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石原 剛(いしはら・つよし)/早稲田大学教育学部英語英文学科教授 略歴はこちらから

いま読み返したいアメリカ文学
マーク・トウェイン “弱さを引き受ける勇気”

石原 剛/早稲田大学教育学部英語英文学科教授

 いきなりではあるが、ある雑誌に掲載されたランキングを紹介しておこう。第5位、マイケル・ジャクソン。第4位、ボブ・ディラン。第3位、マドンナ。第2位、エルヴィス・プレスリー。ここまで聞いて、第一位に誰を想像するだろう。「ミュージシャンの人気投票?だとすれば、残るはビートルズ?」そんな声が聞こえてきそうだ。答えはなんと、「マーク・トウェイン」。ご存知、100年以上前に世を去ったアメリカの文豪だ。そこで、はたと読者は考えるにちがいない。エルヴィスやマドンナとトウェインを結び付けるものは一体何かと。実はこの順位、アメリカ最大の博物館組織、スミソニアンが発行している雑誌「Smithsonian」(2015年春号)に掲載された特集記事で、アメリカを代表する「ポップ・アイコン」のランキングだ。権威ある組織が発行している雑誌だけあって、ランキングを決める際の手続きも多岐にわたる要素を考慮してできるだけ客観的に行ったとのこと。どうやら、でたらめな順位付けではないようだ。

アメリカの文豪マーク・トウェイン(1835-1910)

 では、なぜトウェインは、エルヴィスやマドンナに負けないほど、一般のアメリカ人たちの心をとらえ続けるのだろうか。昨年末、マーク・トウェインに関するラジオ番組の講師を担当してみないかという話がNHKからあった際、まず胸に浮かんだのがそのような問いであった。私自身、まがりなりにも専門家の端くれとして20年以上もトウェインを研究し続けてきたので、私なりに考えるトウェインの魅力というのは一応語ることができる。しかし、そういった私の意見が、専門家の独りよがりではないという保証はどこにもない。特に、一般読者やリスナーを念頭においたテキストやラジオ番組を担当するのであれば、なおさら庶民の心に寄り添ってトウェインの魅力を語ることがなによりも重要ではないか。そして実のところ、そういう態度こそがトウェイン文学の核心を理解することにもつながるのではないか。そんな思いを抱きつつ進めたのが、今回のラジオの仕事であった。

NHKカルチャーラジオ文学の世界『マーク・トウェイン』(石原剛著)

 ちなみに同番組、NHKカルチャーラジオ「マーク・トウェイン―人生の羅針盤」には、「弱さを引き受ける勇気」という副題がついている。実は、この副題、番組用のテキストを一通り書き終えてから、さてタイトルはどうしようということになった折、担当の編集者が提案してくれたものの一つ。正直、提示されたこのタイトルをみて、初めて自分がトウェインを通して最も伝えたかったことに気づかされた。

 では、トウェインはどのようにして人間の弱さを引き受けたのか。ひとつだけ例を挙げておこう。よくいわれることだが、トウェインは晩年、経営する会社の破産、多額の借金、相次ぐ家族の死といった不幸が重なり、悲観主義に陥ったという説がある。特にその折、しばしば引き合いに出されるのが、トウェインが晩年作品で提示した「人間機械論」といわれる考え方。中でも晩年の傑作、『人間とは何か』(1906年)に、そういった彼の人間観がよく表れている。老人と若者の哲学的な対話からなる同作では、人間の自由意志の存在を信じる若者の考えを、トウェインを思わせる老人が真っ向から否定する。老人によれば、むしろ「人間」とは、環境や遺伝といった巨大な装置に突き動かされる「機械」のような存在で、人間自らが自由な意志によって創造するものなど何もないというのだ。

 確かに、トウェインのこういった冷めた人間観に対しては、賛否両論、様々な意見がある。しかし、その真偽はともあれ、一つ確実にいえることは、トウェインが人間に多くを期待していないということ。環境や遺伝といった巨大な力に翻弄される木の葉のごとき人間をトウェインが赦そうとしていることだ。彼の話を聞いていると、機械を裁判にかけて罰することなどできないように、自由意志をもたない人間を裁くことなど、そもそも的外れであるとさえ思えてくる。

 近代意識の発達に伴って「個人の自由」に重きをおく社会が定着していった結果、今に生きる我々は、かつて想像できないほどの自由を享受する特権を有している。しかし、その一方で、成果が出せず期待に応えられなければ、その責任は当然個人に帰されることも多い。最悪の場合、逃げ場を失った個人は孤独の中で絶望の淵に追い込まれ、自らの命を絶つといった例が後を絶たない。そんな時、一度立ち止まって、人間など実際そんなに立派な生き物ではないことに気がつくことができれば、成果が出せず期待に応えられない自分を赦すきっかけを得られるかもしれない。そして、そのことは、同様の苦しみに直面した他者を赦すことにもつながっていくように思われる。

 確かに赦しの精神だけでは、無責任な社会になってしまうことは間違いない。とくにルールや秩序を守らない個人にはきちんと責任を取ってもらわねば、個人が安心して生きられる社会など期待できないだろう。しかし同時に、過剰な人間への期待をここらで一度見直して、トウェインの声に耳を傾けてみることもあってよいのではないか。人間の弱さに目をつむり、人を赦せないギスギスした社会に生きていくことなど、人間はそもそも求めていないはずだから。そして、そんな思いに共感できる方なら、私のトウェインに関する四方山話を結構楽しんでいただけるに違いない。

(※NHKカルチャーラジオ文学の世界「マーク・トウェイン―人生の羅針盤」NHKラジオ第2放送:7月7日~9月29日、木曜日午後8時半~9時。再放送木曜日午前10時半~11時。NHKネットラジオ「らじる・らじる」でも放送)

石原 剛(いしはら・つよし)/早稲田大学教育学部英語英文学科教授

【略歴】
1971年東京生まれ。テキサス大学オースティン校アメリカ研究科博士課程修了、博士号(Ph.D.)。専門はアメリカ文学・文化。早稲田大学教育・総合科学学術院教授。日本アメリカ文学会編集委員、日本マーク・トウェイン協会事務局長などを歴任。著書にMark Twain in Japan (アメリカ学会清水博賞)、『マーク・トウェインと日本』(東北英文学会賞、日本児童文学会奨励賞)、『マーク・トウェイン文学/文化事典』などがある。