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浦田 秀次郎(うらた・しゅうじろう)早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授 略歴はこちらから

2010年のAPECと議長国日本の役割

浦田 秀次郎/早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授

 2010年のAPEC(アジア太平洋経済協力)では日本が議長を務めている。日本が議長になるのは1995年の大阪でのAPEC以来である。アジア太平洋地域における協力を通じて同地域および世界の経済成長に貢献することを目的として設立されたAPECの現状と議長としての日本の役割について考えてみたい。

 89年に誕生したAPECは今年21周年を迎えた。12カ国でスタートしたが、現在、21カ国・地域(APECでは、これを「エコノミー」と呼ぶ)を有する組織になった。エコノミー数の増加とともに高成長を遂げたエコノミーが多かったので、世界経済におけるAPECの重要性は増大した。APECには、米国、日本、中国など世界経済において影響力を持つエコノミーが加盟していることから、貿易や金融など様々な経済分野での世界におけるルール作りにおいて重要な役割を果たしている。

 APECでは経済成長を実現するための手段として貿易・投資の自由化・円滑化および経済技術協力を進めてきたが、貿易自由化の進め方などについてエコノミー間で意見が対立する場合もあり、具体的な成果については期待はずれという見方もある。実際、テロ問題が深刻化したことが原因ではあるが、貿易自由化が進展しないことによる失望もあり、APECでの議論が経済分野から安全保障分野へとシフトしたこともある。近年になって東アジアでの地域主義の活発化や中国の経済的台頭などにより議論が経済面での地域協力に回帰している。世界貿易機関でのドーハ・ラウンドが暗礁に乗り上げ、米国発の世界金融危機の影響も長期化しており、世界経済の将来に対する不透明感が増大する中でAPECが再び注目を集めている。

 日本はAPECの設立に重要な役割を果たし、設立後も組織作りなど様々な面で貢献してきた。APECの最も重要な目標と看做されている、「自由で開かれた貿易・投資を先進エコノミーは2010年まで、発展途上エコノミーは2020年までに達成するという」ボゴール目標が1994年に設定されたが、同目標を達成するための行動指針は95年に大阪で開催されたAPEC会議で採択された。本年は先進エコノミーにとってボゴール目標の達成年であることから、議長役の日本が中心となって達成度を評価しなければならない。

 APECでの地域協力の重要な課題として地域経済統合の深化がある。APEC加盟エコノミーを構成メンバーとしたアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構想が06年に米国により提案されたが、本年、同構想の実現方法の策定を求められている。FTAAPの内容についての合意はないが、APECエコノミー間の貿易障壁を撤廃する一方、APEC非加盟国との貿易については貿易障壁を維持する自由貿易協定(FTA)とすべきであるという意見が多い。

 FTAAP実現の道筋としては、06年にシンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの4カ国により形成されたFTAである環太平洋連携協定(TPP)が一つの候補である。TPPは今年から米国、豪州、ペルー、ベトナム、マレーシアを迎えて拡大交渉を開始した。米国が交渉に参加するようになったことで、TPPがFTAAPへの基盤となる可能性が高い。TPPは原則として全品目について関税を即時または10年以内に段階的に撤廃する高度な自由化を要求する。さらに、貿易・投資の自由化だけではなく、環境、労働、食品安全など企業や消費者のニーズに応える新たなルールも含む包括的な枠組みである。カナダ、メキシコ、韓国、タイ等と共に日本もTPPに関心を持っているが、日本は農業部門の自由化が難しいことから、TPP交渉への参加を決断できないでいる。TPPへの不参加は輸出機会の喪失だけではなく、アジア太平洋における貿易・経済制度作りから排除されることで日本は大きな損失を被る。日本は農業部門を開放することで、TPPへの参加だけではなく、国内における資源配分の効率向上を実現させ、経済成長を推進できる。自由化による輸入急増で被害を受ける人々には一時的所得補填や人的能力向上のための教育・訓練などを含むセーフティネットの提供を条件に、日本はTPPに参加すべきである。

 今年のAPECの課題として成長戦略の策定があるが、量だけではなく質の面での成長を実現させることが重要であるという認識の下、均衡ある成長、あまねく広がる成長、持続可能な成長、革新的成長、安全な成長という5つのタイプの成長を柱とした戦略を日本が中心となって纏めている。一つの課題は成長戦略の実現に向けて進捗状況を評価するための指標作りである。適切な指標なしには、望ましい成長の実現は難しい。

 本年の議長としての日本の課題には、ボゴール目標の達成度評価、地域経済統合の深化、それに関連してFTAAPへの道筋の策定、そして成長戦略の策定がある。その中で日本として最も難しい課題は地域経済統合の深化に関係するTPPへの参加についての決断であろう。実際、政権与党である民主党はTPPを巡って農業保護派と市場開放派の間で熾烈な議論を戦わせている。菅総理には日本の明るい将来を実現するために市場開放を決断し、TPP参加を表明することが望まれる。

浦田 秀次郎(うらた・しゅうじろう)/早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授

【略歴】
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科(国際関係学専攻)・教授。日本経済研究センター主任研究員、経済産業研究所ファカルティフェロー東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)シニア・リサーチ・アドバイザー兼任。専門:国際経済学。慶應義塾大学経済学部卒業、スタンフォード大学経済学部修士号・博士号取得。ブルッキングズ研究所研究員、世界銀行エコノミスト、早稲田大学社会科学部教授を経て、2005年4月より現職。主な著書:『国際経済学入門』(日本経済新聞社、1997年)『世界経済の20世紀』(共著、日本評論社、2001年)『東アジアの持続的経済発展』(共編著、勁草書房、2001年)『日本のFTA戦略』(共編著、日本経済新聞社、2002年)Winning in Asia, Japanese Style(共編著、Palgrave、2002年)Competitiveness, FDI and Technological Activity in East Asia(共編著、Edward Elgar、2003年)『アジアFTAの時代』(共編著、日本経済新聞社、2004年)『日本の新通商戦略』(共編著、文眞堂、2005年)Bilateral Trade Agreements in the Asia-Pacific(共編著, Routledge, 2006年) Multinationals and Economic Growth in East Asia(共編著, Routledge, 2006年)『経済共同体への展望』(共編著、岩波書店、2007年)『FTAガイドブック2007』(共編著、日本貿易振興会、2007年)等。