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豊永 郁子(とよなが・いくこ) 早稲田大学国際教養学術院教授 略歴はこちらから

ヒラリーはなぜ負けたか
―2008年アメリカ大統領予備選挙に思う

豊永 郁子/早稲田大学国際教養学術院教授

高まった女性大統領誕生への期待

 今回ばかりは、政治学者としてではなく、女性として語らせてほしい。なぜ、ヒラリーは負けたのか。昨年1月の出馬表明の時点では、民主党の大統領候補指名の獲得をほぼ確実視されていたヒラリー。確かにここ2、3年の間に、私の中でも彼女に期待する気持ちは高まってきていた。上院議員として自分自身のキャリアをつみ、彼女にも準備がととのったのではないか。しばしば指摘に上った性格上の問題も克服されたのではないか。遂に女性のアメリカ大統領を見ることができるのではないか。優れたリーダーシップを女性が揮うことは、イギリスのサッチャーやドイツのメルケルの例でも実証済みであり、生物学的にどうとは言わないまでも、女性が家庭や職場で直面させられる試練や課題は、むしろ女性を一国の長により相応しいジェンダーとしているのではないかとさえ疑わせる。男女共同参画後進国の日本も、アメリカの大統領が女性ともなれば、大きな影響を受けることは間違いない。ヒラリーが大統領に相応しい人物であってほしい、そして大統領になってほしいというのが私の密かな―自分でも気付かないうちに心の奥に育っていた―望みであった。

 しかし、アメリカの大統領選挙は長い。今回、民主党の予備選挙戦は、投票が始まってからだけでも約半年続いた。短期決戦とは異なり、知名度や自らの属性―ジェンダーや人種、出自など―のアピールだけで決まる選挙戦では到底あり得ない。候補者の具体的な発言と行動が衆人環視の下にさらされる日々が延々と続くのだ。そうした中で、私のヒラリーに対する密かな期待は失望へと変わっていった。それどころか、心の内からヒラリーを大統領にすべきではないという呟きさえ聞こえてくるようになった。

アメリカ政治の「パンドラの箱」

 私にとって決定的であったのは、ヒラリーが一度ならずアメリカ政治の「パンドラの箱」を開けようとしているかに見えたことである。まずは、これまでクリントン夫妻の支持基盤であった黒人層がオバマに流れたと見切るや否や、一転して白人低所得者層の人種差別的な感情を刺激する戦略に出たこと。この戦略が劇的に効を奏したかに見えたペンシルヴァニア州の予備選挙では、ヒラリーの勝利集会はおよそアメリカらしくない異様な雰囲気に包まれたものとなった。野太い声のシュプレヒコールが、統率されているとしか思えない早いテンポで地鳴りのように鳴り響く。民主党の、それもリベラル派の女性候補の集会ともなればなおさら期待される明るくスポンテニアス(自発的・自然)なムードからはかけ離れた、ネオナチの集会かとさえ見紛う迫力に正直言って慄然とした。

 そしてオバマ暗殺を期待しているかのような言動を見せたこと。そもそも敗北が確実視されている中でキャンペーンを続けたこと自体が「そのこと」を期待しているのではないかという疑いを生じさせていたが、ヒラリーは、あろうことか「そのこと」を口にしてしまった(予備選中に凶弾に倒れたロバート・ケネディの例をあげて…)のである。ああ、ヒラリー!人種問題と暗殺は、アメリカ政治に常につきまとう暗い影だが、その影を高らかに否定してみせること(あたかも政治を規定する力としてこれらが存在していないかのように振る舞うこと)にアメリカの政治家の最低限のたしなみはある。そうでなければ「政治」はまるまる影に呑み込まれてしまう。さらに民主党の決定に反して投票を行ったミシガン州とフロリダ州の票の扱いについて、当初はカウントしないことに合意しながらも自らの勝機がかかると見るや否や態度を一変させたこと、ヴェトナム戦争の泥沼化を想起させる「名誉ある撤退」という言葉が囁かれ、予備選撤退の圧力が抗えないものとなってもなお判断を先延ばしにし続けたこと、これらはヒラリーの強烈な人柄を印象づける一方で、その手続き的正義に関する感覚や判断力を疑わせた。

ファースト・レディーの幸・不幸

 とはいえ、敗者を称えるのがアメリカ政治のたしなみでもある。それでもここ地球の反対側からであれば、後味として残る一抹の淋しさ、口惜しさを忌憚なく述べることが許されるかもしれない。ヒラリーがもう少し別のヒラリーであったなら!そうすれば今回の大統領選挙で、初の女性大統領の誕生を見ることになっていただろうに!

