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小口 彦太(こぐち・ひこた) 早稲田大学法学学術院教授・アジア研究機構長  略歴はこちらから

「船舶差押え事件は異常ではない―中国における法治の現状」

小口 彦太/早稲田大学法学学術院教授・アジア研究機構長

 世上関心を集めている商船三井差押え事件の概要は以下のようなものである。原告は中威輪船公司(以下X)、民間人の陳震(X)、陳春(X)の三者で、X、XはX会社のオーナーの孫である。商船三井(Y)は被告であった日本海運株式会社を吸収したことで被告となった。原告の主張は、日本海運株式会社の前身の大同海運株式会社(A)がXから1936年6月と10月に2艘の船舶(甲、乙)を期間1年で賃借する契約を締結したが、「1937年8月以後、賃料を支払っておらず、また契約で取り決めた船舶返還の時期以後も甲乙を占有し続け、その結果甲乙の沈没を招いた。Aは補償費及びその他のいかなる費用も支払っていない」というもので、原告は、「1、甲乙の船舶の賃料及び船舶の占有使用料相当額、2、1での遅延利息分、3、賃料未払いによってもたらされた営業損失費、4、甲乙の滅失による損失額」、総額で約312億日本円の支払を請求した。

 この訴えに対するYの主張は3点あり、それは、①原告は訴訟の適格を欠く、②時効が成立している、③甲乙の船舶は1937年に日本軍により「拿捕」(また「捕獲」の後も使用)され、以後、日本政府が「占有」(原文のまま。中国の占有は所有を意味する場合もある)し、これに伴いXとの賃貸借契約は終了し、Aは契約履行期間において、違約も故意・過失もなく、いかなる責任も負う必要はない、というものである。

 上海海事法院は2007年12月7日、原告勝訴の判決を下し、合計で約29億日本円の支払を命じ、これに原告、被告ともに不服で、上海市高級人民法院に上訴したが、2010年8月6日、双方の上訴棄却の判決を下した。中国は二審終審制であるが、広く再審の道が開かれており、そこでYは最高人民法院に再審を申請し、最高人民法院は2010年12月23日に、再審請求を棄却し、ここに判決が確定した。

 さて、日本で関心を呼んだのは、以上のことではなく、判決を履行しないYの船舶を差し押さえたという点についてであった。では、これは異常な出来事だろうか。結論的にいえば、中国の裁判所がとった差押処分は特に異常でも何でもない。中国では、勝訴判決が出ても、敗訴者がそれを履行しないときは、勝訴者は強制執行を執行廷に請求し、それが認められると、通常、執行和解の手続に入る。中国の裁判例を見ればよく出てくるケースである。本件でも和解協議に入ったが、協議不調ということで2013年、原告は再度強制執行を求め、裁判所はそれを認め、2014年4月19日、Yの船舶の差押えに及んだ。これは殊更に党が政治的目的で差押えを命じたという類いの話ではない。もし党が介入するとすれば、逆に、一定の政治的観点から差押えを控えさせようする場合であろう。しかし、そうした行動は権利者の反発を呼び起こす危険性を有する。

 筆者がこの事件について関心を抱いたのは、(イ)Xには原告適格があるかどうか、(ロ)時効の問題、(ハ)上記Yの主張中の③についてであった。紙数の関係で(イ)(ロ)についての詳細は省略したいが、結論的には、中国法に即して言えば、裁判所の判断は違法ではない。そこで、上記被告の③の主張について以下コメントしてみたい。

 日本の一部報道では甲乙の「徴用」という語が使われているが、被告側は「捕獲」(あるいは「拿捕」)という語を使っている。日本海軍による「捕獲」行為はAからすると不可抗力であったというのが、被告の主張である。もしこの主張が認められるとなると、議論はややこしくなる。その場合は、原告は商船三井ではなく、日本政府を相手にしなければならなくなるからである。事実、一度は1970年に東京地裁に日本政府を相手どって訴えを提起し、1974年、同地裁は時効を理由に訴えを棄却している。

 それではということで、今回、再度、自国の裁判所に日本政府を被告として訴えたと仮定しよう。中国では、1995年以来、民間人による日本国・企業に対する訴えは、日中共同声明における国家賠償請求権放棄条項の埒外にあるとの判断を示しているので、党のゴーサインが出れば、訴訟を起こし、勝訴判決を得ることはできるかもしれない。しかし、勝訴判決を得ても、相手が国であるので、実際には強制執行は不可能である。従って、原告からすると、被告は何としても民間人でなければならない。今回は、被告が船舶会社であることが差押えをも可能にした(なお、参考までに、本件とは別に中国の民間人が今後新たに訴訟を起こすことは、時効の関係で無理であろうことを申し添えておきたい)。

 中国の裁判所は、この原告の損害賠償請求を認めたが、問題はその論法である。それは、日本軍による甲乙の「差押え」(原文は「扣留」)の事実は認めるが、それは「捕獲」(あるいは「拿捕」)とは異なる、「捕獲」は船舶に対する権利の日本国への移転を意味するが、その「捕獲」の立証はできていない、しかもAはその後も当該船舶を使用し続けている、以上を勘案すれば被告側の免責の主張は認められないというものである。この、証明責任を被告に負わせるという手法は、時々中国の裁判所が用いるので、日本の企業は要注意である。

 日本の読者は、事件の背景には党が存在していると考えられていることと思う。然り、中国では党は裁判に干渉する。そのことをよく示しているのは、本件の審理の日程の不自然さである。1988年に原告が訴訟を提起し、1991年に審理に入り、しかし長期にわたり中断され、1995年にようやく1月10日、5月15日と2回審理があり、それからさらに1年間のブランクがあって、1996年5月20日に審理が再開され、それがまた中断して何と2003年11月25日になってやっと再開されている。この不自然さの背景には、当然、党の意向が働いていたと思われる。それは、しかし、訴訟・差押えを裁判所に強制するという方向ではなく、ストップさせていた訴訟・差押えにつきゴーサインを出したという意味であろう。党の介入にもさまざまな態様があるということである。

小口 彦太(こぐち・ひこた)/早稲田大学法学学術院教授・アジア研究機構長

【略歴】

1971年、早稲田大学法学部助手、1982年より同学部教授、現在に至る。
1981年~1982年ハーバードロースクール東アジア法研究プログラム客員研究員

主な研究テーマ: 中国刑事法及び中国民法(契約法、不法行為法、物権法)

主要著書: 「中国法入門」(共著、三省堂)1991年、「中国ビジネスの法と実際」(監修、日本評論社)1994年、「唐令拾遺補」(共著、東京大学出版会)1997年、「中国の経済発展と法」(編著、早稲田大学比較法研究所)1998年、「現代中国の裁判と法」(単著、成文堂)2003年、「現代中国法」(共著、成文堂)2004年、同第二版、2012年、英文論文、 Some Observations about “Judicial Independence” in Post-Mao China, Boston College Third World Law Journal Vol.Ⅶ, No.2, 1987.