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宇野 和夫(うの・かずお) 早稲田大学商学学術院教授 略歴はこちらから

中国でなぜ暴動が多発するのか

宇野 和夫/早稲田大学商学学術院教授

 中国の威信をかけた北京五輪がまもなく開幕する。五輪史上空前の警備態勢で臨んでいるにもかかわらず、中国各地で大規模な住民暴動や連続爆破テロ事件が続発している。以下、国民結束のシンボルである五輪を目前に控えて、なぜ民衆の抗議・暴動が相次ぐのか、その要因について述べることにしたい。

急拡大する貧富格差

 要因の第1は、高度経済成長によって貧富格差が急拡大し、物価高が貧者の生活を直撃していることだ。社会における所得分配の不平等さを測る世界的に認められた指標であるジニ係数は0.47に達し、毎年0.01ポイントの速度で上昇し続けている。捕捉の難しい不法所得(脱税、汚職など)を入れるならば、ジニ係数は0.54にも達する。現在はまだ要警戒の段階にあるが、社会動乱が随時発生する「動乱線」の0.6に近づいていることが懸念される。

 早急に所得格差是正のための抜本的対策が講じられなければならないが、所得再分配面の改革(相続税導入など)や不法な手段で得た所得に対する規制強化策などは既得権益層の抵抗にあって、一向に進捗しそうにない。

限界を露呈する地方行政・司法体制

 第2は、行政・司法体制に起因する要因である。周知のように、鄧小平の進めた改革・開放政策が成功したのは、中央政府の権限を縮小し、地方政府の権限を拡大することによって、地方の中に鬱屈していたエネルギーを一挙に解き放ったからである。これにより、地方の活力が中国全体の成長を牽引するメカニズムが生まれた。しかし、現行の中央・地方関係はすでに限界を露呈している。

 中国の現行行政システムは、中央政府から地方各級政府に至る「線」の行政系統と地方各級政府の内部で横に広がる「面」の行政系統の2つから成るが、特徴的なのはこのうち後者を主とするという体制をとっている点だ。たとえば、省クラス以下の地方公安機関は、1つ上級の公安機関からの指導と同級の政府からの指導の二重指導を受けるが、後者を主とするという体制をとっている。この管理体制の下では、地方公安機関は自分たちの人事権や財政権を握る地方の党・政府の忠実な僕(しもべ)となりやすい。一方、上級公安機関からの指導は形式に流れ、徹底されにくくなる。

 こうした管理体制は様々な弊害を生じさせている。1つは、地方党・政府指導者の権限の乱用である。一部の地方保護主義的な指導者は住民の立ち退き拒否などの困難にぶつかると、手中の警察力を乱用し、住民の抗議活動の鎮圧に動員している。この結果、警察と住民との関係が著しく悪化し、恨みを抱く者による暴力的な警察襲撃事件を誘発する原因の1つともなっている。2つは、地方党・政府指導者による正常な警察業務への干渉・妨害である。これは地方党・政府指導者の利害にからむ案件の場合に生じやすい。

 一方、司法体制にも問題がある。中国では司法が独立しておらず、地方裁判所の経費等はその地方の行政首長の匙加減で決められる。制度上、司法が行政に従属しているために、農地の強制収用や住居の強制立ち退き、環境汚染などによって権利侵害を受けた被害者がたとえ行政訴訟を起こしたとしても、被告(加害者)の地方政府が公正な裁判官に案件を担当させることは皆無に近く、敗訴する確率がきわめて高いのである。

 司法ルートが事実上ほとんどふさがれているために、被害住民はやむなく陳情という特殊な行政救済ルートを通じて権利回復をはかろうとする。だが、実はこれも行政側の職務怠慢や妨害行為(陳情窓口からの強制排除等)などのせいで、きわめてか細いルートになっている。しかも、解決まできわめて長い年月を要する。このような状況の下、被害住民にとって残されているのは「大きく騒げば大きい解決が得られるが、小さく騒げば小さい解決しか得られない。騒がなければ何事も解決しない」という伝統的な道だけとなっている。

暴走する地方政府と体制改革

 近年多発する暴動の特徴は、住民の怒りの矛先が加害者である地方政府となっていることだ。一部の地方では役人の腐敗・専横が目に余り、公安機関と暴力団が癒着したり、役人と悪徳企業家が結託して権益を独占したりするケースが後を絶たない。公安機関や裁判所、そして報道機関を牛耳って君臨する地方政府の指導者は「土皇帝」などと揶揄されている。

 地方政府が中国の高度経済成長を支えてきた主たるプレイヤーであり、功績のあった点は高く評価されるべきであろう。しかし半面、地方政府は自己の利益を最大化するあまり「暴走」をし続け、住民との軋轢や環境破壊などをもたらす存在でもあった。「上に政策があれば、下に対策がある」と言われるように、地方政府が中央政府の発した警告に耳を貸さない現象も広がっている。

 こうした地方の行き過ぎを食い止めるには、現行の行政・司法体制を改革することが避けて通れない課題である。だが、これほど至難中の至難事はないようだ。決断を下すべき最高指導層は、改革が地方の活力を奪い経済を失速させ、社会的混乱をもたらすのではないかという不安を払拭できず、また既得権益層の必死の抵抗などもあって、逡巡の姿勢を続けている。しかし、中央政府の打ち出した方針どおりに「和諧社会(調和のとれた社会)」を築き、持続可能な発展を遂げるには、発展した経済に見合った政治体制に切り換える以外の選択肢はないように思われる。

北京五輪を期により開かれた社会を

 2001年、北京が五輪開催地に内定したとき、多くの人々は北京五輪を期に中国が人権状況と環境を改善させ、より開かれた社会になっていくものと期待した。しかしその後の実際の展開は、五輪の安全を名目に統制色を強め、社会的弱者の抗議活動まで強権的に抑え込み、政府に反感を抱く者を増やしてしまうというものだった。五輪後、犠牲を強いられた民衆が抗議活動を強めるようになれば、一時的な措置と考えていた強権的態勢を当局は五輪後もとりつづけざるを得ない状況に陥る恐れがある。試練を乗り越え、中国社会の発展にとってプラスとなる形での北京五輪の開催を願ってやまない。

宇野 和夫(うの・かずお)/早稲田大学商学学術院教授

【略歴】

1950年福井県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、同大学院法学研究科修士課程修了。社団法人中国研究所研究員、東海大学助教授等を経て、現在、早稲田大学商学学術院教授。専門は中国社会研究(治安・犯罪、都市化など)。

【最近の論文等】

「中国刑法における「黒社会性質組織」の認定基準問題」(早稲田大学比較法研究所『比較法学』第38巻第3号、2005年)、「中国の群衆犯罪事件の概念と特徴」(早稲田商学同攻会『文化論集』第27巻、2005年)、「中国の安定性と安全性――暴動・食品安全問題と北京オリンピック」(国際問題研究所『国際問題』2008年1・2月合併号)、「中国の治安体制」(拓殖大学海外事情研究所『海外事情』2008年7・8月合併号)、共編著『中日辞典 新語・情報編』(編集代表、小学館、2008年)など。