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秋山 靖浩(あきやま・やすひろ)/早稲田大学法学学術院教授  略歴はこちらから

権威や感情に流されず論理的に考えてみる
Web模擬ゼミで知る法学の魅力

秋山 靖浩/早稲田大学法学学術院教授

“Web模擬ゼミ”開講

 筆者は、ここ数年、早稲田大学が8月に開催するオープンキャンパスで、法学部の模擬ゼミナール(以下では「模擬ゼミ」と呼ぶ)を担当している。模擬ゼミでは、参加者の方に、法学を学ぶ魅力を伝えようとしている。

 今回は、筆者が専門にする民法の問題を題材に、“Web模擬ゼミ”を開講することにしよう。

 次の【問題】について、読者の皆さんはどのように考えるだろか。後ろを読まずに、まずは自分で考えていただきたい(なお、この【問題】は架空の事案であり、やや現実離れしているところもあるが、ご了承いただきたい)。

【問題】
 自転車で歩道を走っていたA(20歳)は、スマートフォンを操作して前方に注意していなかったところ、歩道を歩いていたB(21歳)に後ろから追突し、Bは転倒して負傷した。Bは事故当時、急激なダイエットをしていて骨が弱くなっており、その結果、右足を骨折して治療費20万円がかかった。もしBがダイエットをしていなければ、Bの負傷はもっと軽傷で済み、治療費は5万円程度しかかからないだろうと見込まれる。

 Aは、「前方不注意は自分のミスであるから、民法709条(※)に基づき、治療費はBに賠償する。しかし、賠償額が20万円というのは納得がいかない。賠償額は15万円分減らし、5万円でよいはずだ」と主張した。Aの主張は認められるだろうか。

 ※民法709条
「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」

Aの立場から考えてみると・・・

 民法709条にあるように、Aは、前方不注意(=「過失」)で自転車をBに追突させることによってBの身体を負傷させた(=「他人の権利・・・を侵害」)から、これによってBに生じた治療費(=「損害」)を賠償する責任を負う。A自身も、Bに対して賠償責任を負うこと自体は認めている。

 Aが問題にしているのは、賠償額が20万円では多すぎるという点である。Bの急激なダイエットのせいで治療費が15万円分増えたのだから、その分は自分で負担しろ(Aの賠償額から減らせ)、と主張したいわけである。

 民法では、《発生した損害を加害者と被害者との間で公平に分担する》という理念(「損害の公平な分担の理念」)が認められている。この理念によると、被害者の持っている素質(性格や身体的特徴・病気など)が原因となって損害が発生・拡大したような場合には、発生・拡大した分の損害はその素質を持っている被害者自身に負担させ、その分だけ加害者の賠償額を減らすべきだ、という考えが導かれる[1]。このように取り扱うのが、「損害の公平な分担の理念」に合っているというわけである。

 以上の考えに従えば、【問題】では、急激なダイエットによって骨が弱くなっていたというBの素質によって、Bの損害が15万円分拡大したといえる。そこで、Aは、「損害の公平な分担の理念」を理由に、拡大した15万円分の損害をBに負担させて、Aの賠償額は5万円に減額するべきだ、と主張できるだろう。

Bの立場から考えてみると・・・

 Aの主張に対して、Bからは次のように反論することが考えられる。

 被害者の素質を理由として賠償額が減らされると、次のような不都合が生じる可能性がある。病気などの素質を持つ人々は、交通事故で被害者になったときに、その病気などを理由に賠償額が減らされて、医療費等の一部を自分で負担せざるをえなくなる。そのような事態を避けるためには、自転車や自動車の多いところに行かないようにしたり、外出を控えたりするようになるだろう。こうして、病気などの素質を持つ人々の行動の自由が制限されてしまうことになる。

 しかし、社会では、骨の強い人・弱い人、メンタルの強い人・弱い人、病気の人・健康な人など、各人が様々な素質を持って生活している。このような人々によって社会が成り立っている以上、交通事故を起こした加害者は、被害者に様々な素質があることを受け入れて、損害全部を賠償しなければならない――被害者の素質によって発生・拡大した分の損害を被害者に分担させるのはおかしい――と考えるべきではないだろうか。

 この考えによると、原則としてAの賠償額を減らすべきではない。「損害の公平な分担の理念」によって賠償額を減らすことが認められるのは、あくまでも例外であり、【問題】でいえば、健康を害するほどのダイエットをして骨が著しく弱くなっていたような極端なケースに限られるだろう。[2]

