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山﨑 眞次(やまさき・しんじ)/早稲田大学政治経済学術院教授 略歴はこちらから

変わりつつあるメキシコ・アメリカの国境最前線
新コミュニティ “メックスアメリカ(MexAmerica)”

山﨑 眞次/早稲田大学政治経済学術院教授

 メキシコの国境都市ティファナからフェンス越しにアメリカ側が見える。このフェンスは地上だけに建設されているだけではない。フェンスを伝いながら海岸に出ると、フェンスが海上まで延び、海からの越境者も拒んでいる。メキシコ側から見る風景はさながら“嘆きの壁”である。北に目を向けると近代的なビルが立ち並ぶサンディエゴが遠望できる。サンディエゴからメキシコへは簡単に入国できる。同じ太平洋に面しながら、フェンスの存在によって、両市はお互いに背を向けているように見える。フェンスをよく観察すると、鉄パイプと金網で仕切られていて、金網越しに南北に引き裂かれた夫婦、親子、恋人、親戚が会話できるようになっている。この金網はアメリカ側の温情と理解できないことはない。アメリカは越境者を選別するためにフェンスを築いたが、家族間の会話まで奪ったわけではない。今年の共和党の大統領候補者であるトランプ氏は、当選したら、万里の長城に類する分厚い、メキシコ人が一人も越境できない壁を築くと豪語している。選挙用のデマゴークとは思うが、もし本気で壁を築くとしたら、米・墨間の交流は途絶え、紆余曲折を経ながら19世紀初頭以降積み重ねてこられた両国の政治、経済、社会、文化の関係は確実に劣化する。

海からの越境を拒むアメリカのフェンス

 メキシコとアメリカの国境がほぼ定まったのは、メキシコが大敗した米・墨戦争(1846~1848)後のことである。グアダル-ペ・イダルゴ和平条約によってメキシコ人はテキサスからカリフォルニアに至る広大な領土約200万平方キロメートルを失ったが、アメリカに併合された地域のメキシコ人にもアメリカ人と同等の市民権は認められた。しかし西漸するアメリカ新移民の権利が次第に拡張され、メキシコ人の権利は侵害された。多くのメキシコ人地主が先祖伝来の土地を失っていった。

 その後アメリカとメキシコの国境沿いにはティファナとサンディエゴのように隣接する二つの都市が生まれた。これらの隣接2都市をツイン・シティと呼ぶ。西から東にティファナ=サンディエゴ、ノガレス=ツーソン、シウダード・フアレス=エルパソ、ヌエボ・ラレド=ラレド、レイノサ=マッカレン、マタモロス=ブラウンズビルが国境を挟み相対している。メキシコ人とアメリカ人は主にこれらのツイン・シティを介して国境を行き来してきた。それらの往来はある意味供給と需要の関係から成立していた。大規模農場を経営するアメリカ人には安い賃金で働く労働者が不足していた。一方メキシコの雇用環境はなかなか改善されなかった。仕事がないメキシコ人にとって、国境の北での雇用は願ってもないことであった。ここにプッシュ・プル移民理論が成立する。

南北に引き裂かれた家族が金網越しに会話できるフェンス

 第2次世界大戦中は、多くのアメリカ人が戦場や軍需工場に駆り出され、人出不足は深刻となった。そこで米・墨両国は「ブラセロ計画」を結び、戦中から1964年までおよそ450万人のメキシコ人が労働ビザを与えられ、アメリカの農場で働いたのである。合理的な需要と供給関係が維持されていたために、当時、非合法移民の存在はあまり切実な問題とはならなかった。だが、アメリカ社会に新しい移民を制限する風潮が生まれ、1965年の移民法改正によって毎年の西半球からの移民数が12万人に制限された。さらに1976年、一国上限2万人の規制が加えられた。ビザを所有しない外国人は20世紀初頭から違法に越境していたが、その存在がクローズアップされるようになったのは、これら新法公布以降のことである。マスメディアはリオ・グランデ川を泳いで越境しようとする人々『ウエット・バック(wet back)」』を好んで報道した。その後、幾たびか移民法が改正されたが、現在に至るまで非合法移民問題は解決されていない。

 現在はメキシコ人の越境者は減少傾向にある。メキシコの経済が好調だからである。またアメリカの経済不況と国境警備隊の監視強化、麻薬組織が支配する国境地帯の危険性、コヨーテと呼ばれる越境ブローカーによる搾取等が越境をためらわせ、ティファナ等の北部国境地帯に滞留する傾向がアメリカとメキシコの移民局のデータと専門家の移民調査によって明らかになっている。

人も車も国境の北へ吸い込まれていく

 筆者は個人的にメックスアメリカ(MexAmerica)という両国国境地帯に出現したコミュニティに注目している。アメリカ側のカリフォルニア、アリゾナ、ニューメキシコ、テキサスの4州とメキシコ側のバハ・カリフォルニア、ソノラ、チワワ、コアウイラ、ヌエボ・レオン、タマウリパス6州によって構成される経済・文化圏である。この国境地域にはスペイン語でラテン音楽を聴きながら、タコスを食べ、テキーラを飲む文化が確実に育まれている。特に1994年に北米自由貿易協定(NAFTA)が発効してからは急速な経済統合が進み、メックスアメリカの存在感は日に日に高まっている。ヒスパニック系と呼ばれるメキシコ人や中米人は固有のコミュニティを形成し、英語を話さずアメリカ主流社会になかなか溶け込まないと米国の研究者アレハンドロ・ポルテス等は指摘している。実はそのように出身地との経済的文化的交流を大切にして自分のアイデンティティを失わない気質があるからこそ、メックスアメリカという新しい相互共同体が存在するのである。そこには安心してスペイン語を話し、出身地の文化に身を委ねても誰からも文句を言われない社会が存在するのである。グローバル化が叫ばれて久しいが、グローバル化を必ずしも幸せとは考えない人々の共同体があってもいいのではないか。メックスアメリカの人々の生きざまを見ていると、自己の文化を守り、継承していくことにこそ人間の幸せがあるような気にさせてくれる。

山﨑 眞次(やまさき・しんじ)/早稲田大学政治経済学術院教授

早稲田大学卒業。メキシコ国立自治大学修士課程修了
早稲田大学政治経済学術院 教授(政治学博士)
専門:ラテンアメリカのナショナリズム、先住民運動
主要著書:「メキシコ先住民の反乱―敗れ去りし者たちの記録」(単著)、「ラテンアメリカ世界のことばと文化」(編著書)、「メキシコ 民族の誇りと闘い」(単著)、「スペインの政治」(共著)