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西村 正雄(にしむら・まさお)/早稲田大学文学学術院教授 略歴はこちらから

捕鯨とマグロ漁
“文明対野蛮”の構図にはまるな

西村 正雄/早稲田大学文学学術院教授

環境問題との結びつき

 最近、再びクジラの捕獲が注目を浴びている。加えてマグロもまた、時期を同じくして注目を浴びている。これらの根底にあるのは、地球規模の環境問題についてどれだけ敏感であるかどうかということのようである。クジラの捕獲に関しては、以前から日本はほぼ孤立する形で世界を敵に回してきた。以前はクジラの捕獲は野蛮な行為という問題が焦点であったが、今それが環境問題と結びついている。早くから産業化が進んだ西欧諸国では、環境問題も早くから注目されてきた。しかし後から産業化を行ってきた非西欧の国々は、環境よりも発展に重点を置いてきた。この結果、環境問題を述べることは、より進んだ国という印象を与え、環境こそまさに時代の最先端をゆくものとのイメージを与えてきた。このため、いまや環境はその本質から離れ、政治の問題に変質してきた。それが、環境にかかわるいかなる問題が、産業化された国(多くは欧米)対遅れて産業化しつつある国(多くは非欧米諸国)という、植民地時代から延々と続けられてきた構図-文明対野蛮-の枠組みにはめられつつある。

 この構図から、現在起こりつつあるクジラの問題とマグロの問題を見みたとき、まさにクジラをとり、マグロを際限なくとり続けている日本は、非文明の野蛮国に見える。今回、かたくなにクジラをとり、マグロの漁獲禁止を阻止したやり方は、まさに西洋対非西洋の構図そのものであった。そして、マグロの漁獲禁止を阻止して喜ぶ日本は、野蛮の最先端を走るように思われる。その阻止の仕方は、まさに世界中で資源をあさる国々と結託したものであり、実質的に阻止しても、世界中に野蛮のイメージを植え付けてしまった点で、政治的に日本は大きな失敗をした。逆に、阻止できなかったものの、この問題を提起したモナコは聖戦をいどむ文明の兵士のように、気高いイメージを世界に与えたのである。

遠洋捕鯨は日本文化か?

 そもそも、クジラにしろ、マグロにしろ、その土地に住む人々が生活のために利用してきたものであった。それらは、その環境に生きる人々にとって必要な資源として活用されてきた。こうした「適応」としてのクジラの利用と、日本が行っている遠洋での捕鯨は区別する必要がある。適応としてクジラの捕獲の例は、紀伊の太地の捕鯨があげられる。最近これを非難する動きもあるが、この非難は欧米の民族中心主義的なものと言わざるを得ない。しかし、遠洋における捕鯨に対する非難については、日本は真摯に考える必要がある。日本は近代産業の他の分野がそうであったように、近代捕鯨の方法もヨーロッパから学び、それを洗練し、他の実に効率のよい捕鯨法を生み出した。そして1970年代には世界一の捕鯨量をもつにいたった。この当時の「栄光」が忘れられない人々が、捕鯨は日本の文化だと述べているが、その捕鯨は沿岸の「適応」から生まれたものではない。そして、その捕鯨の対する日本人の見方は、さまざまであり、全日本人が捕鯨に対して同じように対応してきたわけではない。したがって、日本政府が言う「捕鯨は日本の文化だ」という言い方には疑問を呈さざるを得ない。

失った環境問題についての信頼

 確かにこの効率のよい捕鯨によって、クジラの数が減少したのは事実であり、同じ様な理由でマグロが減少したのは事実である。昨年鳩山首相がCOP15で日本のCO2を15%削減する案を提唱し、世界的に注目を浴び、そのことをもって日本が世界の環境問題の先頭に立つという意欲を見せたのであった。このことと、今回の事態は矛盾するように思われる。先に述べたように、いまやクジラの問題は環境保全の問題と結びつき、地球の生態系を守る動きと結びついている。せっかくイニシアチブを取り始めた環境問題を頑なに「クジラは日本の文化」であるといって他の意見を拒否するのは、環境に重点を置く国は文明国でそれに反対する国は野蛮国である、という論理にはまってしまうことを意味している。

 マグロの問題で、今回一貫して環境よりも開発、産業化、発展を唱える国々を味方につけて日本の意見が通っても、それに全面的に納得ゆかないのは、今回会議で勝つことで日本が失った、世界の人々に対する日本の環境問題についての信頼であり、日本は環境や生態系の維持などおかまえなしであるという悪評を振りまいてしまったことである。そうした評判が定着するとき、いくら日本は古来自然を愛で、きめの細かい自然の認識を述べても説得力を失うことになる。環境は今最も有効な政治的なカードとなりつつあることを考えるとき、沿岸の鯨とりと遠洋の捕鯨は区別して、考えるべきであろう。

 今回マグロの禁止を提案したモナコがその意見が通らなかったとはいえ、世界で最も環境問題に敏感で、よく考えている国と映ったのはなぜか、私たちは考えておく必要がある。

西村 正雄(にしむら・まさお)/早稲田大学文学学術院教授

【略歴】

早稲田大学文学部卒業。東京大学大学院修士課程修了。ミシガン大学大学院博士課程を修了しPh.D.(文化人類学・民俗学)取得。現在、早稲田大学文学学術院教授(文化構想学部 複合文化論系)。フィリピン、カンボジア、ラオスにてフィールドワーク。ユネスコの仕事にかかわり、カンボジアの王立プノンペン芸術大学考古学―人類学カリキュラム再建、アンコールの保存修復活動にかかわる。また、ラオス、チャンパサック世界遺産登録のための研究活動にかかわる。著書に『国家の形成』(三一書房、共著)、『東南アジアの考古学』(同成社、共著)、『Champassak Heritage Management Plan』(UNESCO、共著)など。