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天児 慧(あまこ・さとし)早稲田大学アジア太平洋研究科教授・現代中国研究所長 略歴はこちらから

経済大国・中国のゆくえと日本

天児 慧/早稲田大学アジア太平洋研究科教授・現代中国研究所長

 中国国家統計局は1月に2010年のGDPが前年比10.3%増であったことを発表した。これをドル換算するなら約5兆8786億ドルとなる。2月14日に内閣府より発表された日本の同年のGDPが約5兆4742億ドルとなり、ついに中国が世界第2位の経済大国に躍り出たことになる。しかし、それに輪をかけるように、世界的に著名な経済学者・胡鞍鋼清華大学教授は今年の『瞭望』第1号で、「中国は如何にして米国に追いつき、追い越すのか」と題する論文を掲載し、2020年にはGDPで米国を抜くという強気の見通しを発表した。

 たしかに、格差拡大、環境深刻化など様々な問題が指摘されるようになったとはいえ、海外からの直接投資は依然高水準をキープし、内陸部を中心に高速鉄道や高速道路、空輸など流通インフラの整備も急ピッチで進み、「世界の工場」としてのプレゼンスはさらに増大傾向にある。しかもそれに留まらず、2008年夏のリーマン・ショックに端を発した世界金融危機以降低迷する先進国経済を尻目に、中国は着実に「世界の市場」としての実績をあげるようになってきた。世界の超大国に君臨してきた米国も、低迷する経済に直面し人民元切り上げ、大幅貿易赤字の改善など中国との貿易不均衡是正を柱にせざるを得なくなっている。2011年1月の胡錦濤訪米に際し、4兆円に近い大型商談を前に、中国の人権・軍備増強に対する矛先を鈍らさざるを得なかったところにも、そうした中国の影響力を見ることができよう。

 国内でも賛否の声はあるものの中国は、上記の胡鞍鋼論文にもうかがわれるように、「米国に追いつく」という大戦略を現実的に着実に志向し始めている。まず、中国イニシアティブの「地域統合」の漸進的拡大である。2010年のASEAN+中国のFTAの実効に続き、2011年には中国・台湾のECFA(実質的な中台FTA)が実効に移された。これらは相手側に特別の配慮をした「政治的意味合い」が含意されている。続いて、イミョンバク大統領下で中韓FTAも大きく進展する可能性が出てきている。これらに続いてロシアをはじめ中央アジア諸国、いわゆる上海協力機構(SCO)との経済連携も進展する気配にある。とくにエネルギー資源に関しては戦略的な重要性が高い。すでにタイなどで人民元決済が進んでいるが、もしこれら各国の間でも、人民元決済が広まっていくとするなら、中国を軸とした地域統合、いわゆる「人民元圏」の形成というという話も将来現実味を帯びてくる。

 おそらくこのような周辺地域との連携を強め、中国の影響力を増大させながら、米国との折り合いをつけていこうと考えているのが、現在の中国指導部の基本的な長期戦略であろう。日本との関係は、もともとはASEAN+日中韓の東アジア地域統合の枠組みを進展させる文脈で考えていたと思われる。しかし、昨年秋以来の日中間の摩擦・対立から日本の対米接近が顕著に見られるようになっている。

 中国の大国化は言うまでもなく経済に限られたことではない。軍事力の増強も極めて急ピッチで進んでいる。1990年より2009年まで公表の軍事費だけでも前年比連続二桁台と信じられないほどの大幅増を続けてきた。これによって、ハイテク兵器・大量破壊兵器、長短距離ミサイルの拡充などに加え、原子力潜水艦の配備、航空母艦の建造など海軍力も飛躍的に増強されてきた。今や軍事力も米国に次ぐ世界第2位との評価がなされるようになっている。

 それに伴ってか、2009年のはじめから10年にかけて、中国外交は重要な変化を見せるようになってきた。具体的には、それまでの外交の基本姿勢はかつて冷戦崩壊直後に鄧小平が発した「韜光養晦」(目立つ行動を控え、力を醸成せよ)路線であった。しかし、今や「積極的に打って出る」(積極有所作為)外交路線に転じた。以前から主張はしていたが南シナ海の大部分の海域を自らの領海=「核心的利益」とする声は一段と大きくなり、東南アジア周辺諸国との摩擦は広がっている。抵抗作家・劉暁波のノーベル平和賞受賞にあたっては、その取り消し、あるいは授賞式不参加を求めて関係各国に水面下で強い圧力をかけていた。グーグルをはじめメディア規制も強硬である。

 しかし、こうした中国当局の強硬姿勢は必ずしも功を奏していない。昨年末、党の最高指導部内で日中関係の悪化を含む、対外強硬路線の展開に対する厳しい見直しが行われたとの非公式情報がある。中国指導部内でも対外政策をめぐる強硬派と柔軟派の確執が展開されているのかもしれない。それは胡錦濤の後継ポストを射止めた習近平の指導体制作りにも直接深く関わってくる。習近平を<江沢民グループ支持―太子党代表―軍指導部との強力なパイプ―保守派―対外強硬派>という単純化された図式で見るべきではないだろう。

 しかも、もし対外政策への厳しい評価が事実だとするならば、対日政策の見直しも行われているはずである。対日戦略の見直しが進む可能性はある。それが日本を再度取り込む方向での「太陽政策」になってくるのか、それとも上で述べたような対米接近を積極的に進めようとする日本をいったん外し、周辺地域連携を強めながら米国との協調を図るのか、その姿はまだ見えてはこない。日本はこうした状況に対してどのようなスタンスで日中関係を再構築しようとしているのか。日本の高度な戦略的判断が問われているのである。

天児 慧(あまこ・さとし)/早稲田大学アジア太平洋研究科教授・現代中国研究所長

【略歴】
1947年、岡山県生まれ。早稲田大学教育学部卒業。東京都立大学大学院修士課程、一橋大学大学院博士課程修了。1981年より、琉球大学助教授、共立女子大学教授、青山学院大学教授、などを歴任。外務省専門調査員として北京の日本大使館勤務などを経て、現在朝日新聞社書評委員、現代中国研究所長、グローバルCOEプログラム(アジア地域統合のための世界的人材育成拠点)の拠点リーダー、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授。

【主著】
『中国・台湾』(世界政治叢書 第8巻):ミネルヴァ書房(2008年)
『中国・アジア・日本―大国化する「巨龍」は脅威か』:ちくま書房(2006年)
『日本人眼里的中国』:中国社会科学文献出版社(2006年)
など多数。