 しかし、考えてみれば、ヒラリーにはそもそも「無理」があった。彼女がまとった「経験」豊かな「キャリア・ウーマン」というイメージは、彼女がその通りに正しく振る舞い通すことを土台無理とするような虚構を含んでいた。少なからぬ女性たちが、私と同じようにヒラリーの自意識あるいは自己演出のあり方に何らかの違和感を覚えてきたのではないであろうか。

 顧みるに、彼女の職業婦人としてのキャリアは、そのままファースト・レディーとしてのキャリアに重なっていた。ロー・スクール在学中に出会った伴侶、後に第42代大統領となる若きビル・クリントンの政界躍進劇は実に凄まじい。ロー・スクール卒業後、ほとんど間髪を置かず、アーカンソー州の司法長官となる。同州で三権の長の妻として法律家のキャリアをスタートしたヒラリーは、幸運だったというべきか、不運だったというべきか。1979年にビルはアーカンソー州知事に。以来、ヒラリーはずっと(途中2年間を除き)ファースト・レディーだ。そういえば、確かにその木で鼻をくくったような態度は、夫の威を借りる高官夫人のそれである。おお、この人は、誰からの庇護も受けない無名の一兵卒として前線に赴き、どこから飛んでくるか皆目見当もつかない弾をよけながら身を屈め、泥の中を這いずり回ったことがないのだ!そう、「渡る世間は鬼ばかり」とばかりに世の中に対して身構えながらも、時折一筋の光明のように前方に差し込む善意をしかと受けとめられる感受性だけは忘れないように心して、それを励みに今日も明日も匍匐前進!―こうした経験から、多くの、いわゆる社会に揉まれてきた女性たちが自ずと身につけている現実的な政治感覚、そしてそうした女性たちから自ずと滲み出る情の厚さを、ヒラリーは不思議なほど欠いているように見えるのだ。一見奇妙に思えるそうしたところも、ヒラリーのファースト・レディーであり続けた半生に照らせば、辻褄が合う。

負の歴史を正に

 かたやヒラリーを制し民主党の大統領候補となったオバマは、その屈託のなさ、鷹揚さ、堂々たる物腰、よく考え抜かれた爽やかな弁舌など、アメリカの最良の息子と言われるに相応しい全てを示し、アメリカが黒人に強いた負の歴史を見事に正に転じてくれたという感慨(「よくぞここまで育ってくれた!」という感慨)を見る者に与えた。4年前の民主党大会でオバマを「見出した」人々(かくいう私も彼の全国デビュー演説に釘付けになったその一人!)の心を打ったのも、オバマの「人物」にまつわるこの歴史的な感慨であったに違いない。今回、ヒラリーは負けたが、宿痾のマイノリティーとも見えた黒人層から初めて二大政党の大統領候補が誕生したことにより、アメリカは人種差別のトラウマの解消に向けた大きな一歩を刻むことができ、その道徳的再生の物語に新たな一章を開いたと言える。その興奮が伝わってきた予備選の終幕は、私にとってもヒラリーへの個人的失望を埋め合わせて余りある大団円となった。

 これに対する共和党の大統領候補は、あのジョン・マケインである。アメリカが汚辱にまみれたヴェトナム戦争で虜囚となり、全身の骨を砕き、拷問に耐え、5年半にわたる監禁を生き延びたマケインが、今回、どのような再生の物語をアメリカの歴史に刻むのか。ヴェトナム戦争の経験は、遂に正へと転じられるのか。

 アメリカの道徳的再生が、この大統領選挙の隠れた主題となる予感がある。二大政党の候補それぞれが身を置いた逆境ないし非人間的状況の中で―それらはそっくりそのままアメリカ史の不条理に重なる―それでも人間性の最良の部分を保ち、さらに自らの「経験」から多くを学び得ていること、その証しが競われる。これが一つの見所となる―そうなってほしい―大統領選である。

豊永 郁子(とよなが・いくこ)/早稲田大学国際教養学術院教授

【略歴】

1989年東京大学法学部卒業。同助手、専任講師、九州大学法学部助教授を経て、2004年4月より現職。専門は政治学、比較政治。

【著書・論文】

『新保守主義の作用―中曽根・ブレア・ブッシュと政治の変容』(2008年、勁草書房)、『サッチャリズムの世紀―作用の政治学へ』(1998年、創文社、サントリー学芸賞受賞)、「現憲法下におけるアメリカ型地方自治の可能性」『地方自治』第692号(2005年7月)、「2007年参院選を振り返って」『オピニオン』(2007年8月6日、ワセダコム)、「マニフェスト政治にもの申す」『オピニオン』(2005年10月3日、ワセダコム)など。