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上村 達男(うえむら・たつお)/早稲田大学法学学術院教授 略歴はこちらから

謙虚さを欠くアメリカ企業法
-金融制度改革は外国法に学べ-

上村 達男/早稲田大学法学学術院教授

欧米へ、早稲田大学発のメッセージ

 2009年8月8日に早稲田大学において開催された、早稲田大学グローバルCOE(※)「企業法制と法創造」総合研究所主催の緊急シンポジウム『オバマ大統領の金融規制改革案を検証する-日本は何を発信すべきか-』の席上において、同研究所所長である筆者の責任において「金融危機-日本の評価軸を欧米に問う」と題する文書を配布した。その後このメッセージに若干の修正を加えたものを、「金融危機-日本発のメッセージ(早稲田大学GCOE宣言)《金融危機-日本の評価軸を欧米に問う》」として、同研究所HPにおいて公開した。この宣言は英語、フランス語、ドイツ語、中国語、朝鮮語に翻訳され、それぞれが公開されている。(各国語宣言へのリンクは文末)

 本宣言は、外国法を100年以上にわたって学び続け、母国語で独自の法律学を形成してきた稀な民族である日本人が、アメリカ的な行き方と欧州的な行き方のそれぞれの性格を把握し、このたびの金融危機をめぐってその評価軸を欧米に問うものである。

 金融危機が法の問題であることは一貫して明らかなことであったと思われるが、日本ではこれを100年に一度の天災であるかに受け止め、その意味で誰にも責任がない現象であるかに理解する見解が幅を効かせてきた。その後の欧米の制度改革提案の多様性をみれば、それがもともと法的な問題であるのは火を見るより明らかなのだが。

免れることのできないアメリカの責任

 グローバルな金融・資本市場の形成は今日不可避の現象であり、そうした趨勢に乗り遅れまいとする一切の発想は正義の衣を纏っている、と素朴に信ずる論調がこのところ幅を効かせてきた。グローバル市場を志向する以上、それが失敗すればその厄災もグローバル規模で世界中に及び、とりわけこうした問題にほとんど発言権のない受け身の国々の国民生活にも深刻な打撃をもたらすことになる。ひとたび金融危機ともなれば、すべての国が自国の国益を他に先駆けて守ろうとして汲々とする。そこではむき出しのドメスティックな論理が堂々と主張される。もともと金融・資本市場の世界は経済の覇権をめぐる諸国民間の闘争の姿(マックス・ヴェーバー)、というのが事の本質なのである。

 ところで、成功も失敗もグローバルな規模で反映する金融・資本市場に、もっとも攻撃的な形で登場する金融商品、金融仲介業者を生み出してきたものは、決してグローバルなルールではなく、主としてアメリカの国内ルールである。それは無数の複雑きわまるルール群から成る世界的に見てかなり特殊な性格を有するものであり、今回の金融危機がアメリカ「発」と言われる由縁がそこにある。その意味では、アメリカ自身も自らのルールのあり方について厳しい責任を自覚し、自らの国家のあり方にも遡るような反省を迫られているはずだ。アメリカは自国の法を他国に及ぼす「域外適用」に熱心な国だが、それだけに自国の法が他国にもたらした「負の域外適用」、すなわちアメリカでの不適切金融商品、不適切金融取引、不公正取引の横行に対する責任を免れることはできないのである。アメリカの金融制度改革論議は決してアメリカの国内問題ではない。世界各国には、アメリカのルールのあり方に注文をつける権利がある。

過剰が生じやすい企業・金融法制の基本的欠陥

 このところ、アメリカ財務省の改革提案、英国財務省の改革提案と続けて改革提案が行われているが、いずれも、監督体制の不備とリスク管理体制の不備を指摘するばかりである。しかし、これらの事柄は監視監督体制の問題というよりは、常に行きすぎや過剰が生じやすい企業法制、金融・資本市場法制の基本的なあり方の欠陥を物語っているように思われる。ルーズな取引を発生させやすい体質それ自体を問題にせずに、監視監督の不備やリスク管理の不備ばかりを言っても本質的な解決策にはならないと思われるが、そうした発想が英米自身から発信されることはないようだ。

