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篠原 初枝(しのはら・はつえ)/早稲田大学国際学術院教授(大学院アジア太平洋研究科) 略歴はこちらから

変化する時代と日米関係
―冷戦的構図は当てはまらない―

篠原 初枝/早稲田大学国際学術院教授(大学院アジア太平洋研究科)

日米同盟への懸念

 オバマ大統領の初訪日を締めくくる首脳会談において日米同盟を「深化」することで一致したと報道されている。しかし、懸案の普天間基地返還と移設についてなんら進展はなく、インド洋給油も停止され、筆者が現在滞在中のワシントンでは、不満の声も聞く。あるシンクタンクが主催したセミナーでは、今回の訪日で結局何も決まらなかったと批判的意見を述べた元政府関係者や、給油停止や50億ドル供与の対アフガン支援策は同盟関係を湾岸戦争時にまで戻すものだと述べた識者もいた。他方、日米関係をとりまく時代環境が変わっていることを強調する大学教授もいた。

 アメリカ側(特に知日派の同盟堅持派)から日米同盟に懸念が表されるのは今回が初めてではない。90年代半ば冷戦終結後にも日米同盟が「漂流」しているといった意見が示された。当時日本では、冷戦後という時代状況に即して日本の安全保障政策を再考する動きがみられたが、これに対して、アメリカ軍の駐留は、アジア太平洋地域には依然として不安定な要素があるため必要であると確認され、日米同盟関係は「再定義」された。北朝鮮によるミサイル危機もあり、日米新ガイドライン、周辺事態法が整備され、軍事面での協力体制が整ったのである。

地殻変動が生じている国際関係

 今回の懸念は、民主党政権が発足し鳩山首相がより自主的な外交姿勢を表明したことが発端である。しかし、日米関係をめぐる懸念は、単に政権交代のみならず、より深いレベルで日米関係に影響を与える地殻変動が生じていることにも起因すると思われる。それは90年代半ばの「再定義」に至る底流でもあった国際環境の変化が加速度的に進んだことである。当時にもまして、アジア、特に中国の発展はめざましく、日米両国にとって中国はきわめて重要な貿易相手国となった。今回のオバマ大統領のアジア訪問でも、同盟国である日本や韓国よりも中国での滞在日数は長く設定された。米中関係は、同盟という法制度を基盤とする日米関係と質的には異なるにしても、それでもアメリカにとって中国との関係は重要性を増している。他方、鳩山首相も、「東アジア共同体」構想をシンガポールで唱えており、日本でもアジア外交を重視する声もあがっている。グローバリゼーションも進展し、今次の世界経済危機の解決をめぐっては、G7からG20が招集されるなど関係諸国は一挙に3倍になった。

 このように変わりつつある世界の中で日米関係をどのように位置づけるかという作業は、日米両国にとって大きな課題であろう。日本の安全保障政策においてアメリカがパートナーであり、北朝鮮の核問題が未解決なため、日本にとってアメリカが最も重要な国であることは確かである。しかし、外交的に日本が今後アジア諸国との関係を重視するなら、日米関係の重要性が相対的に地盤沈下する可能性も否定できない。その場合、日米関係において、非安全保障分野(政治や経済)と安全保障分野の間に温度差が生じ、それが安全保障分野での協力関係に影を落とすことも考えられる。冷戦期には、政治、安全保障、経済、文化交流の対外関係全般において、日本にとってアメリカが最重要国であった。しかし、日本が政治経済や文化面でアジア諸国との交流を深めるならば、総体としての日米関係(広義の同盟関係)が変質することになり、これが安全保障関係(狭義の同盟関係)に影響を与えることもあるであろう。

時代は常に動いている

 19世紀から20世紀前半の同盟は、たとえばビスマルクの同盟体制や日英同盟が示すように、諸国が離合集散を繰り返す場合が多く、同盟関係がただちに加盟国間の全般的な緊密関係を意味しなかった。しかしながら、戦後アメリカが構築したNATOや日米安保体制は、一蓮托生の総合型同盟で加盟国の関係性は強く、しかも加盟国は民主主義の価値も共有するものであった。しかし、冷戦後、NATOをめぐってアメリカとヨーロッパ諸国との間も以前ほど一枚岩ではないように、このシステム自体が揺らいでいる。アメリカが同盟システムを戦後構築した時には、アメリカの圧倒的な政治・軍事・経済・文化的な「力」の優位を基礎としていた。その基盤が崩れていることをアメリカも認識しつつあるが、アメリカ型同盟は、安全保障を梃子として加盟国に対して政治的影響力の行使を可能とし、基地の使用権を与えるので、アメリカはこのシステムから政治的にも思考的にも簡単には脱却できない。

 他方、今後アメリカは中国に対しては、冷戦期のようなアメリカ型同盟ではない方式を「創造的」に構築し、友好関係を強化することも考えられる。人権や民主主義の価値は重要であり日米・米韓には同盟関係があるが、日米韓と中国の対立といった冷戦的構図は、単純には今後の情勢にあてはまらないようである。

 時代は常に動いている。「基軸」、「再定義」、「深化」といった言葉に惑わされることなく、日米関係の今後を見守りたい。

篠原 初枝(しのはら・はつえ)/早稲田大学国際学術院教授(大学院アジア太平洋研究科)

【略歴】

早稲田大学法学部卒業、同法学研究科修了。シカゴ大学PhD(歴史学)。

【主要著作】

『戦争の法から平和の法へ』(東大出版会、2003年)、「アメリカ国際政治学者の戦争批判」『思想』(岩波書店)2009年4月号など。