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福田 育弘(ふくだ・いくひろ) 早稲田大学教育・総合科学学術院教授 略歴はこちらから

世界遺産となるか日本食 正しい日本食とは?

福田 育弘/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

 日本食が世界各地でブームになっている。高い食文化を誇るグルメの国フランスでも2000年代以降、急速に日本食が広がりを見せつつある。なによりも、日本食レストランが目立って増加している。

 その多くはすしをメイン料理のひとつとする店である。ある論文によると、パリには2010年の時点で、430軒余のすしを提供する日本食レストランがあり、これをパリの面積で割ると1キロ四方に4.1軒となる。同じ年の日本のデータによると、東京23区には4442軒のすし屋があって一見すると非常に多い。ただし、それは東京23区の面積がパリの約6倍あるからで、1キロ平方あたりに換算すると約7.1軒。パリをしのぐ密度だが、東京都全体で計算すると約2.5軒となってパリに軍配があがる。対人口比でも事情はほぼ同じ。パリのすしレストランは東京並みといえる密度を示していることがわかる。

 しかも、忘れはならないのは、東京でも日本全体でもすし屋は減少傾向にあることだ。2006年から2010年にかけて東京都ではすし店の数は14%も減っている。一方、パリでは日本食レストランが毎年増加し、そうした店ではすしがメニューにのっている。日本を代表するすしは、今や日本より海外で評価されているのだ。

 ところで、先ほどのある論文とは、ソルボンヌ大学の地理学科の大学院に在籍する女子学生の修士論文である。現在フランスでは修士2年目にフィールドワークが義務づけられており、彼女の日本での二ヶ月にわたるフィールドワークを指導したのがわたしだった。ここ数年、日本の飲食文化を論文のテーマに選ぶ学生がおり、彼女もその一人だ。日本食ブームはいまや大学レベルでの研究をもうながしているのである。

 2000年以降の「クールジャパン」といわれるサブカルチャーを中心にした日本ブームを背景に、日本食もインテリ層を軸に空前のブームを迎えている。肉や脂を基本にしたフランス料理に比べ、低カロリーでヘルシー、しかも美味しいからだ。背景には、BSEや鳥インフルエンザなど、食肉に幾多の問題が生じたという事情もある。

 しかし、問題なのは、日本食レストランの内実だ。急増しているものの、その多くは中華や東南アジア系の料理店がブームにあやかって日本料理店に転身したものである。写真にあるように「SUSHI YAKITORI SASHIMI」を看板に掲げ、かなり変容した日本料理を提供している。もともと肉料理で、甘辛いソースのついた焼き鳥はすしより早く1980年代に定着して人気を博しており、今ではすしとセットで出されることが多い。最近も日本に来たフランス人を馴染みのすし屋に連れて行くと、開口一番「焼き鳥はないのか」といわれた。すしに焼き鳥は日本人にはやや違和感のある組み合わせである。さらに、欧米人のサーモン好きのため、サーモンの巻物があるなど、すし自体も大きく変容をとげ、かなり怪しげな日本料理も少なくない。

日本食文化週間 食文化シンポジウムのフライヤー

 そんななか、日本政府による日本食の世界無形文化遺産への立候補は、何が日本食であるかを明確にし、日本の飲食文化をより広く世界にアピールしていく大きな機会になることは確実だ。今年の3月に在仏日本大使館とソルボンヌ大学の共催で、日本の食文化に関する日仏の国際シンポジウムがソルボンヌ大学で開かれ、併せて日本の料理や飲食物が紹介される関連イベントも催された。開催に奔走した長年の友人でフランス在住の日本人女性ジャーナリストによると、予想以上に盛況だったという。基調公演を行ったのは、日本食の歴史の専門家で、「日本食文化の世界無形遺産登録に向けた検討会」の会長も務める熊倉功夫氏だ。日本の食の歴史が学術的にもしっかりとした観点から紹介されるのは喜ばしいことである。

 じつは、この日本食の世界遺産登録は日本人にとっても日本食を見直すいい機会である。現在、中食の1世帯当たり1ヶ月の出費は8千円を超え、数年で1.5倍になっている。出汁をとり、ていねいに調理された日本料理はわたしたち日本人の生活のなかで稀少な存在になりつつある。日常ではカレーやハンバーグといった日本化した洋食に押され、外食ではフレンチやイタリアンに遅れをとり、中華や焼肉にも人気の点で譲りがちだ。日本の食の伝統を忘れているのは、何を隠そう、わたしたち日本人なのだ。

 これまで飲食の分野で世界無形文化遺産に登録されたものは4件。フランスの美食術、地中海料理、メキシコの伝統料理、トルコのケシケキ(麦粥)の伝統だ。どれも料理だけが登録されているのではなく、料理をめぐる社会的慣習や伝統が重視され、保護の対象となっている。食べ方もふくめた「美食術」を登録名称にしているフランスの事例はまさにその典型だ。日本の世界遺産登録の正式名称も「和食;日本人の伝統的な食文化」である。登録の可否は今年12月に発表される。富士山に続いて日本食が世界遺産になれば、富士山同様、日本人自身が日本食を再評価することになるのではないだろうか。

福田 育弘(ふくだ・いくひろ)/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

【略歴】

1955年 名古屋生まれ。
早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業、同大学院文学研究科博士課程中退。大学院在学中にフランス政府給付留学生として、3年間パリ第三大学博士課程に留学。流通経済大学助教授を経て、現在、早稲田大学教育・総合科学学術院教授。専門は、飲食表象論(飲食の社会史)、フランス語圏の文化・文学。

【主要著訳書】

著書に『ワインと書物でフランスめぐり』(国書刊行会、1997)、『「飲食」というレッスン』(三修社、2007)、訳書にロジェ・ディオン『ワインと風土』(人文書院、1997)、ラシッド・ブージェラド『離縁』(国書刊行会、1999)、ロジェ・ディオン『フランスワイン文化史全書 ぶどう畑とワインの歴史』(国書刊行会、2001、共訳)、ミシェール・ビュトール『即興演奏 ビュトール自らを語る』(河出書房新社、2004、共訳)などがある。