法学の世界で通用する根拠に基づき、論理的に考えて議論し、説得力ある解答を見つける

 【問題】をめぐるAの主張とBの反論に見られるように、法学で取り上げる問題では、1つの正解などは存在しないことが多い。Aの主張にもBの反論にもそれなりの理由があり、どちらも民法上成り立つのである。

 それでは、Aの主張とBの反論のどちらを採用すればよいだろうか。法学では、法学の世界で通用する根拠(原理・原則・理念・制度などと呼ばれるもの)に照らして、どちらの主張により強い説得力があるかが決め手になる。そのために、法学は「説得の学問」と呼ばれることもある。

 ここで注意しなければならないのは、「偉い人が言っているからAの主張が正しい」などの権威を持ち出したり、「BがかわいそうだからBの反論を支持する」などの感情に訴えたり、「なんとなくAの主張を支持している人が多いから」などの雰囲気に流されてはならないということである。あくまでも、「損害の公平な分担の理念」、あるいは、《様々な素質を持った人々が社会に存在していることを加害者は受け入れなければならない》など、法学の世界で通用する根拠に基づいて、論理的に考えを組み立てることが重要である。そして、このような考えに基づいて自由に議論をしながら、より説得力のある解答を見つけていくことになる。

 また、1つの立場に固執せずに、様々な立場に立って物事を見ることも重要である。法学の世界では、【問題】のA(加害者)とB(被害者)のように、利益の対立する者が登場する。相手方の利益にも目を向けつつ、自分の利益を守るためにどのような主張をすれば相手方を説得できるかを考えるわけである。[3]

おわりに・・・法学のすすめ

法学を学ぶ魅力をまとめると、以下のようになるだろう。

  • ある問題について、法律の世界で通用する根拠に基づいて考えを組み立てた上で、自由に議論して、説得力ある解答を見つける。
  • その際には、様々な立場から物事を見ること、また、権威や感情・雰囲気に流されるのではなく、論理的に考えを組み立てることが重要。

 法学で学ぶこのような思考や作業は、法律家(弁護士・裁判官・検察官)だけでなく、社会で生活する全ての人にとって役に立つことである。たとえば、企業が新商品を開発するかどうかを決めるときや、人がマイホームを購入するかどうかを決断するときなどにも、応用できるだろう。

 読者の皆さんも、このような魅力ある法学にぜひ触れていただければ幸いである。

筆者が薦める入門書
  • 道垣内正人『自分で考えるちょっと違った法学入門[新版]』(有斐閣、1998年)
  • 近江幸治『ゼロからの民法入門』(成文堂、2012年)
  • 大村敦志『父と娘の法入門』(岩波ジュニア新書、2005年)
  • 木村草太『キヨミズ准教授の法学入門』(星海社新書、2012年)
脚注
  • ^ 民法722条2項は「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる」と規定しているところ、ここでは、民法722条2項の「類推」と呼ばれる方法が用いられている。類推とは、「Xという事態が生じたときはYというルールが適用される」場合に、Xと類似するX’という事態が起きたならば、「XとX’が類似していることから、X’という事態にもYというルールを適用する」という方法である。
  • ^以上のAの主張とBの反論については、専門的な議論をかなり平易にし、複雑なところを省略している。専門的な議論に触れたい方は、さしあたり、窪田充見「過失相殺と身体的特徴の斟酌」中田裕康=窪田充見編『民法判例百選Ⅱ債権[第7版]』(有斐閣、2015年)204~205頁を参照していただきたい。
  • ^もっと詳しく知りたい方は、田髙寛貴=原田昌和=秋山靖浩『リーガル・リサーチ&リポート』(有斐閣、2015年)7~14頁[原田昌和執筆]を参照していただきたい。

秋山 靖浩(あきやま・やすひろ)/早稲田大学法学学術院教授

【略歴】

1995年早稲田大学法学部卒業、2000年早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学、早稲田大学法学部専任講師・助教授等を経て、2009年より現職。

【主な研究テーマ】

不動産の所有・利用をめぐる民法上の諸問題

【著作】

『不動産法入門』(日本評論社、2011年)、『物権法』(共著、日本評論社、2015年)、『リーガル・リサーチ&リポート』(共著、有斐閣、2015年)、『3・11大震災 暮らしの再生と法律家の仕事』(共著、日本評論社、2012年)、『民法Ⅱ物権』(共著、有斐閣、2010年)。