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桜井 啓子(さくらい・けいこ)/早稲田大学国際学術院教授 略歴はこちらから

イランの女子大生-働きたくはあるけれども...。

桜井 啓子/早稲田大学国際学術院教授

 世界経済フォーラム『世界男女格差報告書2015』によると、145か国中イランは141位と最下位に近い。特に女性労働力率(18%、143位)、国会議員に占める女性比率(3%、137位)と、経済や政治の分野での順位が低い。

 女性の社会進出が進まない理由は、「男女はそれぞれの特徴に応じた義務と責任を負う」「女性にとって最高の居場所は家庭」といったジェンダー規範が支配的だからだ。公的な場では、女性は親族以外の男性に美しさを見られてはならないというイスラームの教えを守るためにヴェールの着用が義務づけられているが、「性別に基づく空間分離」も進められてきた。小学校から高校までは男女別学で、生徒と教師は同性が原則だ。性別に基づく空間分離は、地下鉄やバスなどの公共交通機関、スポーツセンターなどにも導入されている。イスラーム的なジェンダー規範は民法にも反映されており、離婚、結婚、親権、相続等に関する規定で男女の扱いが異なっている。夫には、重婚、一方的な離婚、子どもの親権、さらに妻の就労の是非を決める等の権利が与えられているが、妻への婚資金の支払いや家族の扶養等の義務も課されている。

 こうしたジェンダー規範は、女性の社会進出の足枷となっているが、就学率上昇の要因ともなった。ヴェール着用や性別空間分離は、1979年の革命後に導入されたもので、西洋的な価値観に親しんでいた人たちの反発を買ったが、共学や異性の教員に抵抗を感じていた保守層からは歓迎され、この政策のお蔭で小学校から高校までの女子就学率は、先進国の水準にまで上昇した。興味深いことにほとんどが共学の大学でも、女性進学率が上昇し続け、1999年には全国統一国立大学入学試験における女性合格者数が初めて男性を超え、2002年からは女性の高等教育総就学率が男性を上回るようになった。しかし、女性が必要以上に学歴を積んでいると、アフマディネジャド大統領(在2005~2013年)が警鐘を鳴らしたため、36大学が77コースで女性の受入を停止した。その結果、女性比率は減少に転じたが、男女ともに高等教育総就学率は伸び続け、すでに日本の水準を遥かに超えている。(グラフ1)イランのもう一つの特徴は、就職に有利とされる理系学部における女性比率が高い点だ。こうした傾向があるにもかかわらず女性の進学が就労に結びついていない。労働市場における女性差別が原因として挙げられるが、理由はそれだけなのだろうか。

 進学と就労に関する女性の意識を探るために筆者は、2011年、首都テヘランにある国立大学の教育心理学部の女子学生96人を対象にアンケートを実施した。平均年齢は21歳で、17%が既婚者である。自分が望む職を得るために大学教育は役に立つと思うかという質問に対して、45%が大いに役立つ、36%が役立つと回答しているが、コメント欄に求人が少なく競争が激しいので修士号や博士号がないと難しいと記している学生が複数いた。卒業後、働きたいかという質問に対しては、57%が大いに働きたい、26%が働きたいと答えているが、結婚後も働き続けたいか、母親になった後も働き続けたいかという質問では肯定的な回答が減少している。

 自由回答方式で希望の職種について尋ねたところ、大学での専攻を活かして教師やカウンセラー等の専門職か公務員を希望する学生がほとんどだった。後日、その理由についてインタビューをしたところ、教育職であれば女性だけの職場で働ける、一般的な事務や接客の仕事は家族の理解が得られない、専門職でなければ尊敬されないといった意見が多かった。また働き方について尋ねると、フルタイムでの勤務を希望する学生はわずか16%だった。その理由についてもインタビューをしたところ、家族と過ごす時間も大切、仕事だけの人生は女性に相応しくない、大卒者に相応しい職に就きたい、専門職であれば多様な就労形態が可能、教員ならば残業がなく夏休みもあるといった意見が寄せられた。女子大生の多くが、女性には家族の扶養義務が課されていないのだから、自分や家族の社会的な立場に配慮した仕事を選ぶべきだと考えており、「男並み」に働くことを必ずしも望んでいないことがわかる。

 イランでは、長引く経済制裁の影響で労働市場が縮小し、若年世代の高失業率が社会問題となっている。女子大生の多くは、大学を出たところで希望するような就職口があるわけではないことは十分に理解している。それでも進学するのは、家族に反対されず社会と関われるからであり、学位という付加価値を得ることで実家や婚家先における自身の地位を高めることができるからである。イラン女性にとって就職には繋がらなくても、大学進学は十分に価値のある選択のようだ。女性の高等教育総就学率64%、労働力率18%のギャップの間には、イランなりの事情がある。

桜井 啓子(さくらい・けいこ)/早稲田大学国際学術院教授

【略歴】
上智大学卒業。同大学院博士課程修了。博士(国際関係論)。学習院女子大学教授を経て、2004年より現職。2012年より早稲田大学イスラーム地域研究機構長。
単著に『革命イランの教科書メディア』(岩波書店)、『現代イラン』(岩波新書)、『日本のムスリム社会』(筑摩新書)、『シーア派』(中公新書)『イランの宗教教育戦略』(山川出版社)。編著に『イスラーム圏で働く』(岩波新書)。共編著にKeiko Sakurai and Fariba Adelkhah (eds.) The Moral Economy of the Madrasa,(Routledge), Masooda Bano and Keiko Sakurai (eds.) Shaping Global Islamic Discourses, (Edinburgh University Press)等。