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青山 瑠妙(あおやま・るみ)早稲田大学教育・総合科学学術院教授 略歴はこちらから

Mickey、Kitty、そしてPleasant Goat?
中国のソフトパワーと世界に進出する中国アニメ

青山 瑠妙/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

 ミッキーマウス、ハローキティは日本ではなじみのあるブランドで、子供のみならず大人のファンもかなり多い。しかし中国ではいまミッキーやキティよりも人気を集めているのは中国ブランド「喜(シー)羊(ヤン)羊(ヤン)(Pleasant Goat))」である。

 喜羊羊は中国の人気テレビアニメ「喜羊羊と灰(ホイ)太(タイ)狼(ラン)(Pleasant Goat and Big Big Wolf)」のキャラクターである。ヒツジ村に住む5匹のヒツジたちと、そのヒツジを食べてしまおうとしつこく狙うオオカミとの駆け引きをユーモラスに描いたストーリーとなっている。

 「喜羊羊と灰太狼」は2005年の放送開始からすでに600話を越えるエピソードを放映しているだけでなく、さらにブランド戦略として様々なグッズの発売が行われている。中国の街中を歩けば、至るところに喜羊羊がいる。子供向けのリュックや文房具品、そしてカレンダー……グッズの総合販売戦略の中で、日本のバンダイナムコの関連会社が2009年12月に上海中心部の大型百貨店「上海新世界商城」に「喜羊羊与灰太狼歓笑楽園」というアミューズメント施設をオープンさせた。着ぐるみの喜羊羊や灰太狼のダンスショーなどが見られるという。映画上映も果たしたが、昨年上映された劇場版映画は1億元(13億円)近い興業収入をあげたという。

 喜羊羊が中国のキャラクターでありながら、大成功を収めた秘密はいくつもある。一つはそのネーミングにあるであろう。喜羊羊は中国語の喜びにあふれるというめでたいニュアンスを帯びる「喜洋洋」にちなんで、とても明るく、そして言葉の響きのいい名前で、子供向けアニメの主人公にぴったりである。このほか怠けものの「懶羊羊」、暖かい心をもっている「暖羊羊」など、ひつじ村の羊たちの名前は、ポピュラーで親しみのある中国語でもある。

 悪役メインキャラクターの灰太狼は美人の奥さん(紅太狼)と一緒にヒツジのシャブシャブを食べたいという一心な思いから何度もヒツジ村のヒツジを狙うが成功しない。いつもドジを踏んでは帰宅して、フライパンをもった奥さんにひっぱたかれてしまう。でも灰太狼はいつだって奥さん一途で、何度失敗しても全く懲りない。この憎めないキャラも人気の秘訣である。

 そしてその成功を支えているのは何よりも重要なのが、ソフトパワーを発揮し、中国の文化産業を育成し成功させたいという中国の国家戦略である。2001年12月中国のWTO加盟が決まった。WTO加盟でやがて国際競争にさらされる文化産業を振興させるために、改革開放政策の始動から20年あまり遅れて2003年に中国は試験的に文化分野の改革に着手した。その改革の一環として2006年から中国はアニメ産業を促進するための一連の政策を打ち出した。国内産業育成の政策の一つが、ゴールデンタイムにおける海外アニメの放送制限である。こうした保護、育成といった国家の強力なバックアップのもとで、中国国産の「喜羊羊と灰太狼」は一大フィーバーを巻き起こした。

 話がここまでなら、中国のアニメでそこそこの競争力をつけ、ブランドが登場したという、単なる中国の国内ニュースである。日本のアニメはアキバだけでなく、世界各地にコスプレのマニアを生み出すだけの力があるので、中国の国内で人気を博するアニメが出てきても、まだまだ相手にはならない。ところが、「喜羊羊」は今まさに海を渡ろうとしている。

 「喜羊羊と灰太狼」は現在アジア13カ国で放送されており、今年、南アフリカにメイド・イン・チャイナのアミューズメント施設がオープンした。テレビアニメやアミューズメント施設と言えば、、世界的にはディズニーランド、そしてアジアではキティーランドだ。中国のアニメのキャラクターでは、相当の「オタク」でなければ知る人もいない。しかし、中国アニメは低廉な価格で、品質も向上していることから発展途上国や新興国のローエンドやミドルクラスの消費者を中心に国際市場を獲得しようとしている。

 中国は今、経済・産業構造の高度化をめざしている。今世紀に入り毎年のように二桁成長を続けた結果、名目GDPにおいて日本を追い抜き、世界第2位の経済大国に躍り出た。しかし、経済のパイは大きくなったものの、質の面で劣っている現状を何とかしたいというのが国家指導者の考えだ。そして、「喜羊羊」の成功は中国の文化産業の生き残り、競争力の問題だけではなく、国家イメージ、ソフトパワーにもかかわる重要な問題でもある。

 アニメ育成政策が導入されてまだ5年しかたっていないが、中国の文化産業は、自国文化の振興という観点から広く消費者の心を刺激し、支柱産業として位置づけられるまでに発展してきている。そして、「中国ブランド」を育成し、海外に積極的に輸出することを国家戦略と位置付けようと、中央政府も本格的な支援に乗り出している。アニメのプロダクツ・チェーンは中国国内にすでに50か所の拠点が形成されていると言われているが、対外開放の最前線として常に対外志向型の発展を遂げてきた広東省がアニメ産業の一つの中心地となっている。加工輸出型産業を主力とする広東省の姿も、近い将来、変貌を遂げるかもしれない。

 学生に「喜羊羊」の写真を見せたが、「何これ?!」、「可愛くない~」といった声が一斉に上がった。数日後にある学生は「先生、『喜羊羊』の映画を見てみたが、意外と面白い!」と言ってきた。確かに喜羊羊と灰太狼は、アンパンマンとバイキンマンの関係に似ているし、トムとジェリーにも似ていて、おっかけまわっこし、「仲良く喧嘩している」。英語やフランス語、そして日本語を話す「喜羊羊と灰太狼」が見られる日は意外と早いかもしれない。

青山 瑠妙(あおやま・るみ)/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

【略歴】
早稲田大学教育・総合科学学術院教授。専門は、国際関係論、現代中国外交。慶応義塾大学にて博士号取得。近著に「中国の地域外交と東アジア共同体」『東アジア共同体の構築3-国際移動と社会変容』(岩波書店、2007)、『現代中国の外交』(慶応義塾大学出版会、2007)、『中国のパブリック・ディプロマシー』( 国際交流基金、2009)など多数。