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星野 真(ほしの・まさし) 早稲田大学政治経済学術院助教 略歴はこちらから

縮小した中国の地域所得格差

星野 真/早稲田大学政治経済学術院助教

1.格差は本当に縮小したのか?

 いま中国経済のホットな話題といえばシャドーバンキング(影の銀行)であるが、その問題の影で、中国国内の所得格差の縮小が続いていることは、あまり知られていない。

 2013年1月18日における馬建堂中国国家統計局長の発表によれば、中国国内の世帯人員一人当たり可処分所得格差をジニ係数で計測したところ、2008年をピークに低下を続けているという。

 長らく発表されていなかったジニ係数が、突然この時期に発表された背景には、馬局長が会見で強調していたように、都市と農村で定義が異なっていた所得統計の遡及改訂が終了したことが存在する。確かに、2010年に国家統計局から出版された『中国主要統計指標註釈』で改善点として挙げられていた。とはいえ、胡錦濤政権の末期に「駆け込み発表」されたジニ係数には政治的な意味も含まれるため、その数値は慎重に解釈しなければならない。

 そこで筆者は、中国31省をそれぞれ都市と農村で分けた62地域別に集計されたデータを用いて、中国における地域間世帯人員一人当たり実質所得格差を、平均対数偏差(人口加重)とよばれる格差尺度で推計した(図1)。

 その格差は、1995年のインフレ抑制による急縮小を挟み、1980年代から拡大を続けていたが、2009年をピークに縮小が続いている。少なくとも、地域間でみた所得格差が縮小したことには間違いない。

図1 中国における地域間世帯人員一人当たり実質所得格差の都市農村分解

出所)国家統計局城市社会経済調査司主編『中国城市(鎮)生活与価格年鑑』(各年版)中国統計出版社などから筆者推計。
注)平均対数偏差(人口加重)で推計した。

2.なぜ格差は縮小したのか?

 なぜ格差は縮小したのだろうか。図1の総格差を、さらに、都市農村間格差、農村内格差、都市内格差に分解すると、2010年以降、都市農村間格差が総格差と同様に大きく縮小している。つまり、2010年以降、農村の世帯人員一人当たり実質所得の伸びが、都市のそれを上回ったため、総格差が縮小したのである。

 それでは、その所得の伸びの変化は、何によってもたらされたのだろうか。中国の世帯所得は、給与所得、経営所得、財産所得、移転所得に分類される。そこで、擬ジニ係数とよばれる格差尺度を用いて、ジニ係数で計測した中国の地域間世帯人員一人当たり実質所得格差を、先述の4つの所得の格差に分解したところ、2010年以降、給与所得格差が大きく縮小していた(図2)。

 したがって、農村世帯の給与所得の伸びが、都市世帯のそれより大きく上回っていたため、中国の地域間世帯人員一人当たり実質所得格差が縮小したのである。

 農村世帯における給与所得とは、農村における郷鎮などの政府組織や地元企業での給与所得と、年間6カ月未満の出稼ぎによる給与所得を意味する。投資が続く地方都市では建設業やサービス業での低賃金農村労働力の需要が創出され、さらに2000年代後半から低賃金労働力の賃金が上昇したため、農村世帯の給与所得は都市のそれより急速に成長したと考えられる。

図2 中国における地域間世帯人員一人当たり実質所得格差の所得分解

出所)図1と同様。
注)擬ジニ係数で推計した。数値が0より大きいほど総格差拡大に寄与し、0より小さいほど総格差縮小に寄与し、0に近いほどいずれにも寄与しない。

3.格差縮小は持続可能か?

 近年、理財商品などシャドーバンキングが集めた資金が、地方政府が設立した融資プラットフォームを経て、地方の投資プロジェクトに流入している。地方政府は、党・政府幹部の昇進に有利にはたらくように域内総生産やその成長率を高めるため、投資偏向の粗放型成長に依存しがちだ。ところが、不動産価格はいずれ天井にぶつかるため、地方の成長は早晩行き詰る。

 このように、地方都市で農村労働力を雇用するのは限界があるので、地域間人口移動を自由化し、大都市への移動を促すべきである。しかし戸籍制度が、就職、住宅、教育などの差別を生みだし、農村労働力の都市への定着を妨げている。本来、戸籍制度とは、政府が労働力を計画的に配分するために施行した計画経済期特有の制度である。いまや、事実上の市場経済なのだから、実態にそぐわない経済制度は必要ない。

 農村における移転所得には、政府から受けた社会保障や補助金などの給付が含まれるため、戸籍制度は、図2の移転所得格差とも関係する。例えば新型農村社会養老保険は、個人口座に地方政府の支出が加わり財源が安定したため、2000年代は2割に満たない水準だった農村の年金加入率は、2011年には約6割に至った。今後、農村での年金受給者が増え、さらに農村の社会保障制度が都市と同様のものになれば、移転所得格差は縮小するだろう。

 したがって、戸籍制度の改革は、農村世帯の給与所得と移転所得の増大をもたらすので、地域間世帯人員一人当たり実質所得格差の縮小に寄与する。持続的な格差縮小のためには、戸籍制度の撤廃が必要だ。

参考文献

 星野真(2012)「都市定義の変遷と都市・農村間所得格差の動向」『中国長江デルタの都市化と産業集積』勁草書房,pp.303-326.

星野 真(ほしの・まさし)/早稲田大学政治経済学術院助教

【略歴】

1977年埼玉県生まれ。2001年北海道大学経済学部卒。2006年より北京大学経済学院高級進修生。2009年神戸大学大学院経済学研究科博士課程後期課程修了・博士(経済学)。2009年より北海道大学スラブ研究センター学術研究員。2013年より現職。