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横田 一彦(よこた・かずひこ)/早稲田大学商学学術院准教授 略歴はこちらから

アジアの貿易と日本の産業空洞化

横田 一彦/早稲田大学商学学術院准教授

世界の貿易とアジアの貿易

 世界の貿易は過去数十年の間に増大し、多くの国の経済成長を引っ張ってきました。世界全体の貿易額は1980年から2007年の30年弱の間に8倍以上に増大し、およそ14兆ドルになっています。一方、アジア地域では同期間に対世界輸出が16倍、対世界輸入が12倍、域内貿易にいたっては実に20倍に増大しています。そしてこの間、アジアは世界の成長センターと呼ばれてきました。

 このアジアの貿易には興味深い事実があります。図1は世界全体の消費財(完成品)と部品の輸出額の推移を示しています。消費財は消費者が最終的に消費する製品で、食品、衣服、完成車、電化製品といったものです。部品はそのままでは消費者に購入されず、さらに加工して完成品に仕上げる財のことです。世界では消費財も部品も増大傾向を示していますが、すべての期間で消費財輸出が部品輸出よりも多くなっています。一方、図2はアジア域内の消費財輸出と部品輸出の推移を見たものです。一見して明らかなように、この地域では1995年以降、部品輸出が消費財輸出を上回り、その後も部品輸出が急増しています。この部品貿易の最大の輸出国は日本で、最大の輸入国は中国です。また、最大の貿易財は電気機器・電子部品です。

出所:経済産業研究所データベースより作成(http://rieti.imari.co.jp/

出所:経済産業研究所データベースより作成(http://rieti.imari.co.jp/

国際経済学の宿題

 これまで国際経済学は完成品の貿易に関心を集中してきましたが、今後は部品貿易増大の背景とその影響、そしてなぜアジアに部品貿易が多いのかという問題について考察しなければなりません。部品貿易が特にアジア地域で増大している理由として、日本、韓国、台湾の企業の海外展開に伴って、本国とアジアの国との取引が拡大したことが考えられます。実際、世界の直接投資受入額は増加の一途にありますが、アジアの直接投資受入額は世界のそれよりもさらに速いスピードで増えています(図3)。生産工程を分割できる製品の場合、技術・資本集約的な工程を自国の先進国で、労働集約的な工程を発展途上国で行うといった分業が国際間で進展したわけです。その他の理由としては企業間取引形態の多様化や汎用性部品の技術進歩なども考えられます。またさまざまな自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)は、企業がアジア全域で最適な生産戦略をとるための大きなきっかけになりました。

出所:国連貿易開発会議(UNCTAD)データ
注:世界の直接投資残高は左目盛,アジアの直接投資残高は右目盛。1980年から2006年の間に世界の直接投資残高は22倍に増大したが,アジアでは34倍に増大した。

現実的な問題-産業の空洞化

 そこで次にアジア地域の貿易構造の変化によって生じる現実的な問題を考えましょう。もしアジアでの貿易構造の変化が日本からの生産拠点(とくに組立工場)の海外シフトによってもたらされたとすると、日本国内の生産が減少し、その生産に必要とされてきた生産要素(資本と労働)が遊休資源となってしまいます。いわゆる産業の空洞化という現象が生じる可能性があります。

 実際には、日本からアジアへの直接投資が増え、生産拠点が海外に移転しても、部品は日本からアジアの国へ輸出され、その額は年々増大し続けています。つまり海外直接投資に伴って日本での部品生産はむしろ増大していることになります。日本の技術でしか作れない部品はまだまだたくさんあり、その技術を日本国内に温存しているということでしょう。また、過去にも何度か産業の空洞化が懸念されたことがありましたが、深刻な事態には至っていません。経済全体から見れば企業の海外流出は小さな割合でしかなく、新しい成長産業も出現しているからです。

 では、もっと長期的にみても産業空洞化の心配はないのでしょうか。ゆくゆくは多くの分野で部品も完成品も海外で生産され、日本に逆輸入される日が来るのでしょうか。今後、発展途上国のキャッチアップに伴って、多くの産業でその可能性は高まるでしょう。あまり高度な技術を必要としない電化製品などでは日本での生産を止め、すべて海外生産して日本に逆輸入している製品も多くなりつつあります。日本での工場は製品の開発・試作をするマザー工場としての役割しか残していないケースも増えています。

産業構造の変化にどう備えるのか

 産業の空洞化は資源(資本や労働)が衰退産業から成長産業へスムーズに移転されれば問題になりません。しかし、通常はその調整のための費用や時間がかかります。労働者が新しい成長産業に適用できるように専門的な訓練や教育を受けなければならないといった場合です。産業の空洞化に関してまず考えておかなければならないことは、この調整をできるだけスムーズに行うということです。そして根本的な対処法は日本での技術力や製品開発能力を向上させておくことです。技術力や製品開発能力の向上は何もモノづくりに限りません。マーケティングの技術であったり、新しいサービスの開発であったり、広範囲にわたって新たな産業分野を開拓しなければならなくなるでしょう。政府は重点分野を定めて支援したり、セーフティネットを拡充したりする必要があります。一方、個人にとっては教育がさらに重要になってきます。

 ここで確認しておくべきことは、企業の海外移転そのものは悪ではないということです。衰退企業や衰退産業を温存するためには大きな費用がかかります。世界全体でみた場合、生産拠点の移転はより効率的な生産体系をもたらすと考えられるので、貿易や直接投資を規制することはこの方向に逆行します。また、日本で少子高齢化が進んでいることを考え合わせると、企業の生産拠点の海外流出は時代の流れなのかもしれません。大事なことは世界経済がさらに統合されていく中で、日本に見合った生産と消費の最適な経済構造を築く準備を政府も個人も早くからしておくことでしょう。

横田 一彦(よこた・かずひこ)/早稲田大学商学学術院准教授

【略歴】

1963年東京生まれ。早稲田大学商学部卒、早稲田大学経済学修士、コロラド大学経済学博士。アジア経済研究所研究員、国際東アジア研究センター主任研究員を経て2009年4月より現職。専門は国際経済学、開発経済学、多国籍企業論。

【最近の論文】

“Modeling FDI-induced Technology Spillovers,” 2010年掲載予定, International Trade Journal. (共著)
“A Decomposition of Factors Influencing Horizontal and Vertical FDI: A Separate Analysis,” 2010年掲載予定, Eastern Economic Journal. (共著)
“Extending the Learning-by-exporting Hypothesis: Introducing a Credit Constraint,” (2009), International Advances in Economic Research. Vol.15, No.2, 169-177.(共著)
“Lewis Growth Model and China’s Industrialization,” (2008), Asian Economic Journal. Vol.22, No.4, 359-396.(共著)