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佐渡島 紗織

佐渡島 紗織(さどしま・さおり) 早稲田大学留学センター准教授 略歴はこちらから

日本の大学におけるアカデミック・ライティング指導

佐渡島 紗織/早稲田大学留学センター准教授

 本稿では、日本の大学におけるアカデミック・ライティング指導について筆者の考えるところを述べ、合わせて早稲田大学の取り組みを紹介したい。

 日本の大学では、レポートや卒業論文を書かせるにもかかわらずアカデミック・ライティングを初年度で指導しないことが一般的である。書き方は、ゼミの先輩に教わるか教授の「後ろ姿」から学ぶことが期待されている。要するに、日本の大学はエリート教育を目指すドイツの大学に習って作られた経緯があるため、論文の書き方を指導することは各研究室の仕事だと認識されてきた。しかし大学進学率が増加した現在、日本の大学は米国のような大衆的な教育機関となっている。

 こうした移行の中で、アカデミック・ライティング指導を基礎的な学力を育成する一領域として位置づけることが、ようやく期待され始めてきたのである。米国では1970年代からすでに行われていることを考えると、日本はようやく足元に追いついたところであろう。

 そもそも日本では、小、中、高校においてもアカデミック・ライティング指導は体系的に行われておらず、また指導がしにくい背景がある。高校受験や大学受験を控えて、教科は暗記中心となりがちである。また、40人学級は文章指導には向かない環境である。給食指導、清掃指導、クラブ活動など、日本の教員は欧米の教員と比べて大変忙しい。文章指導はしたくてもできないのである。

 そこで、日本の学生はアカデミック・ライティングの基礎知識なしで専門分野の勉強をスタートさせることになってしまう。多くの学生がアカデミック・ライティングの誤った認識を持っていることを示す例を、筆者の授業から紹介しよう。

 大学2、3年生を対象とする授業で、「本に書かれている特定の部分を自分の文章で紹介しながら意見を述べる場面では、次のどの書き方が適切か。」と問うて四つの書き方を示した。

(1)本の記述を自分のことばに言い換えて<自分の考えの一部として>書く。
(2)自分のことばに言い換えた上で<人が考えていることが分かるように>書く。
(3)自分のことばに言い換えた上で出典を示す。
(4)引用をして出典を示す。

 (3)を選んだ学生がクラスの半数、(2)と(4)がクラスの2割ずつ、(1)が数名、であった。

 多くの学生が、参考文献を用いても出典は示さなくてよいと考えているのである。(2)を選んだ学生は、「塾でもっぱらそのように教わってきた。」と述べていた。(1)の、剽窃になりかねない書き方は「ずっとこのように書いてきたから。」というのが率直な理由であった。(4)よりも(3)を選んだ理由として学生が述べたのは、「引用をすると、ただ書き写しているので自分の文章が幼稚に見えてしまう。」というものであった。

 書き方の問題は、表現の問題ではあるが、むしろ学問をする姿勢の問題である。学問の世界では先人たちが築き上げた智恵を踏まえて新しい知識を構築すること、その際には互いの知的所有権を守りながら発信をしていくのだという、最も基本的かつ重要な姿勢が学生に理解されていないのである。じきに就職活動を始め、卒業論文を書く学生たちがこのような認識で大学の授業を受けているのである。こうした、学問をする姿勢を教えずに、大学で何を教えようというのかと、自分が携わってきた仕事に対して反省せずにはいられなかった。

 引用・出典の問題以外にも、指導を受ければ避けられるであろう問題を持った文章が日頃、提出されてくる。論点が未整理のプレゼンテーション資料、文が長くて主述も「ねじれ」たままの文が随所に見られるレポート、抽象論ばかりの主張、キー概念が途中ですり変わるレポート、最後まで読まないと研究目的が把握できない卒業論文などである。

 アカデミック・ライティングを、積み上げて指導する体制を作ることが必要である。アメリカの大学院に留学中、近所の小学校を訪れたところ、2年生で出典を明記することが指導されていて驚いた。「図書館」という授業で、児童は、ほとんど絵本に近いような文献を、出典として自分の文章の終わりに記していたのである。

 日本では、昨今、ビジネスの世界で「論理的な思考力」や「分かりやすいプレゼンテーション」の必要性が話題となっている。小、中、高、大学でアカデミック・ライティングを指導していれば、ビジネス文書は問題なく書けるはずである。

 早稲田大学では次のような取り組みを始めた。オンラインによるアカデミック・ライティング初年度教育と、ライティング・センターである。オンライン授業では、コンピュータ配信の授業を見せたあと、400字の文章を書いて提出する課題を毎週、課す。履修者一人一人の文章にコメントをつける指導員を数十人育成し、統一した基準のもとでフィードバックを行っている。ライティング・センターは、正規授業外の支援機間で、学生は「書いたもの」を持ち込んで、専門的な訓練を受けたチューターに個別指導を受けることができる。チューターは成績優秀な学部生と学内の様々な研究科の修士学生、博士学生である。日本語・英語の両言語で指導を受けることのできる、世界で初のバイリンガル・ライティング・センターである。どちらのプログラムも、「自立した書き手」を育てるために、添削はいっさいせず、読者の反応や、文章を診断する観点、修正方法などを教えることに重点を置く。

 こうした取り組みを地道に広げ、アカデミック・ライティング指導を発展させていきたいと考えている。多数の留学生を受け入れている早稲田大学では、今後はアジア諸国とも協力し、国際的に活躍できる人材を、ライティングという側面からも育成していきたい。

佐渡島 紗織(さどしま・さおり)/早稲田大学留学センター准教授

【略歴】

1998年米国イリノイ大学でPh.D.取得。国立国語研究所、研究補佐を経て2002年より早稲田大学アジア太平洋研究科、国際教養学部で客員講師。2008年より留学センター准教授。専門は、国語教育。