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山田 満(やまだ・みつる)/早稲田大学社会科学総合学術院教授 略歴はこちらから

遅々として進まない東南アジアの民主化

山田 満/早稲田大学社会科学総合学術院教授

 2010年5月のフィリピン大統領選挙で、上院議員ベニグノ・アキノ(3世)候補が勝利した。新大統領は1983年に暗殺された民主化運動指導者であった父親のベニグノ・アキノ氏と、暗殺後同氏の意志を引き継いでピープル・パワー旋風を引き起こし、フィリピンに民主化を定着させた母親の故コラソン・アキノ大統領の長男である。

 今回の大統領選挙とともに実施された下院議員選挙で二人の前元大統領(夫人)が当選している。一人は、アロヨ前大統領で、息子から選挙区を譲り受け、新大統領からの不正疑惑追及を回避するために立候補したと言われている。もう一人が、コラソン・アキノ大統領誕生で一族の不正蓄財を追及された、現在80歳のイメルダ・マルコス夫人である。

 フィリピン政界は、大統領に当選したアキノ一族をはじめ、エストラーダやビリヤール候補の一族、さらにはマルコス一族などの有力な一族が知事、上院議員、下院議員を独占している。この国の汚職や不正の根源ともいえる権力と一族との癒着が依然として続いているのだ。今回、当選したアキノ新大統領は清新なイメージで、汚職撲滅を最大の公約に据えて勝利したが、フィリピン政治の汚職と腐敗にかかわる根本原因は何も変わってはいない。

 1986年のピープル・パワーで民主化をいち早く成し遂げたはずのフィリピンは、いまだ一人当たりのGNI(国民総所得)が1,620ドルであり、ASEAN(東南アジア諸国連合)原加盟国との比較では、シンガポールの32,470ドルは別にしても、タイの3,400ドルやマレーシアの6,540ドルに比べかなり低く、インドネシアの1,650ドルと同程度である。フィリピンの貧困解決が遅々として進んでいない状況が理解できよう(数字はいずれも2007年度、『世界開発報告』2009年版)。

 フィリピンに次ぎ1990年代に民主化を遂げたはずのタイでも、民主政治が揺らいでいる。2010年2月のタクシン元首相一族の国内資産没収の最高裁判決後、3月からはタクシン支持派の反独裁民主統一戦線(UDD)が、バンコク中心部を占拠する事態にまで発展した。政府軍の銃弾をともなう強制排除にともない死傷者がでるなど、民主政治からかけ離れていくタイ政治の混乱振りがメディアを通じて世界に発信された。

 フィリピンとタイはASEANにおける民主化の旗手であった一方で、両国にはミンダナオと南タイでの分離独立運動を抱えている。筆者は両地域を訪問して、ミンダナオではキリスト教(カトリック)への、南タイでは仏教(上座部仏教)への政府による強い同化主義政策に危機感を抱いている人々が多いことに驚かされた。これら政府からの働きかけは、政府軍による弾圧と軌を一にしている点で、紛争を長期化させている一因になっている。

 現在、ASEANでは1998年に30年間にわたるスハルト独裁政権を終結させたインドネシアが民主化を先導している。2004年から実施された大統領直接選挙で、スシロ・バンバン・ユドヨノ氏が選ばれ、地方分権化が進み、政治の民主化は着実に進んでいる。しかし他方で、経済的には貧富や地域間格差が拡大し、汚職問題なども抱えている。2005年には長年にわたったアチェ紛争がユドヨノ政権下で解決した。しかし、同地域の貧困問題は依然として主要な問題であり、同様に紛争要因を抱える他地域への波及も懸念される。

 ところで、東南アジア諸国の一つになった東ティモールは、2002年5月の独立時ではアジアの最貧国であったにもかかわらず、現在はティモール海からの天然ガス収入も入り出し、一人当たりのGNIは1,510ドル(2007年、同上)まで増大している。2009年3月に、ダ・コスタ外相からASEAN加盟問題を伺う機会を持った。同氏はシンガポールが「これ以上ASEANに貧困国を入れたくない」、ミャンマーが「人権を盾に内政干渉をする国を受け入れたくない」旨の発言をして、東ティモールのASEAN加盟に消極的であることを話してくれた。

 選挙は実施されるものの、依然として表現の自由が制約され政治的自由度が低いシンガポール、マレーシア、カンボジア、社会主義一党独裁のベトナム、ラオス、軍事政権のミャンマー、国王専制のブルネイと、東南アジア(ASEAN)の民主化の進度は依然として遅い。そのなかで、2007年に権威主義的政治体制から脱却した人口100万人の新生国家東ティモールが、かつて自国を侵略・占領したインドネシアとともに東南アジアの民主化を先導しているのは不思議な因縁と言えよう。

山田 満(やまだ・みつる)/早稲田大学社会科学総合学術院教授

【略歴】

1955年北海道生まれ。早稲田大学社会科学総合学術院教授、同大学アジア研究機構アジア・ヒューマン・コミュニティー(AHC)研究所長。 米国オハイオ大学大学院東南アジア学研究科修了、東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。博士(政治学、神戸大学)。東ティモール国立大学客員研究員、埼玉大学教養学部教授、東洋英和女学院大学大学院国際協力研究科教授などを経て現職。専攻は、国際関係論、国際協力論、平和構築論。主要著書は、『多民族国家マレーシアの国民統合』(大学教育出版)、『「平和構築」とは何か』(平凡社新書)、『新しい平和構築論』(共編著)、『東ティモールを知るための50章』『新しい国際協力論』(編著、いずれも明石書店)など。