 第一に、アメリカについては最大自由を最大規律で事後的に是正するというスレスレの企業法制、金融・資本市場法制の考え方を改め、問題を事前に、規範的・目的的・歴史的・理念的に捉え、理論構成することで安定的な制度を構築するとの発想に転換すべきである。アメリカ的プラグマティズムをこの分野で最大に発揮することは今や危険である。アメリカには謙虚に外国法を学ぶという比較法的視点があまりに弱いのではなかろうか。

 第二に、連邦会社法がない点で異例な国であるアメリカで、アメリカ人自身がアメリカ会社法とは何かを言えないような不透明な状況(連邦会社法の実質を有する制度が連邦証券規制、連邦証券取引所ルール等に散らばっている)を改め、この際欧州的な謙抑的な連邦会社法の制定をも視野に入れるべきではないか。資本市場と一体の公開会社法制のうち、伝統的にきわめて緩やかな州会社法が連邦規制の実施を担うという齟齬を放置していられない状況にある。金融規制についても、アメリカは連邦と州の関係について大胆に踏み込んだ検討を敢えて避けるべきではないのではないか。

 第三に、欧州については事前予防的・謙抑的な会社法制と、資本市場に対する一定の距離感を前提に、伝統社会の長所であるプリンシプル、ベストプラクティス、ジェントルマン・ルール等の、行動規範を欧州外のたとえばアジア諸国においても徹底的に貫くとの宣言を明快に表明すべきである。それがないのであれば、欧州で歴史的に形成されてきた共同体的な規範意識を共有しないアジア諸国が、欧州に対して事前予防的な警戒的な制度(たとえば、銀行と証券の分離規制等)を採用したとしても、欧州が不満を述べる資格はない。

 第四に、日本が学んできた欧米の人間重視、個人尊重の社会のあり方にこだわる行き方の原点を、欧米自身が忘れつつあるのではなかろうか。特定少数の人間から成る匿名性の私募ファンドが株式会社の大株主であり支配株主であるという事態を放任することは、欧米が誇りとしてきた個人中心の企業社会の理念を自ら放棄するものなのではないか。金融技術の見せかけだけの華麗さに目を奪われて、真の人間尊重の精神が軽視されつつあるのならば、そうした姿は我々が学ぶべきモデルではない。アメリカのピープルズキャピタリズムの原点は、企業社会と市民社会を結びつける結節点としての証券市場ないし証券仲介業者というモデルだったはずなのではないか。

日本がなすべきこと

 日本は、外国の制度を謙虚に学び続けてきたが、モデルとしてきた欧米がその原点を忘れ、逸脱していると考えた場合には、そのことを率直に伝える責任が、アジア諸国ひいては欧米諸国のためにもあるはずだ。この分野で歴史的な経験と規範意識をもたない日本は、その不足を知恵と論理で克服するしかない。比較法的視点と学問尊重の精神をもった日本の行き方を自覚することで、日本の国家のあり方の一面が見えてくるのかもしれない。

(※)グローバルCOE(Global Center of Excellence)
2002年度から文部科学省において開始された「21世紀COEプログラム」の評価・検証を踏まえ、その基本的な考え方を継承しつつ、我が国の大学院の教育研究機能を一層充実・強化し、国際的に卓越した研究基盤の下で世界をリードする創造的な人材育成を図るため、国際的に卓越した教育研究拠点の形成を重点的に支援し、もって、国際競争力のある大学づくりを推進することを目的とする事業。早稲田大学の採択状況はこちらで。

参考リンク

金融危機-日本発のメッセージ(早稲田大学GCOE宣言)
《金融危機-日本の評価軸を欧米に問う》
日本語 英語 フランス語 ドイツ語 中国語 朝鮮語 ※いずれもPDFファイル

上村 達男(うえむら・たつお)/早稲田大学法学学術院教授

【略歴】

1948年東京生まれ。早稲田大学法学部卒業、同大学院法学研究科博士課程修了。北九州市立大学法学部助教授、専修大学法学部教授、立教大学法学部教授を経て、1997年より現職。 専攻は会社法、資本市場法。法学博士(早稲田大学)。 早稲田大学法学部長、早稲田大学グローバルCOE「企業法制と法創造」総合研究所所長。

【近著】

『企業法制の現状と課題』(早稲田大学21世紀COE叢書)日本評論社(2009/3)
『金融サ-ビス市場法制のグランドデザイン』(共著)東洋経済新報社(2007/11)
『株式会社はどこへ行くのか』(共著) 日本経済新聞出版社 (2007/8)