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林 華生(りむ・ほぁしん)早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授 早稲田大学中華経済研究所所長 略歴はこちらから

円と元の直接取引は何を意味するか
-世界経済へのインパクト

林 華生/
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授
早稲田大学中華経済研究所所長

 世界第二位のGDPを誇る中国と、第三位の日本の通貨直接取引は大きな意味を持っている。中国から見れば、日本は第四位の貿易国であり、日本から見れば、中国は第一位の貿易国である。日中間の貿易額は、年間27兆円を超えているので、二大経済大国と二大貿易国の通貨が米ドルを仲介せずに、直接取引できることは、世界金融において大きなインパクトを与えるであろう。

 実際、中国はアジア数カ国や中近東数カ国と、既に通貨の直接取引を実施してきたが、それほど影響力を持っていない。しかし、今回は大きな関心を呼び起こしている。

1.円と元の直接取引の必然性

 日本は1991年以来、バブル経済が崩壊してから“失われた21年”の如く、経済の低迷が延々と続いている。日本円は長年堅調な推移を保ち、本日に至っている。低調な経済と堅調な円(異常な円高)が日本の産業を苦しめている。一方、厳しい少子高齢化に直面している日本は、国内市場の拡大や国内消費の促進もなかなか困難である。産業の海外移転や国際市場の開拓が日本経済にとって、特に重要である。つまり中国における投資の拡大や貿易の促進が日本経済の持続的な発展にとって不可欠である。

 一方、中国は過去34年間、順調な高度経済成長をしてきたが、近年は日米欧諸国の財政危機や経済低迷に悩まされ、国内外の需要鈍化による景気減速が鮮明になりつつある。30数年間に亘る二桁成長は過去のこととなり、これから数年間、7~7.5%経済成長率を維持することさえも簡単ではない。そこで中国はアジアにおいて、特に日本との経済協力(貿易と投資)を積極的に進めていかざるを得ない。

 日中経済関係の一層の強化や促進が重要となっている現在、米ドルを仲介せずに円元の直接取引が開始される事によって、経済交流のスピードも速くなり、経費削減のメリットも期待できる。

2.円と元の直接取引の現状

 東京と上海の両外国為替市場で円と元を直接取引する為替取引が6月1日に開始された。これから両国は、米連邦準備制度理事会(FRB)に支払う年間約三十億米ドルに上る仲介手数料を削減できると推計される。中国に進出している2万2千社以上の日本企業のこれからの事業展開に有利であろう。一方、国営企業を中心とする中国企業の日本進出にもプラスの効果があると考えられる。他方、日中両国の相互国債購入にも有利になるであろう。長年、日中両国は米国債の二大保有国(それぞれ1兆960億ドルと1兆1790億ドル。2012年2月末現在)であり、日本と中国はそれぞれ1兆2,777億ドル(2012年5月末現在)と3兆3050億ドル(2012年3月末現在)の外貨準備金を保有している。その6-7割がドル建てである。日中両国は円と元の安定維持、急速な切り上げを抑えるため、介入を繰り返してきたので、米ドルの保有量が増える一方である。そして、利回りの高い米国債を買い続けている。しかし米国債の過大・偏重購入を避けるため、日中両国は国債相互持ち合いに合意した。日中通貨の直接取引が強化されることによって、両国間の国債相互購買活動が促進され、円元建てで購買の枠も増えていくであろう。

3.円と元の直接取引の究極目標

 円元直接取引は日中両国に利益をもたらすだけではない。中長期的に見れば、手数料節約などコストの削減や為替リスク、決算リスクの回避、両国間の経済交流の促進の他に、以下の効果が考えられよう。

 ①中国は米ドル完全依存から徐々に脱却する方針である。長年、米ドルが基軸通貨として、世界に君臨してきたが、米ドルの大幅な変動によって世界各国の経済が多大な不利益を蒙ってきた。近年、BRICSを中心とする新興国が急速な経済成長を成し遂げ、国際的な発言力も高まってきた。中国を中心とする新興国が国際機関(国際通貨基金や世界銀行)への出資が増えることにより、それに見合う発言力も要求してきた。と同時に、自国通貨(例えば中国人民元)も広く使われるように期待し、徐々に米ドルに代わるSDR(special drawing right)の適用も提起されるようになった。円と元の直接取引による米ドル以外の通貨利用は、客観的には米ドルの過大依存を避けるためであろう。

 ②アジア太平洋地域経済協力の強化や“アジア経済共同体”の創成に寄与するであろう。中国はASEAN10+3の構築に力を入れてきたが、日本はASEAN10+6の達成に努力してきた。アジア太平洋地域におけるTPPの実現はまだ未知数だが、アジア太平洋地域における共同体の構築や単一通貨の構想(例えばACUやアジア単一通貨など)が提起されて久しい。日本では円の国際化を推進する動きもあるが、中国では経済巨大化によって、朝野が人民元の国際化を期待し熱心に推進している。円と元の直接取引の強化は、これら両通貨の国際化への一歩前進と考えるならば、アジア太平洋地域における完全な米ドル依存体質も変わっていくであろう。そして、ゆくゆくはアジア太平洋地域における経済共同体の構築や共同通貨・単一通貨の創出も夢の夢ではないのかもしれない。

 以上のように、円元の直接取引の設定は日中両国の問題だけではない。長い目で見れば、アジア太平洋地域ひいては世界経済に深遠な影響を及ぼすであろう。

林 華生(りむ・ほぁしん)/
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授 
早稲田大学中華経済研究所所長

【略歴】
一橋大学経済学部・経済修士課程修了。ロンドン大学博士号取得。シンガポール国立東南アジア研究所、シンガポール国立大学、中京大学などを経て、1998年より早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授、現在に至る。南開大学、同済大学、上海交通大学、北京師範大学、北京大学、中山大学、復旦大学、ヘルシンキ大学、南洋工科大学などの顧問・客員教授。主な著書に、「ASEAN経済の地殻変動」(同文館・東京)、「アジア四極経済」(ダイヤモンド社・東京)、「東盟、日本与中国人地区経貿合作」(編著・世界科技出版社・シンガポール)、「東亜経済圏」(世界知識出版社・北京)、「剖析東亜経済」(編著・世界科技出版社・シンガポール)、「Japan and China in East Asian Integration」(Institute of Southeast Asian Studies, Singapore)、「アジア経済のアキレス腱」(編著・文真堂・東京)、「日中印の真価を問う-世界経済危機をめぐって-」(編著・白帝社・東京)、「東亜政治経済論」(世界知識出版社・北京)、「転機に立つ中国」(編著・蒼蒼社・東京)、「中国経済発展的必経之路」(編著・世界知識出版社・北京)など多数。