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水戸 考道(みと・たかみち) 早稲田大学留学センター客員教授 略歴はこちらから

グローバル化時代の日本の若者と留学体験
―四半世紀にわたる海外生活体験を通してみた現状と課題

水戸 考道/早稲田大学留学センター客員教授

日本のジプシー

 よく私は日本のジプシーだよと自己紹介をする。海外生活が四半世紀とかなり長いばかりではなく、カナダが5年、イギリス生活は2回ほどで計8年、オーストラリアは4年半そして香港在住が7年と4大陸を転々としてきたからだ。そんなこともあってまだ日本国籍を持っているとはいえ、オーストラリア・ニュージーランド・英国そして香港などの永住権も持っている。海外にいる多くの友人たちと別れて昨年8月、縁があって早稲田大学の教員として久しぶりに日本に戻ってくるまで米系の投資銀行に勤めていたロンドンでの3年間を除くと、この間ほとんどは学生としてあるいは教師として様々な背景と国籍をもつ若者と直接、交流してきた。

早稲田大学の留学戦略

 早稲田大学では留学生の受け入れ、および派遣を主な業務とする留学センターにおいて国際教育交流プログラムに従事し、主に学生の派遣を担当している。早稲田大学は現在3000人ほどの留学生を受け入れているが中期的にこれを8000人にする計画で、また送り出しも現在の一千数百人から、ほぼ全ての学生が在学中に一度は留学を経験する体制を構築するという国際戦略を立てている。数からいうと現在も、そして将来も日本あるいはアジアで最も海外交流の盛んな大学ではないかと思う。

 もっと多くの学生たちが海外留学体験をするよう奨励し、手助けをすることは私の重要な任務である。この一環として、来年度はじめて開講される新入生向きの『早稲田大学基礎講義』というオンデマンド型一般教養科目の中で、「グローバル化時代の人材養成プログラム」と題する講義を担当することになっている。先日、この講義の収録を5時間かけて行なった。グローバル化が急速に進行する中、将来日本がそして国際社会が必要とするような地球市民を育成するというのは早稲田大学の大きな使命の一つであるとともに、私自身のささやかな願いでもある。そこで留学を一つの梃としていかにこれを推進できるのかということをこの講義のテーマにした。

グローバル化とは何か

 まず「グローバル化とは何か」ということを一緒に考える必要がある。グローバル化は今日始まったことではない。マルコ・ポーロが中国までシルクロードを通ってやって来て『東方見聞録』を書いたずっと以前に、人間の移動の歴史とともに開始された。ただ今日的特徴は、あらゆる分野で相互依存度が加速化しているばかりか、あらゆる分野で交流が活発化していることである。このようにグローバル化を理解するならば、現代を異文化や異なった背景の人々や組織とのお付き合いが頻繁な時代、外国籍も含めて自分の働きたい企業や住みたい国が選択できる時代と定義し、家庭においても自分があるいはわが子が外国人と結ばれる可能性の高い時代といえよう。つまりグローバル化は良くも悪くも、だれも避けられない波である。

 とすると、どうしたらグローバル化の波乗りが上手になれるのか。そのためには自身の文化や社会をよく理解し、さらに異文化や他の社会もよく理解できる人間、背景の異なる人々と一緒に働き、生活することのできる人間、と同時に自分で学び、自分で論理的かつ批判的に考察し、自分で過去・現在・将来に関して分析し行動することのできる人間となれるように自分で様々な知識を学んだり、異文化間コミュニケーションの術を習得することが必要である。このように自分をたたきあげるためには様々な方法があるが、留学は最良の方法のひとつであると私は確信している。

日本若者の「弱点」とその要因

 長い海外勤務を終え帰国し、早稲田大学で多くの留学生、日本人学生の指導をするようになり、色々と考えさせられることが多い。現代の日本の若者の「弱点」は数多い。まずグローバル化の時代で英語ができないのは致命的であるが、日本では「できるのが当たり前」と考えている人は少ない。帰国前に私が所属していた香港中文大學日本研究学科の学生は、母語である広東語以外に英語と日本語と北京語が話せるのが当たり前であった。外国語能力がなければ、他のアジアの国々においていい仕事ができない。しかしながら日本の若者が一番苦手なものの一つは、語学以前の問題ではなかろうか。すなわち自分で考え、自分なりに論理的に整合性のある答えを見つけるということである。そしてこれは少数派かもしれないが、集団の一員として一緒に問題解決をするというチームワークが下手な者もいるのではないかと思う。

 グリーンハウスの中でひとりっ子として大切に育てられきたばかりか、それまで受けた教育は知識を覚える暗記型が主である。このため授業では日本の大学生の多くは欧米の学生に比べて自主的思考や積極性に欠ける。私の授業では単なる2単位の授業であっても必ず口頭発表をしたり、論述式の中間試験や期末試験を受けなければならない。これらの問題は締切日の2週間ほど前に通知する。たとえば『グローバル化時代の日本』という授業では、授業開始後1ヵ月後くらいに「期末試験の問題の一つは『今後どのような企業や業界が伸び、また落ち込んだりするのか論じなさい。と共にその理由を述べなさい』という問題だ」と公表した。この問題や出題の仕方から明らかなように、学生はなにも丸暗記する必要はない。大切なのは様々な正確な情報を収集し、それを何らかの分析の枠組を使って現状を分析し、今後の見通しが論理的に、総合的に展望できるかどうかということである。

