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堀 真清 早稲田大学政治経済学術院教授 略歴はこちらから

やむなく先手をとる
――近代日本における国家理性の特徴――

堀 真清/早稲田大学政治経済学術院教授

 昨2015年は戦後70年の節目の年といわれたが、韓国や中国との懸案事項はどうなったか。慰安婦問題は10億円の拠出で一件落着とはいかず、日本軍民による中国大陸での所業は対日戦争勝利記念で応酬された。中韓の政権が国内消費用ナショナリズムを必要としている以上、また日本人が東アジア近代史にもたらした傷痕を直視しないかぎり、戦後70年から戦後71年、72年へと暦がかわっていくだけだろう。東アジアの歴史も未来にむかって開かれたものにならなければならない。それにはまずもって過去の事実がよく理解さるべきである。とくに日本の国家政治がいかなる性質をおびていたかの確認が不可欠ではないか。

 いったい国家政治とは? これは国家の利害考慮にもとづく政戦略と実施のことで、国家理性(raison d'état)とか国家行動ともいわれる。国家は自己の防衛のみならず発展の衝動をもつと称されてきたが、国家行動をじっさいに牽引するのは政治家や軍人など為政者で、かれらは自己の権力欲と国益の維持・拡大とを一体化する傾向にある。国家理性のあらわれかたは国と時代によりいろいろだが、高名な作家三島由紀夫は鋭くも恐るべき洞察をみせた。国家政治とナショナリズムとをひとつにせよ、と。

「ナショナリズムというのは民族の生の衝動であり、それと背中合わせに死の衝動でもあるだろう。この死の衝動の方をうまく担保するものを政治が与え得るかどうか、それが今後とも政治の一番の問題になると思うね。早い話が安保条約ないし国防の問題だ。」(『若きサムライのために』1969年)

 ナショナリズムの問題を念頭におきながら国家政治の実際にふれると、こと日本にかんしては明治このかた「やむなく先手をとる」流儀で押し進んできた。

 陸奥宗光は日清戦争を伊藤博文首相とともに遂行した外相だが、その著『蹇蹇録』(けんけんろく。1896年)にこう書いている。

「我が政府は外交上において常に被動者の地位を執らんとするも、一旦事あるの日は軍事上において総て機先を制せんとした……」

東條英機

石原莞爾

陸奥宗光

 やむなく機先を制す、のロジックは満洲事変を企図した関東軍においても同様である。 関東軍参謀の石原莞爾は三千万「支那民衆」の権益擁護のためにも、やむなく、20数万の敵兵をあいてに一万余の軍勢で「機先を制し」たという。(『石原莞爾資料(増補)国防論策篇』1994年)(石原の東京裁判宣誓供述書)

 このようなやむなく先手をとるという国家政治の一貫した特徴は東條英機首相にきわまる。太平洋戦争突入にさいし、かれは帝国議会で獅子吼した。

「事茲(ここ)に到りましては、帝国の現下の危局を打開し、自存自衛を全うする為め断固として起ち上がるの已むなきに至つたのであります。……敵の挑戦を受け祖国の生存と権威とが危きに及びましては、蹶然起たざるを得ないのであります。……(帝国海軍の奇襲は奏功)爾来陸軍は陸海水も洩らさぬ堅密なる連携の下に、常に敵の機先を制し(マレー、フィリッピン、グアム、香港方面など)随所に奇襲上陸を敢行し、着々戦果を拡大しつつあるのでありまして……」(『大東亜戦争に直面して 東條英機首相演説集』1942年)

 国家政治はかように展開した。無論、為政者だけでは国家行動たりえない。かれらは知識人の手もかりて民衆を国家政治へと動員する。スターリンが述べているように「いかなる支配階級もおかかえのインテリゲンツィアをもたずにやってこられたためしがない。」知識人のほうも進んで身を投げだし、時流にはばたく。

 民衆もまた為政者に同調し、国家行動の歯車となった。

 ノーベル賞作家、川端康成ははっきりという。

「国を滅ぼした戦争が避けられたか避けられなかったのかを、敗戦後の怨(うら)み言などが解くものでない。……だまされて戦争をしていた人間などは一人もいないのである。」(『現代日本文学大系70 武田麟太郎・織田作之助・島木健作・檀一雄集』1970年、川端による解説) 

 無論、騙されつづけることを許さない知性も反省もあった。それは本物の祖国愛と一体といえる。沖縄特攻に散った山口輝夫海軍少尉(国学院大学出身、23歳)の遺書にこうある。

「生を受けて二十三年、私には私だけの考へ方もありましたが、もうそれは無駄ですから申しません。特に善良な大多数の国民を欺瞞した政治家たちだけは、今も心にくい気が致します。……歴史の蹉跌(さてつ)は民族の滅亡ではありません。」(『神風特別攻撃隊の記録』1984年、所収)

 宇内文次憲兵中尉(48歳、マニラで刑死)は述べる。

「今、新たに出発点を見出し、踏み出さんとする祖国の姿を見て、日本民族の上に幸あれかしと祈る。戦争は心から嫌になった。日本人も別の方法に依って救はれ、幸福を得る道は無いであらうか。」(『殉国憲兵の遺書』1982年、所収)

 ともに立派なメッセージであるが、またぞろやむなく先手をとる国家政治にもどりつつはないか。それを懸念し、かつ新しい東アジア史の形成にむけての自省としてこの一文を書いたが、最後にすばらしい言葉をふたつ紹介して結びにかえたい。ひとつはイギリスの歴史家、アクトン卿の金言である。

「歴史が言い逃れや紛糾を超えるには意見でなく資料に基づかなくてはならない。」(J.E.E.Dalberg Acton, Lectures on Modern History, 1960)

 いまひとつはアメリカの国際政治学者、モーゲンソーの国家政治の目的についてのそれである。

「国家目的は民族の優越性あるいは歴史の必然あるいは経済的必要性から引きだされてきた。……国家目的のリアリティーを知覚するためにナショナリズムのイデオローグたちに聴くことはない。われわれのマインドが写しだすままに歴史の証拠へとおもむくことだけが必要なのである。われわれは知っている、回想にあたいする偉大な国家は上首尾な防衛や国益の増進よりも人間のことがらに貢献してきたことを。」(H.J.Morgenthau, The Purpose of American Politics, 1960)

堀 真清(ほり・まきよ)/早稲田大学政治経済学術院教授

略歴
1946年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、西南学院大学法学部長、ケンブリッジ大学客員教授、オックスフォード大学交換研究員などを歴任。現在、早稲田大学大学院政治学研究科教授。
近著に『近代日本の国家政治――ナショナリズムと歴史認識』(2015年、早稲田大学出版部)、ほかに『西田税と日本ファシズム運動』(2007年、岩波書店)、『一亡命者の記録―池明観のこと―』(2010年、早稲田大学出版部。同書には韓国語訳、2011年、小花出版、ソウル。ならびに中国語訳、2013年、世界知識出版社、北京がある)、『大山郁夫と日本デモクラシーの系譜―国家学から社会の政治学へ』(2011年、岩波書店)、『原典でよむ 日本デモクラシー論集』(2013年、岩波書店)、翻訳に『ファシズムを超えて―一政治学者の戦い―』(新版2009年、早稲田大学出版部)など。
小野梓記念学術賞(1974年)、政治研究櫻田會特別功労賞ならびに大隈記念学術褒賞(いずれも2009年)受賞。