円と機構の3000億円を比較して優劣を論じられるわけではない。詳細は、安東泰志「真金融立国論」第67回・2016年3月9日付・ダイヤモンド・オンライン等を参照。
^ 2  2013年3月、アクセンチュア「対日投資戦略の高度化に関する調査分析報告書」経済産業省ホームページよりダウンロード可能。

鈴木 一功(すずき・かずのり)/早稲田大学商学学術院・大学院ファイナンス研究科教授

【略歴】

早稲田大学商学学術院教授。東京大学法学部卒業後、富士銀行入社。INSEAD(欧州経営大学院)MBA、ロンドン大学(London Business School)Ph.D.。銀行にてM&Aの企業価値評価モデル開発等を担当。中央大学大学院国際会計研究科を経て、2012年4月より現職。専門は、コーポレート・ファイナンス、企業買収(M&A)。証券アナリストジャーナル編集委員、みずほ銀行コーポレート・アドバイザリー部バリュエーション・アドバイザー。主な著書として『企業価値評価(実践編)』(ダイヤモンド社)がある。