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村井 誠人(むらい・まこと) 早稲田大学文学学術院教授  略歴はこちらから

ヨーロッパの王室は今!
――デンマーク王室肖像画展(於:アメーリェンボ―宮殿)――

村井 誠人/早稲田大学文学学術院教授

 現存するヨーロッパの王室とその国民との関係を考えるとき、私たちの想像とはかなり別次元の状況が存在している。その例を私たちが目にする一つのチャンスがある。

 デンマークのグリュクスボー王家は、昨年で創始150周年を迎え、それを記念して、デンマーク王室史料コレクション(De Danske Kongers Kronologiske Samling)主催の「トマス・クルーゲ:デンマーク王室の肖像画(Thomas Kluge : Portrætter af Kongehuset)」展が王宮アメーリェンボー宮殿内の常設博物館で2013年11月16日から2014年3月2日まで催されている。同展示ではデンマーク屈指の肖像画家トマス・クルーゲ(1969-)が王室の面々の人間性溢れる表情を生き生きと描いており、「現代の王室」とは何かを考えるには格好の材料を提供している。

図1 4言語による本展の図録。

 筆者は同博物館(デンマーク王室史料コレクション)の依頼により、展示品の図録(カタログ)の日本語版翻訳を行なった。同館の展示では図録の日本語版が創設以来初めて作成され、デンマーク語・英語・ドイツ語版に日本語版が並ぶことになった。同館では、その図録に日本語版をわざわざ備えるほど意欲的姿勢を示し、その結果、BBCを初めとする各国のメディアが百件に近い数の話題を本展に関して公開しており、同館自身がその反響に驚きを示している。現代の王室を考える上で各国におけるデンマーク王室への関心もさることながら、クルーゲの独特の細密画風による王室メンバーの表現が話題となっている。

 例えば、マルグレーテ女王(1940-)を描いた一つの肖像画を、図録執筆者のフェンス(Thyge Christian Fønss)は以下のように表現している。多少長いが本展を象徴しているものとして引用しておこう。

 「あなたはすべてを描き上げましたね」と、1995年秋に若きトマス・クルーゲが初めてこの肖像画を本人に見せた際に、女王陛下が答えたのです。この絵はデンマーク商工会議所から女王の二男とその新妻に御結婚祝いに贈られたものです。まさにこの絵が公式の女王の肖像画ではなく一人の母からその息子への絵であったので、クルーゲは王室のシンボルとなるすべての形を取り去って、普段着のひとりの人間としてモデルを描くことを望みました。女王はそれゆえシンプルな耳飾りと普通の手編みセーターを身につけることを選びました。クルーゲはそのうえ化粧をすることなくモデルとなってもらうことを望みました――ただ一つ、クルーゲが望み、モデルが従った依頼ごとは、〝丸裸〟ではないことを意識するために、女王がわずかに口紅をひくことでした。

図2 トマス・クルーゲ:「女王陛下の肖像」(1995年)
De Danske Kongers Kronologiske Samling許諾。

 クルーゲのこの絵は、それゆえ、字義ばかりか実態においても、もっとも〝飾られていない〟女王の肖像画となっています。そこには、なんらの見せかけも、被るべき仮面もすべてが存在せず、生身の人間のみが残っているだけです。(中略)

 クルーゲの描くこの女王の肖像画では、光が強く右側から当たり、その結果、女王の顔には明るい半面と暗い半面とが現れています。それにより、画家は女王の顔に人間が永遠に変化し続ける状況、良きときと悪しきとき――明るさと暗さ――を投影しています。セーターと化粧気のない顔との比較において、クルーゲはデンマーク女王としての特別な地位と「人生の酸いも甘いも経験する」普通の人々と同じ人間としての歴史を語っています。

 この肖像画が象徴するように、女王たるよりも〝人間マルグレーテ〟が現出されている。国民とともに存在する現代の王室とは何かを、考える縁として、図録に掲載されたこの肖像画をじっくりとご覧いただきたい。また、本展の主催者側でもあるイェンヴォル(Birgit Jenvold 1961-)主任学芸員が昨秋早稲田大学におけるバルト=スカンディナヴィア研究会で紹介した一文が言い得て妙で面白い。デンマークの文芸批評家ボー・タオ・ミケーリス(Bo Tao Mickaëlis, 1948-)の言葉である。

