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相馬 拓也(そうま・たくや)/早稲田大学高等研究所助教 略歴はこちらから

人類と猛獣の意外な関係
―イヌワシ、ユキヒョウ、オオカミと共生するモンゴル遊牧民の底ヂカラ―

相馬 拓也/早稲田大学高等研究所助教

 かつて考古学者のゴードン・チャイルド (1892-1957)は、農耕は人類にとって生活と人口再生産の安定をもたらし、「文明社会」のいしずえを創りあげたと提唱しました。しかし、地球上には148億9000haの陸地が存在しますが、持続的に農耕が可能な土地は2013年時点[FAOSTAT(国連食糧農業機関)統計]でおよそ14億784万haのみで、陸地面積の わずか10.5%に過ぎません。それでも人類は灼熱の砂漠、山岳地、寒冷地、乾燥地などの極限環境―かつての「アネクメーネ Anökumene」―に進出し、生活を営んできた底力があります。地球上のあらゆる場所を「生存可能域」―いわゆる「エクメーネ Ökumene」―とした人類はどのような戦略をとったのでしょう?

 そのひとつに、猛獣を手なずけ、ときにはそれを食肉資源として利用した大胆な生活戦略があったことはあまり知られていません。そして、モンゴル西部アルタイ山脈の遊牧民は今なお、猛獣と共生しながら、食肉文化を色濃く残して暮らしています。彼らの生活からは人類の環境適応力の「ある種の起源」を見てとることができるのです。

1.イヌワシを手なずける鷹狩

図1 カザフ鷲使いの古老

 モンゴルの牧畜社会ではヒツジ、ヤギ、ウマ、ウシ、ラクダの五畜がよく知られています。しかし、遊牧民と共生する動物がほかにも三畜あります。それらはどれも意外な動物ですが、長毛種の高原牛ヤク、サンタクロースのお供としておなじみのトナカイ、そして獰猛な空の王者イヌワシです。これらを合わせて「モンゴルの八畜」呼ぶことができるかもしれません。ここで注目したいのがイヌワシです。イヌワシは翼を広げると2m以上にもなる最強クラスの大型の猛禽で、その寿命は50歳を超えることもあります。アルタイ山脈北部のカザフ系モンゴル人のあいだには、このイヌワシを手なずけて狩猟に用いる「騎馬鷹狩」の伝統がいまに息づいています(図1)。イヌワシを駆る鷲使い“イ-グルハンター”たちは、アカギツネやコサックギツネなどの中型四足獣をターゲットとしています。なぜ鷹狩をして獲物を捕らえているかというと、酷寒の冬を乗り切るための防寒具の製作に毛皮が不可欠なためです。かつてこうした騎馬鷹狩は中央アジアの山岳地で広くおこなわれていましたが、現在はアルタイ山脈と天山山脈の一部に残るだけとなっています。そうして築かれた数世紀にもわたるイヌワシとカザフ民族の絆は象徴化され、県旗や国旗にもあしらわれる崇敬の対象ともなっています。カザフ人の社会では古来、飼いならしたイヌワシの声や羽ばたきの存在感が、人間の心的障害の改善に効果があるとされてきました。いまでいうアニマルセラピーにもイヌワシが導入されるほど、カザフ人にとって切り離せない存在だったのです。

2.「山の幻影」ユキヒョウへの畏怖

図2 トラップカメラで撮影されたアルタイ山脈のユキヒョウ。モンゴル全土には推定500~1,000頭が生息する

 野生動物と人間の境界を越境するこうしたイヌワシを用いた鷹狩文化とは逆に、野生動物を忌避する伝統もあり、アルタイにおいてその代表動物はユキヒョウ(図2)と言えるでしょう。近年ユキヒョウは保護政策の甲斐あって個体数が増えつつあります。しかしその一方で、人間を恐れなくなり、頻繁に家畜を襲うようになっています。とくに2歳頃までの馬を好んで捕食しています。これは遊牧民にとっては大きな痛手となっていますが、「ユキヒョウを殺すと必ずたたりがある・・・」と地元モンゴル人は信じています。もしユキヒョウを殺したときには、「ユキヒョウ送りの儀」を行い、自然界の精霊が人間に危害を加えないように祈願しているのです。儀式の作法にはいくつものバリエーションがあり、地面に倒れたユキヒョウの遺体を縁取って線を描き、そのまわりに円を描いてユキヒョウを輪の中に閉じ込めるものや、足裏の肉球の毛を焼き、縦に切れ目を入れることもされます。

3.食肉資源としてのオオカミ

図3 捕えられた約2週間齢の仔オオカミ。約6月齢前後で食される。バヤン・ウルギー県サグサイ村の遊牧民宅にて

 野生動物への愛着・畏怖・崇拝とは別に、モンゴルでは野生動物の肉には薬効があると広く信じられ、積極的にこれらを食する習慣があります。草原の遊牧生活ではオオカミによる狼害が頻発し、駆除対象であることからしばしば食用にも捕獲されます(図3)。オオカミ肉は肺機能の疾患に効果があるとされ、高齢者に喜ばれます。とくにボーズ(モンゴル風水ギョーザ)を作って食べると、「体がほてって寝られなくなる」といった話も聞かれます。虚弱者には胃袋を食べさせると、オオカミのように大食いになるとも信じられています。きわめつけには、オオカミの脳みそをお湯に溶いて人間の子どもに飲ませることも行われます。遊牧民は、これにより幼児期に偏頭痛にならないと信じていることから、オオカミの脳はとくに珍重されています。オオカミに限らず、例えばユキヒョウの肉も万病に効果があり、72種類の病を予防すると信じられていました。とくに子どもに食べさせるとはしか(麻疹)や水ぼうそうにならないという言い伝えがあります。かつてモンゴルの力士は滋養強壮のために、こうした肉を食べたと伝えられています。余談ですが猛獣の餌となるシベリアマーモット “タルバガン”も好んで食されています。丸焼きは夏のモンゴルになくてはならないごちそうとなります。脇下のやや茶色みがかった肉が膵臓によいとも言われています。これら食習慣には、もちろん現代の医学的根拠や薬理的効果の裏付けはありません。

 家畜に限らず、猛獣を伴侶とし、ときにはその肉を食する大胆な生活文化は、人類の生存圏の空間的な広まりを押し広げたといえるでしょう。さまざまな動物との共生と食肉習慣が、固有環境への適応力を高め、極地や極限環境を生き抜く「人類の底ヂカラ」となったのです。

相馬 拓也(そうま・たくや)/早稲田大学高等研究所助教

早稲田大学 高等研究所 助教。博士(農学)
早稲田大学文学研究科博士後期課程(満期退学)。カッセル大学エコロジー農学部客員研究員を経て現職。地理学、ヒューマンエコロジー、生態人類学を専門とする。