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豊永 郁子(とよなが・いくこ)早稲田大学国際教養学部教授 略歴はこちらから

エジプト革命に寄せて

豊永 郁子/早稲田大学国際教養学部教授

 2011年2月11日、エジプト、ムバラク政権崩壊の日、新しい革命のかたちが示された。民衆はこの目標の達成まで、あたかも示し合わせたかのように、というより実際に示し合わせて平和的デモのかたちを18日間も保ち続けた。こうした大規模かつ長期にわたる“示し合わせ”を可能にしたのは、携帯電話やパソコンで大勢の個人が常時情報を発信出来、そうして発信された情報が大勢の“仲間”に瞬時に届き共有・反応・伝播され得るというツイッターやフェイスブックなどのインターネット上の新しいメディアであった(20年前の東欧諸国の民主化革命が、当時新しいメディアとして登場したばかりの衛星生中継を用いる24時間放送の報道チャンネルに助けられ、CNN革命と呼ばれたことを思い出す)。集まった人々は、特定のカリスマ的リーダーの指導を仰ぐ必要もなく流言飛語に惑わされるされることもなく(つまり「大衆」や「群衆」と化すことなく)、抑制のきいた常識ある市民として振る舞い続けることが出来た。インターネットは、革命に関して、カリスマを無用としデマを無力化する道を示したのかもしれない。

 さて、ひとびとの集まりはそれ自体が“力”である。それがインターネットの助けにより、ひとつひとつが予想を超えた規模に膨れ上がりしかも同じ目標と平和的手法を保ちながら、幾つもの都市で一斉に起こった。巨大な人のかたまりが、その静謐さに決意の固さをうかがわせつつ、巨大な力を湛えてそこここに一遍に出現する。武力による制圧は、物理的にも困難であったであろう。その心理的な困難さについては言うまでもない(畏れを覚えさせるほどの圧倒的数の民衆、戦闘員ではない一般市民、平和に集う無辜の人々、ひしめき合う生身の人間――これらに一方的に攻撃を加えることのそもそもの心理的・道義的・生理的困難さというものがある。事態の最初の山場で同盟国であり支援国である米欧の政府が早々と体制移行を支持し、さらにはエジプト軍と物資・人材両面で緊密な関係にある米軍が強く軍に自制を求めたことが、武力の発動をより難しくしたことは確かであろう。さらにこれほどの大規模なデモには軍や政府関係者の親族や友人も多数含まれ、軍・政府の行動を牽制していたに違いない)。人々が動揺し容易に蹴散らされるような「混乱」状態に陥り、あるいは「暴徒」と化して体制に口実を与えない限り、つまり平和裡に秩序だった抗議運動の形態が維持される限り、人々の側に勝算はあった。

 そうした中で、30年間大統領の座にあったムバラク氏の政府からの追放は、最低限の目標であったであろう。というのも人々の集まりがやみ、独裁者を現に牽制する“力”が消散した途端、独裁者による報復が始まり得るからだ。それがごく少数の個人に恣意的に標的を絞り込んだ選別的弾圧という手法をとることで、恐怖(テラー)による支配をたちまちのうちに打ち立てようとするものになるであろうことは、容易に想像のつく話である。しかし「平常への復帰」や「妥協」のために少数の市民を犠牲に差し出すことほど、この運動に現された論理に反することはなかったであろう。

 実はエジプトの人々が2月11日に成し遂げることへの予感のようなものが私にはあった。それはあるエジプトからの留学生のおかげだ。今年1月1日、エジプトではその信徒が人口の一割ほどを占めると言われるキリスト教の一派、コプト教の教会が、イスラム過激派による爆弾テロに襲われ、百名以上の犠牲者が出た。知人が犠牲になったというその学生は、怒りでもなく怖れでもなくただ哀しみを表しながら、クラスでこう話してくれた。しかし良い兆候がある。その後コプト教の暦でのクリスマスに当たる1月7日を迎えるミサには、イスラム教徒の人たちが集まり、教会の前で人間の鎖をつくってキリスト教徒を守ろうとしてくれた……。

 この話を聞いていた私は、デモの光景を見たとき、通りに溢れるエジプトの人々に、彼女が1月7日に希望を見出したのと同じ気運が漲っているように感じたのである(それは警察に撲殺されたある青年の死に抗議するインターネット上の運動に発したと報じられる。火付け役となったのは青年の名をとり、We are all Khaled Saidと題されたフェイスブックのページ……)。抗議の表明と言うのは容易いが、デモ参加者たちは、爆弾テロの危険のなかで敢えて教会の前に集ったイスラム教徒たちと同様、政府による弾圧の脅威の下、危険を承知で街に出ている。しかし彼らは一緒にいる限り、さらに一緒にいる人数が多ければ多いほど、暴力が仕掛けられにくくなることを知っている。彼らには暴力から他者を守ろうという精神があり、また集まることによって暴力を揮わせないというヴィジョンがあったのではないか。そして現実に人々が集まる中、隣に誰かが同じ精神で駆けつけて一緒にいてくれることへの最初は賭けにも似た期待が信頼に強まり、人々の間にまとまりのようなものが――連帯が生まれていく。その過程を私たちは目撃していたのではないか。

 ロックやルソーは、人々が互いを守るために政治社会を形成する契機を「社会契約」と呼んだ。通常は理論的仮構でしかないと言われる「社会契約」成立時の気運を、私はエジプトの街頭に見たような気がした。そして「社会契約」が暴力を封じる多数者の“力”の創出であり、そうした“力”が実は各自が平和的態度の限りを尽くすことと何ら矛盾なく(むしろこれを条件としてこそ)実現するものであることを確認し得たような気がした。

 従って私には、エジプトの民主化が、多くの論者が危惧するように、アナーキーや宗教的過激派の専横、新たな独裁者の誕生、排外主義や周辺地域への軍事的脅威に帰着することなど、とてもありそうもないことのように思えていた。通りを埋め尽くしたあの人々はつながり合い、思慮深く、勇気があり、市民たちの政治社会に備わっていなければならない本質的な何かを示していた。私の希望はここにある。

※本稿は、筆者個人の心象にもとづき、2011年2月15日に執筆された。

豊永 郁子(とよなが・いくこ)/早稲田大学国際教養学部教授

【略歴】
1966年生まれ。東京大学法学部卒業。東京大学法学部助手、同講師、九州大学法学部助教授を経て2004年4月より現職。専門は政治学・比較政治学。東京大学博士(法学)。

【著作】
『新版サッチャリズムの世紀―作用の政治学へ』(勁草書房、2010年、1998年刊行の旧版でサントリー学芸賞〈思想・歴史部門〉受賞)、『新保守主義の作用―中曽根・ブレア・ブッシュと政治の変容』(勁草書房、2008年)、「小沢一郎論 上・下」『世界』2010年7月号・8月号所収、「現憲法下におけるアメリカ型地方自治の可能性」『地方自治』2005年7月号所収など。本コーナー、WASEDA ONLINEオピニオンのバックナンバーに、「ヒラリーはなぜ負けたか」(2008年度)、「2007年参院選を振り返って」(2007年度)、「マニフェスト政治にもの申す」(2005年度)がある。