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早瀬 晋三(はやせ しんぞう)/早稲田大学国際学術院・アジア太平洋研究科教授 略歴はこちらから

紛争の海からコモンズの海へ

早瀬 晋三/早稲田大学国際学術院・アジア太平洋研究科教授

アカデミックな貢献はできないのか

 ユーラシア大陸の東岸と日本列島、フィリピン諸島、ボルネオ島などの島じまに囲まれた海域の無人島や岩、干潮時にしか目視できない「低潮高地」などをめぐる領有権争いは、外交でも国際法でもまったく解決の糸口が見つからない状況になっている。関連する書籍を見ると、ジャーナリストによるものが目立ち、解決へのみちすじを示す学問的な貢献はできないように思える。武力による以外、解決はできないのだろうか。そんなことはない。古今東西、人びとは知恵を出しあい、困難な問題を解決してきたはずだ。問題を整理することによって、解決の糸口は見つかるはずだ。

近代国家による領有(海の植民地化)

 自然な状態で人の居住が不可能な無人島や岩などの近代国家による領土の画定は、一般に19世紀後半から20世紀にかけておこなわれた。換言すれば、国家より海に依存してきた海洋民の存在を無視した海の植民地化がおこなわれた。たとえば、北太平洋では東からフロンティアが消滅し肥料としてグアノ(海鳥糞)を求めたアメリカ合衆国が1899年にウェーク島を、西からヨーロッパ輸出用の羽毛などを求めた日本が1898年に南鳥島を占領、領有権を主張し、今日に至っている(ウェーク島は第二次世界大戦中、日本が占領した)。だが、東・東南アジアでは、中国の内戦、各国・地域の植民地化などによる混乱によって画定する機会を逸し、今日の紛争の原因になっている。

尖閣諸島(釣魚群島、釣魚台列嶼)・竹島(独島、リアンクール岩礁)

 尖閣諸島は、日清戦争中の1895年1月に日本領へ編入され、勝利した日本が台湾を領有したため、下関講和条約でも議論されなかった。中国が「盗んだ」というのは日中間の合意がないためで、1895年1月以前の状況に戻すべきだという主張になる。だが、日本は当時沖縄本島の日本領有を清国が認めるかわりに、宮古・八重山諸島を清国に割譲する「分島」を提案していたので、その主張は受け入れがたい。竹島は、日露戦争中の1905年1月に日本領への編入が決定され、10年に韓国が日本に併合されたために、韓国との合意がない。

スプラトリー諸島(南沙諸島)

 インドシナ半島とフィリピン諸島のあいだにある海域は、1887年にフランス領インドシナ連邦を発足させ植民地化をすすめたフランスと、リン鉱などを求めて進出した日本との争いになった。たとえば、スプラトリー諸島は1920年代に日本の民間企業がリン鉱を採掘した後、放置していたところを、33年にフランスが領有を宣言し、それに抗議した日本が39年に武力で領有した。今日、植民地支配の遺産として、ベトナムや台湾も領有権を主張している。

法的根拠と歴史的経緯

 いっぽう、中国は内戦と日本の侵出に苦しんでいるあいだに、中国に朝貢し中華文化に支配されたヒエラルキーに属していた東南アジアの国ぐにとの秩序が壊されたと理解し、中国が合意していない法的根拠をもちだしても、歴史的経緯から無効だと主張している。2016年7月のハーグでの仲裁裁定も、中国にとっては意味をなさない「紙くず」「法律の衣をかぶった政治的茶番劇」としてしかみなさない。

国益より地域・地球益を求めて

 紛争の原因は、当事国がそれぞれ排他的に専有をしようとしていることにあり、それが国益にかなっているということでナショナリズムに訴えている。海域は、古来、人間がコントロールできない自然として畏敬され、その恵みを共有するコモンズの考えがある。先に例をあげた北太平洋でも、アメリカ合衆国の主権を認めれば、「恵みの恩恵」が競合しない羽毛を日本人はアメリカ領の島じまで採取することができた。領有権の主張とコモンズは二律背反ではなく、共存することが可能である。その例のひとつが、南極である。7ヶ国が領有権を主張しているが、1959年に採択された南極条約で凍結され、平和的利用と科学的調査の自由などがうたわれている。

ASEANウェイ

 国家間の外交で前進できないとき、非政府組織の役割が大きくなる。その前にASEANに注目したい。流動性の激しい海域に属するASEANは全会一致を原則とし、なにも決められないと批判されるいっぽうで、非公式対話を重視し粘り強く解決を模索する。体面を重んじる大国にたいして、対話を重ねることで解決の糸口を見出すことに期待したい。

環境破壊、漁業資源の枯渇

 領有権紛争のいっぽうで、いま海域で起こっていることは、深刻な環境破壊と漁業資源の枯渇などの問題である。これらの問題に紛争当事国および国民が気づき、地域・地球の利益を優先させることによって、結局は国益、国民の豊かさに通ずることがわかれば、紛争は自ずとおさまる。紛争のための軍事予算を環境や資源保護のために使えば、人びとは海の恵みを享受し、生活を豊かにできる。紛争の海をコモンズの海に変えるために、アカデミックな力を使って海の有効利用を示すことで、紛争解決のために貢献することができる。

フィリピンとマレーシア(ボルネオ島)の国境の島シタンカイのメインストリート。人口33,334(2015年)の多くが浅瀬の杭上家屋に暮らす。国境を越えてマレーシア、インドネシアへも頻繁に往き来する。「低潮高地」や暗礁でも居住可能な例である。(撮影:早瀬晋三)

早瀬 晋三(はやせ しんぞう)/早稲田大学国際学術院・アジア太平洋研究科教授

【略歴】
1955年岡山県津山市生まれ。鹿児島大学助教授、大阪市立大学教授を経て、2013年から早稲田大学国際学術院教授。東南アジア史。Ph.D.(歴史学)。 おもな著書として、『フィリピン近現代史のなかの日本人』(英語版:Japanese in Modern Philippine History)『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』『戦争の記憶を歩く 東南アジアのいま』(英語版:A Walk Through War Memories in Southeast Asia)、『海域イスラーム社会の歴史』(英語版:Mindanao Ethnohistory beyond Nations)。