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大門 毅(だいもん・たけし) 早稲田大学国際学術院教授 略歴はこちらから

マンデラ後の南アと戦略的重要性

大門 毅/早稲田大学国際学術院教授

「偉大なる凡人」ネルソン・マンデラ(1918-2013)

 ケニアやタンザニアなど、アフリカの町を歩くと、「ネルソン・マンデラ大通り」と名づけられた目抜き通りがあちこちに存在することに気づく。マンデラの似顔絵入りTシャツは露店でもよく売れるそうだ。それだけ、マンデラは南アの黒人にとっての英雄であり、アフリカ大陸を超え全人類にとっての偉大な英雄だった。去る2013年12月5日に95歳で大往生したネルソン・マンデラ元南アフリカ大統領(任期1994年~1999年)を賞賛する言葉には事欠かない。バラク・オバマ米大統領は弔辞で「国民を正義へと導き、その過程で、世界中の何十億の人々を感動させた『歴史的偉人』の功績を言葉で言い尽くすことはできない」と賞賛した。確かに、ガンジー、キング牧師などと並び称される偉人には相違ない。しかし、カリスマ的革命家は、得てして政治家には向かない。大衆を感動させる力は、組織を統治・管理する能力と必ずしも同じでないからである。革命成功後、最悪の独裁者になった数多くの歴史的事例がそのことを証明している。

 マンデラ大統領は、個人崇拝を特に嫌った。2度の離婚を経験し、80歳の時に3回目の結婚をしているが、前妻との家庭内トラブルを含め、人間としての弱さ、不完全さを隠すことはなかった。2010年に南アでワールドカップを開催した時もひ孫の事故死のため、開会式に参加できなかった。そうした人物像と英雄像とのギャップに戸惑う者もいたであろうが、逆に等身大の人間を感じた者もいただろう。晩年の彼が公共の場で見せる茶目っ気たっぷりな立ち振る舞いはそうした「普通の人間」像を印象づけた。最後まで「偉大なる凡人」を演じきったのである。

マンデラが残したもの:その功と罪

ネルソンマンデラ氏早稲田大学名誉博士号贈呈式(1995年7月)

 マンデラが大統領としてどれほどの統治能力を発揮したかについては、識者によって賛否両論はあろう。しかし、長年の白人支配体制を打破し、英語に加え、10の公用語を認め、国民の知る権利や障害や性的指向による差別の撤廃を明文化したことを含め、世界で最も民主的で先端的とされる憲法(1997年策定)は、法律家でもあったマンデラ氏一流の法的バランス感覚あってこそ、成し得たものではなかったかと思われる。

 南ア政府の透明度・効率性は世界一と言われる。最近、私が経済調査で南アを訪問した時も、ある役所では新進IT企業を思わせる真新しいデザインの一室に案内され、当方の技術的な質問についても、即座に(手持ちのiPadを駆使して)データを提供・表示してみせ、他のアフリカ諸国の政府機関ではおよそ考えられない迅速かつ効率的な対応を受け、感銘を受けたことがある。

 マンデラ大統領就任以降の南ア経済は海外からの投資を引きつけ、アフリカ最大規模を誇るヨハネスブルグ証券取引所も、有力な投資先として注目されており、活況を呈している。南ア経済はまさにアフリカ経済の牽引役であり、2013年3月にはBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南ア)首脳会議を南アで開催するなど、新興諸国の一員としての役割が期待されている。

 他方で、現在でも白人と黒人は事実上、二重社会を形成している。より正確には、経済は自由化されたが、競争に生き残った少数の白人・黒人富裕層と職にもありつけないその日暮らしの多数の黒人貧困層の経済格差はむしろ拡大していると言われている。国全体では成長しても、4人に1人は失業している状態(黒人男性では2人に1人が失業者)である。欧米先進国レベルの生活水準を享受する白人・黒人富裕層と他のアフリカ諸国並みのギリギリの生活水準に甘んずる多数派が同居している。経済格差が引き金となり、強盗は多発し、公式統計でも毎年1万人弱が強盗の被害等で銃殺されている。

南アの戦略的重要性

 このように、南アは国全体としては、効率的な政府運営に支えられ、市場経済を中心に高度成長を遂げている一方で、二重経済が失業問題、治安問題等、深刻な社会問題を生んでいる。日系企業の中には治安を不安視して現地への投資を差し控えるケースもあるという。南アは一人当たり所得が1万ドルを超える中所得国なので、いわゆる政府開発援助(ODA)の対象にはなっていない。しかし、黒人社会の抱える貧困や教育・医療水準は、他のアフリカ諸国並みであるため、本来であればODAの対象になってよい。

 貧困・スラム地区のインフラ整備や教育・医療への支援が、ひいては治安リスクも軽減し、日本からの投資を増やすことができれば、南アにとっても日本経済にとってもよい相乗効果をもたらすであろう。南アは近隣の南部アフリカ諸国、さらには、東部アフリカ諸国を含めた、アフリカ経済圏の成長センターであり、欧米・産油国からの資本はもとより、今や中国・韓国からの資本が日本を上回る勢いである。中国・韓国資本との主戦場は飽和状態に達しつつあるアジアからアフリカに移りつつあるといってよく、その意味からも、日本経済にとって南アへの投資を増やすこと、またそのための環境整備を行うことがますます戦略的に重要になってきている。

 マンデラ氏の功績に思いをよせながら、南アと日本経済について考えてみるのもいかがだろうか。

大門 毅(だいもん・たけし)/早稲田大学国際学術院教授

【略歴】

早稲田大学(政治経済学部)、米国イェール大学(MA)、コーネル大学大学院 (Ph.D)修了
1989年~1994年 海外経済協力基金(現JICA/JBIC)職員(アフリカ担当)
1994年~2000年 世界銀行エコノミスト(中東・アフリカ担当)
2000年~2002年 国際大学大学院(助教授)
2002年~2004年 明治学院大学(助教授)
2004年~現在 早稲田大学(教授)
*「経済開発」を手がかりに、経済学・政治学を交叉する実践的な研究を行ってきた。
近年は、開発途上国における平和構築やビジネスを通じた社会開発アプローチにおいて研究を行っている。
アマルティア・セン『アイデンティティと暴力』(勁草書房)の翻訳や、『平和構築論』(勁草書房)等の著書多数。