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野中 章弘(のなか・あきひろ) 早稲田大学政治経済学術院教授 略歴はこちらから

ISILの取材・報道の在り方
現地へ行くべきか 決めるのは誰か?

野中 章弘/早稲田大学政治経済学術院教授

 戦争報道は戦場の記録を基本としている。戦場で何が起きているのか。その実相を取材した報告によって、国民はその戦争の大義や正当性について考えることができる。

 多少のリスクは承知した上で、ジャーナリストたちが戦地へ足を運ぶ所以である。戦場取材のリスクはあっても、取材のプロである以上、たんに「危ないから行かない」という選択はない。それは私の周りの戦場ジャーナリストたちの一致した意見である。

 ただ、今回の「イスラム国」邦人人質殺害事件は、これまでの戦場取材の在り方について、改めて考える契機となっている。

 殺害された後藤健二さんはこの15年間、紛争下にあるアフリカや中東などの国々で取材を行い、数々の映像リポートを発表してきた。日本の中では戦地取材の経験の豊富なジャーナリストのひとりといえる。

 彼は激しい内戦の続くシリア取材のリスクをよくわかっており、それなりの準備も整えていたと思う。しかし、新聞報道などを見る限り、シリア入国に関する方法については、理解できない部分も多い。これまで「イスラム国」の支配地域を取材した日本人ジャーナリストたちは、あらかじめ「イスラム国」側とコンタクトをとり、入域許可証を取得している。ビザのようなものである。今回、後藤さんがそのような手続きを踏んだ形跡はみられない。個人的に雇ったガイドの案内だけで、「イスラム国」の支配地域に入ることは非常な危険を伴う。後藤さんは「イスラム国」に拉致された後、携帯電話で「ガイドに(「イスラム国」側へ)売られた」と語ったということだが、それが事実なら、取材方法において問題があったのかもしれない。

 そもそも戦争取材の中でも、シリアやイラクなどで起きている内戦や市街戦はもっとも危険でリスクが高い。戦線が錯綜しており、安全な場所と危険な場所との線引きができないからである。市街戦の場合、数十メートル先の角を回った途端、銃撃戦に巻き込まれたり、数百メートル離れた建物から狙撃兵に狙われることもある。加えてシリアでは、「イスラム国」はジャーナリストであれ、人道援助のスタッフであれ、外国人そのものを標的として拉致、殺害を繰り返しており、危険度ははるかに高いものとなっていた。

 そのような場所での取材のリスクを軽減するためには、優秀で信頼できるガイド、コーディネーターを確保せねばならない。取材の成否や安全性は「誰が案内するのか」に大きくかかっている。後藤さんの雇ったガイドははたして信頼できる人物だったのかどうか。取材方法の事実関係や詳細についてはこれから少しずつ明らかになっていくことだろう。

 日本の場合、第二次世界大戦以降、戦争取材でいちばん多くの犠牲者を出したのは、ベトナム戦争である。この戦争では10数名の日本人ジャーナリストが命を落としている。

 ベトナム戦争以降は、戦争取材の犠牲者は急激に減っている。私の記憶では、ベトナム戦争後の40年間で、射殺されたり、地雷を踏んで亡くなった日本人ジャーナリストは8人である。このうち、6名はフリーランスであり、特にイラク戦争以降の10年間に犠牲者が集中している。また犠牲者のほとんどはビデオを撮る映像ジャーナリストである。彼らは少しでも迫力のある臨場感あふれる映像を求めて、前へ前へと足を踏み出していくため、戦場で事故に遭う確率は高くなる。

 ただ、戦場を取材するジャーナリストたちの多くは、取材中に撃たれて死ぬことは職業上のリスクであり、「殉職」と考えている。警察官であれ、消防士であれ、ある種の職業には一定のリスクが伴う。ジャーナリストも同じである。

 残念ながら、経験を積み、ノウハウを活かすことでリスクは軽減できるものの、ゼロにすることはできない。100%安全な戦場取材などはありえない。

 ジャーナリストたちはそのようなリスクの在り方を十分に承知した上で、戦地の取材に出かける。

 「誰も行かないところに誰かが行かねばならない」

 そう語ったのは、2007年9月、ビルマ(ミャンマー)で民主化運動を取材中、政府軍兵士によって射殺された長井健司さんである。たとえ、戦場であっても、誰かがそこに行かねば、戦争の実相を記録することはできない。ジャーナリストとはそのような職業なのである。

 先日、シリア取材を計画していたフリーランスのジャーナリストが政府から旅券返納を命令されるという出来事があった。「危険な地域に行くのなら、旅券を没収する」というわけである。これは認めるわけにはいかない。取材に行くべきかどうかは、政府が決めることではなくて、ジャーナリスト自身で決めることである。

 日本では「政府や国民に迷惑をかけてまで取材に行く必要はない」という主張が根強いが、権力を監視する役割を担うジャーナリズムに政府が介入したり、管理するような動きを容認することは、ジャーナリズムの自殺行為といえる。

 「ジャーナリズムは民主主義社会の土台を支えるものである」という原点を確認する必要がある。

野中 章弘(のなか・あきひろ)/早稲田大学政治経済学術院教授

【略歴】
1953年、兵庫県生まれ。ジャーナリスト、プロデューサー。現在、早稲田大学(政治経済学術院/ジャーナリズム大学院)教授。アジアプレス・インターナショナル代表。元朝日新聞紙面審議会委員。

日系アメリカ人、インドシナ難民、アフガニスタン内戦、エチオピアの飢餓、台湾人元日本兵、カンボジア紛争、ビルマの少数民族問題、タイのエイズ問題、チベット問題、東ティモール独立闘争、朝鮮半島問題、アフガニスタン空爆、イラク戦争など、アジアを中心に第三世界の問題を取材。第3回「放送人グランプリ特別賞」受賞。

編・共・著書に『メディア・プラクティス』(せりか書房)、『アジア新世紀・市場』(岩波書店)、『論争いまジャーナリスト教育』(東京大学出版局)、『ジャーナリズムの可能性』(岩波書店)など。