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松園 伸(まつぞの・しん) 早稲田大学文学学術院教授 略歴はこちらから

スコットランド独立問題が問いかけるもの-21世紀の民族問題のケーススタディとして

松園 伸/早稲田大学文学学術院教授

スコットランド独立をめぐる国民投票

17世紀末のダリエンの地図

 2014年9月18日木曜日、イギリスとりわけスコットランドは運命の日を迎える。1707年イングランド王国とスコットランド王国の間で締結、発効した「合同条約」(The Treaty of the Union)そしてその結果成立した「大ブリテン王国」(Kingdom of Great Britain)を継続するか否かの国民投票が実施される。投票者はYes, No の単純な答えを求められており、有効投票の過半数が合同解消にYesを投じれば307年間続いた大ブリテン王国は解消され、スコットランドは3世紀ぶりに主権を有する独立国となる。当初は反独立派(=英国残留支持派)圧勝かと思われたが、投票直前の世論調査では両者拮抗を報じている。ただし本稿はあえて投票をめぐる「予想屋」的なことはせず、この問題の歴史的背景と現代の民族問題とのかかわりを述べてみたい。仮に独立が決定したならば、それがイギリス、さらにはヨーロッパ政治・社会に与えるであろう影響は別に論じる予定である。

歴史的背景

激しく戦うイングランド、スコットランド両軍(11世紀)

 約3世紀というと随分長く感じるかも知れないが、英国史の滔滔たる流れの中ではさして長大というほどではない。まず両者は民族的に大きく異なる。イングランド民族がアングロ=サクソン、ノルマンなど度重なる侵略を受けて徐々に形成されたのに対し、スコットランド人は外敵の襲来を受けながらも民族的な純粋さを比較的高く保っており、とくに北部高地地方人(Highlanders)の団結心、民族愛、共同体意識は極めて強いものがある。多くの歴史が示すように隣国同士は仲が悪いのがむしろ常態である。戦乱の末スコットランド王マルカム2世によってイングランドとの間で一応の国境線が引かれたのは1018年であるが、以後も両国は無数の戦いを繰り広げた。近代になってもそれは変わらない。イングランドはスコットランドが「独断専行」して版図を広げることを好まなかった。例えば17世紀末スコットランド人は、現在のパナマの一部をなすダリエン地方の植民地開発を計画した。それに対しイングランド側は露骨に妨害を行い、スコットランドは数千名の人命喪失と、国家破綻に近い経済損失を被ったのであった。そしてこの窮状を見てイングランドはスコットランドに合同という名の援助を申し出る。合同とは実は国家規模での「救済合併」に他ならなかったのである。「イングランドの金(きん)によって購われた合同」(The Union Bought for English Gold)という表現はこの状況をよく表している。そして上記のようないきさつで実現した合同を多くのスコットランド人が冷ややかに見ていたのも当然かも知れない。かれらは高地地方人を中心に1715,1745-46年の二度、ロンドン政府に対してジャコバイトと称する大反乱を起こし、鎮圧されている。

スコットランドの現在、そして未来

 19世紀も後半になるとスコットランドでは工業の発展著しいものがあり、造船(日本海海戦などで活躍した戦艦「朝日」などもまたスコットランド製である)、機械工業などはイングランドを凌駕するのではと見られたほどであった。さらに19世紀後半以来のアイルランドの自治-独立運動はスコットランドにも当然影響を与えた。しかし二度の世界大戦中かれらは独立という遠心力よりも大英帝国への求心力を高めていった。スコットランドの自治・独立の動きが活発化するのは第二次大戦以降のことである。そして一つの大きな成果としてかれらは1998年自治議会を獲得し自治政治が本格始動している。

中世スコットランドの面影を残すブレア城

 北海油田の成功(1970年代生産本格化)とEC,EUの拡大・発展は、スコットランドがイングランドの経済に依存せずとも十分国民経済を維持・発展できるという自信を抱かせる大きな要因になったと思われる。特に原油採掘の成功はこの重要な資源が英国のものではなく、スコットランド人の所有であるという資源ナショナリズムの考えを強めたし、広大なEUはイギリスの国民経済よりもはるかに大きな市場を与えてくれるように見えたであろう。しかしいまのスコットランド人の独立への要求は、北海油田とEUの存在だけで説明できるものではない。サッチャー政権以降のイギリス政府は福祉、教育などについて国の負担を軽減させ、個人の自己負担を強めてきた。これに対してスコットランド自治政府はかれらが歴史的に培ってきた共同体内の互助の精神を維持・発展させようとしている。

 自治政府は、国民医療システムに属する医師によって処方された薬の無料制を維持し、スコットランドに通常居住する学生がスコットランドの大学の学部課程に進学した際も学費は原則無料とした。この点スコットランドはすでにサッチャー政権以後のイギリスの新自由主義的傾向とは明らかに異なった方向を示しているのであり、この動きはもし独立が実現したならばさらに強められると考えられるのである。また仮に独立が否定されたとしても自治政府は、その権限内でロンドン政府とは明らかに異なる政策を推進していくであろう。今回の国民投票は、その結果を問わずスコットランド・ナショナリズムの重要な里程標になることは疑いない。

松園 伸(まつぞの・しん)/早稲田大学文学学術院教授

【略歴】

早稲田大学文学学術院(西洋史学)教授。英国王立歴史学会正会員(FRHistS)。1960年生。1983年早稲田大学政治経済学部卒業。86年同大学院政治学研究科修士課程修了。90年英国リーズ大学でPhD取得。2002-03年エジンバラ大学、2012-13年オックスフォード大学ウォルフソン・カレッジ フェロー。主著に『イギリス議会政治の形成 -〈最初の政党時代〉を中心に』、『産業社会の発展と議会政治:18世紀イギリス史』(いずれも早大出版部刊)がある。