 しかし、このような問題に慣れていない学生が多い。これは大学受験がほとんど暗記式である香港の学生と似ている。香港で何度か授業でビデオのドキュメンタリーを使ったことがある。地元の学生からは「このナレーションのキーポイントは何か、その要約を作ってほしい」と要望され、驚いたことが何度かある。カナダやイギリスやオーストラリアで教えた経験はあるが、これは前代見聞のリクエストである。不思議に思って聞いてみると、高校の授業では先生が教科書の要点を要約し、それをまる暗記すれば100点満点がもらえたという。このような教育を受けた学生たちは、教科書があっても教えてもらわないと「何が大切」で「何が大切でない」のか見当がつかず、不安だという。日本人学生はこれほど極端な者はいないが、やはり詰め込み式の教育の影響は多大である。自主的な学習や、批判的考察が教育の中心として据えられ、大切にされているとは言えない。

留学による成長

 ところで前述のオンデマンド授業を作成するにあたって、オーストラリアのクイーンズランド大学と北京大学に一年留学経験のある学生2人に参加してもらい、かれらの貴重な体験談や彼らとの対談も収録させていただいた。この2人の学生が留学し、ともに得たものの中にはやはり日本の教育では得難いものがかなりあった。特に言うまでもなく語学力の向上、多くの友情の国際的ネットワーク、ものすごい量のReadingや勉強から得た深い高度な知識、自分で住居を探したりホームシックになったりしたときに養った問題解決能力など、様々な面での成長を遂げていた。また留学に際し「特に重要である」と彼らが声高に述べたのは、「肌の色や宗教・国籍が違っても人間は同じである」という、単純だが大切な事実を受け止めること、そして自主性と積極性の大切さである。この二人は様々な苦労をしながら大いに問題の解決能力を伸ばし、価値観の違う集団の中で自主的に積極的に行動する人間として大きく成長して戻って来てくれたのだ。おめでとう。うれしい限りである。

 しかしながら全員が留学に成功するとは限らない。中には不運にも留学先で病気になったり、あるいは精神的に参ってしまう者もいる。また現地で事故や災害に巻き込まれる者もいる。これらのケアーをするとともに、その原因を考察し、そのようなことが繰り返されないようにすることも私の大きな責任である。しかしながら、私たちの人生においてリスクを取らないでゲインはあり得ない。周到に目標を作り、計画を練るならば成功する確率は高くなる。もちろん正確な情報をできるだけ収集し分析することも大事である。

日本の若者への期待

 私は日本の若者に期待する。それは彼らの多くが素晴らしい温かい心と思いやりの持ち主であるからだ。たとえば早稲田大学において長期留学プログラムに応募している学生のうちの7割前後が、卒業後NGOや国際機関で働き国際社会の発展に寄与したいという動機を持っているのである。このことは、海外の大学において留学を希望する学生の動機の中心が、語学力向上などのスキルアップであることと大きく異なっており、日本の学生は社会的使命感に燃えている者が圧倒的に多い。ぜひ彼らの多くが国際社会にもっと自由に羽ばたけるよう、もっとよい勉学と体験のできる機会を作ってあげたい。かれらが自分たちでもっと平和で明るい住みやすい明日を手に入れることができるように。

水戸 考道(みと・たかみち)/早稲田大学留学センター客員教授

【略歴】

1954年5月1日生まれ。国際基督教大学教養学部社会科学科卒。英国国立キール大学国際関係学部への留学を経て、筑波大学大学院地域研究科修了(国際学修士)。トロント大学大学院政治経済学研究科博士課程単位取得退学。1999年5月筑波大学大学院社会科学研究科論文博士(法学)。ケンブリッジ大学東洋学部講師、ロンドン大学東洋アフリカ研究大学院特別講師、シテイコープ投資銀行金融工学部(ロンドン)マネジャー、オーストラリア国立モナシュ大学大学院日本研究科準教授・副研究科長、九州大学留学生センター短期留学部門教授を歴任。2001年より香港中文大學日本研究學系・国際アジア研究プログラム教授に就任し、2008年8月より早稲田大学留学センター客員教授・教務主任。専門分野は国際関係論・国際比較政治経済学・国際比較公共政策学・日本およびカナダ研究。最近の主要著書に、共編著『アジア太平洋地域における日本語教育』第1巻・第2巻(香港日本語教育研究協会・ひまわり出版2008年)、共編著『アジア太平洋地域における日本研究』(香港日本語教育研究協会・ひまわり出版2008年)、共編著『戦後日本政治と平和外交―21世紀アジア共生時代の視座』(法律文化社、2007年)、単著『石油市場の政治経済学―日本とカナダの比較研究―』(九州大学出版会2006年)などがある。