 もしデンマーク社会が王室を保持しえるなら、クリスチェーニャをもデンマーク社会は保持できるのだ。この今の民主主義の時代にあっては、この両者の存続に対し人々は賛成とも反対とも言い得るのだ。しかし、両者とも観光客を惹きつける。両者は他人をいらだたせ、迷い犬のようで、憲法が必ずや誰にでも及ぶというものではないのだ(2005年)。

 そこでは皮肉屋のミケーリスが、1971年9月にコペンハーゲン市内のクレスチャンスハウン(Christianshavn)地区にあった海軍跡地の旧倉庫群の建つ空き地を、若者たちが「占拠」し、「自由都市クリスチェーニャ(Fristaden Christiania)」を宣言した「解放区」のいわば〝超法規的〟存在と、王室の存在とをデンマーク憲法の枠組み内の例外的存在として譬えて見せたのである。すなわち、クリスチェーニャとは〝スクゥォーター(squatter)〟としてそこに入り込んだ若者たちがその地の〝独立を宣言〟したことに始まり、その解放区がいかなるものになるのかと、寛容な社会における「社会実験」の場とすることを国会が承認した存在なのである。その特殊な領域的存在――そこに足を踏み入れると、「今あなたはEUを離れることになります」と書かれた板があり、またそこを後にしようとすると、見上げる高いゲートには「あなたは今EUに入ろうとしています」と記されている――は1968年から始まる「若者の蜂起(Ungdomsoprøret)」に由来する「歴史遺産(historisk kronologi)」として、人々に承認されてきたと言えよう。そして、女王を頂点と仰ぐ現王室は、1953年の憲法改正に際して、それまで男系継承を原則としてきた王位継承法を改めたことに始まる。つまり、フレゼリク9世王(1899-1972)に男児がいなかったことから、その長女たる13歳の聡明な少女マルグレーテに将来の王位継承権が託されたのである。その際、王には1歳違いの弟、王太子クヌーズがおり、彼にはマルグレーテよりも3か月前に生まれていた男児インゴルフ王子がいたにも拘わらずである。それによって王弟クヌーズは、王位継承順位第1位の「王太子」の立場から、王とイングリズ王妃との間に生まれた3人の娘たちの後に次ぐ「王位継承順位第4位」へと立場が変わり、この憲法改正が、だれを王位に即けるかを国民が選んだということを意味している。すなわち、ドイツ占領という〝不機嫌な時代〟を王室とともに5年間経験してきた国民が、占領開始後1週間目に生まれたマルグレーテの成長を国民共通の喜びであったことを想起し、〝明確な意思〟により彼女を将来の女王として選んだのである。

 本展のメインの展示肖像画は、女王の孫(王太子フレゼリクの長男)に当たる将来の王となる少年クリスチャン(2005-)を中心に据えた「王室」(2013年)であるが、その集団肖像画の作成経緯も大変興味深いものである。機会があれば、図録をご覧あれ。

もし、図録購入に関心のある向きは、amalienborgmuseet●dkks.dkにお問い合わせください。
※「●を@に変える」

図3 2012年1月15日女王在位40周年式典後アメーリェンボー宮殿のバルコニーで国民の歓呼に応える女王陛下夫妻(筆者撮影)。

図4 トマス・クルーゲ:「王室」(2013年)De Danske Kongers Kronologiske Samling許諾。

図5 「王室」(2013年)を製作中のトマス・クルーゲ De Danske Kongers Kronologiske Samling許諾。

村井 誠人(むらい・まこと)/早稲田大学文学学術院教授

【略歴】

1947年、東京都生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士課程中退。早稲田大学文学部専任講師・助教授を経て、1987年教授、その後2007年の学部改編に伴い、現職、文化構想学部教授。その間、津田塾大学・大阪外国語大学・東京大学の非常勤講師を歴任。特に、2000年から2001年には、コペンハーゲン大学歴史学研究所(SAXO-Instituttet)客員教授。専門は北欧史(特にデンマーク近現代史)。主な編著に、共編『読んで旅する世界の歴史と文化 北欧』(新潮社、1996年)、共編著『新版世界各国史 北欧史』(山川出版社、1998年)、編『スウェーデンを知るための60章』(明石書店、2009年)、編『デンマークを知るための68章』(明石書店、2009年)、共訳、ニコリーネ・マリーイ・ヘルムス著『デンマーク国民をつくった歴史教科書』(彩流社、2013年)など。