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福田 耕治(ふくだ・こうじ) 早稲田大学政治経済学術院教授 略歴はこちらから

日本・EU経済連携協定の課題-予見的ガバナンスの視点から

福田 耕治/早稲田大学政治経済学術院教授
2018.10.01

1 はじめに

 2018年7月17日安倍首相は,トゥスク欧州理事会常任議長及び ユンカー欧州委員会委員長との間で、日本・EU間の「経済連携協定(EPA)」及び「戦略的パートナーシップ協定(SPA)(1)」に署名した。日欧を合わせると、総人口6億4,000万人、世界のGDPの約28%、世界貿易の約37%を占める世界最大規模の先進国による自由貿易圏が誕生したことの政治経済的な意味と課題、今後の展望について考えてみよう。

2 EPAの目的、概要

 EPAの目的は、相互の市場開放、貿易・投資の活性化、雇用創出、企業の競争力強化と経済成長にある。米国トランプ外交、英国のEU離脱(Brexit)の影響から、自国第一主義と保護主義的な諸国家の増加は看過できない。グローバル経済のガバナンスでは、特に貿易と集合行為問題を解決しようとする意思と手段が欠落し、危機に瀕している。こうした状況下で、日・EU 間のEPAが貿易や投資の自由化を進め,多角的自由貿易体制を維持・発展させようとする強い意思を世界に示した意義は評価できる。

 EPAの全体像を概観しておこう。EPAは,総則、物品貿易、原産地規則・同手続、関税関連事項・貿易円滑化、貿易上の救済、衛生・植物検疫措置、貿易上の技術的障害、サービス貿易・投資自由化・電子商取引、資本移動・支払い・資金移転・一時的セーフガード措置、政府調達、競争政策、補助金、国有企業・特権付与企業・指定独占企業、知的財産、企業統治、貿易・持続可能な開発、透明性、規制に関する良い慣行・協力、農業分野協力、中小企業、紛争解決、制度規定、最終規定の全23章と関連附属書等から構成され、日本語及び英語を含むEU23公用語が正文とされる。

3  EPAをめぐる日本・EU関係

 日本にとってEUは、輸出の約11%、輸入の約12%を占める重要な貿易相手であり、第1位の投資元、米国に次ぐ第2位の投資先でもある。EPAによって日本産品のEU市場へのアクセスは、工業製品のEU側関税が即時撤廃され、乗用車の関税も8年後には撤廃される。農林水産品、酒類もEU側の関税撤廃により日本産品のEUへの輸出拡大に向けた環境が整備される。GI(地理的表示)相互保護措置(日本側GI‐48産品、EU側GI‐71産品)による農林水産品、酒類のブランド価値の保存・向上などで相互に市場拡大が見込まれる。

 EU産品の日本市場へのアクセスでは、日本側関税撤廃率は約94%(農林水産品82%,工業品等100%)に達し、コメは関税撤廃・削減等の対象外とされた。日本にとってEPAの経済効果は,実質GDPを約1%(約5.2兆円)押し上げ、雇用を約0.5%(約29.2万人)増加させることが期待されている。

4 おわりにー課題と展望

 EPAによる自由化の範囲は、モノの輸出入のみならず,投資やサービス,さらには「人」の国境を越えた経済活動を含む広範な分野に及ぶ。日EU-EPAでも、サービス貿易・投資分野が規定される。投資については本協定から切り離し、別途両者間で協議することになった。サービスに関連するEUの一般データ保護規則の下、個人データの保護水準を相互に認定することで日欧が一致し、EUから日本への個人データの域外移転を例外的に認める「十分性認定」が行われることが課題となる。

 人の越境移動に関する課題も少なくない。安倍政権の新成長戦略において、観光推進政策とEPAの枠組みの下、看護師、介護士や留学生、特区における事実上の単純労働者の受入れ、観光、医療ツーリズムによるインバウンドの経済波及効果などプラス面ばかりが声高に叫ばれている。しかし年間3千万人近くの外国人の訪日者、及び国内居住者(256万人)の急増に伴い、24時間患者受け入れに必要な医療コスト(医療機関の未収金は30%に及ぶ)や救急車利用の増大、外国人就労者の呼び寄せ家族のニーズ(フリー・ライダー)への対応を含め、社会保障費がわが国の将来の税負担や社会保障経費の増大・圧迫を招き、その結果、医療や介護の質の低下、さらには制度や財源自体の崩壊につながりかねない不安もある。これは欧州諸国で現在問題となっている国民の分断、自国民優先主義、排外主義的ポピュリズムの台頭など、わが国も同様の政治的不安定化のリスクが高まる懸念がある。

 急増する訪日者、在留外国人について、患者と医療者間での意思疎通にボランティアの医療通訳に頼る現実、支援制度の未整備、財源問題など「医療の国際化(2)」対応が要請されている。「市民社会との対話」をも含め、経済的問題以外にも訪日者や外国人居住者のための診療契約などの法的支援、災害支援、言語・教育支援、異文化コミュニケーションをめぐる課題も少なくない。このような現実に鑑みて、EPAの功罪を十分に検証し、将来の日本社会の在り方を予見しつつ、政策的対応の検討が喫緊の課題となる。それゆえEPAのメリットだけに注目するのではなく、日本の社会保障制度と財政の持続可能性に関わる外部不経済問題、EPAのマイナス面の事前評価をも含めた予見的(anticipatory)ガバナンスが不可欠となろう。

  • ^ SPAは、目的及び一般原則、民主主義・法の支配・人権及び基本的自由、平和及び安全の促進、危機管理、大量破壊兵器、通常兵器、テロリズム対策などグローバル・ガバナンスにかかわる全51か条から構成され、将来にわたって日本・EUが相互の戦略的なパートナーシップを強化していくための法的基礎となる。
  • ^ 医療の国際化と医療の人的資源管理をめぐる問題についての詳細は、福田耕治・福田八寿絵(2009)『EU・国境を越える医療』文眞堂を参照されたい。

福田 耕治(ふくだ・こうじ)/早稲田大学政治経済学術院教授

【略歴】
 早稲田大学政治経済学術院教授、政治学博士、早稲田大学ORIS/EU研究所所長、日本EU学会理事、グローバル・ガバナンス学会副理事長。外務省政策評価アドバイザリーグループ委員。早稲田大学卒業後、同志社大学大学院、ベルギー欧州大学大学院行政学研究科招聘研究員、駒澤大学法学部専任講師、助教授、教授を経て現職。

【著書】
 『EUの連帯とリスクガバナンス』(成文堂,編著2016)、『EU・欧州統合研究-Brexit 以後の欧州ガバナンス』(成文堂,2016)、『国際行政学・新版』(有斐閣,2012),『多元化するEUガバナンス』(早稲田大学出版部,2011)、『EU・欧州公共圏の形成と国際協力』(成文堂,2010)、Koji Fukuda(2017)〝Growth, Employment and Social Security Governance in the EU and Japan”,Policy Change under New Democratic Capitalism , (H.Magara ed. Routledge), Koji Fukuda(2015)〝Accountability and the Governance of Food Safety Policy〝,The European Union and Japan (P.Bacon, et.al. , eds.,Ashgate),Koji Fukuda(2014),〝The global economic crisis and the future of labor market policy regimes” Economic Crises and Policy Regime (H.Magara ed. E & E),Koji Fukuda,(2009)”Accountability and NPM Reforms in the European Union”,S.Kuyama,Michael R. Fowler eds.,Envisioning Reform, UNU Press, Koji Fukuda,et.al. (2003), European Governance After Nice, RoutledgeCurzon.