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高木 秀雄

高木 秀雄(たかぎ・ひでお) 早稲田大学教育・総合科学学術院教授 略歴はこちらから

四川大地震の地質学的背景
―逆断層運動のメカニズム―

高木 秀雄/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

 2008年5月12日14時28分(現地時間)に四川省の省都である成都の北西約90Km地点で地下19Kmを震源とするMw7.9(Mw:モーメントマグニチュード)の地震が発生した。その地震のエネルギーは兵庫県南部地震(Mw6.9)の約30倍に相当し、耐震設計のなされていない家屋の倒壊などにより、死傷者、行方不明者あわせて30万人以上(中国政府発表)に及ぶ甚大な被害が発生した。折しも1週間前にミャンマーで起こったサイクロンの大災害に引き続き、自然災害の恐ろしさを改めて思い知らされた。今回の地震(以下、四川大地震)の地震学的情報をいち早く集めて発信しているアメリカ地質調査所(USGS)の情報をもとに、今回の地震を起こした地質学的背景について解説する。

大きな標高差 地盤が脆弱な断層帯

 四川盆地は,その標高は200―750m程度の盆地であるが、その西側のチベット高原東端部は標高が4,000m以上に達し、その境界は非常に大きな標高差をなしている(図1)。そのため,水力発電の潜在能力は中国随一である反面、地すべりや土砂崩れなどの危険性も高い。

図1 四川盆地周辺の鳥瞰図(出典:http://worldmap.at.webry.info/200610/article_1.html

 今回地震を起こした活断層はこのチベット高原と四川盆地の境界部に位置し、四川省を北東―南西方向に走る断層帯(竜門山衝上断層帯:Longmenshan Thrust Zone)が存在する(図2)。竜門山衝上断層帯は北東―南西走向、北西傾斜をもつ複数の逆断層から構成され、南東側に向かって衝上する断層帯である(図3)。

図2 本震(黄丸)および余震(赤星印)の震央分布、ならびにGPSによる成都を不動点とした相対変位速度(黄矢印)(Google EarthおよびMITによるHPhttp://quake.mit.edu/~changli/wenchuan.htmlより)、震央に沿って北東-南西方向に竜門山断層帯が存在。

図3 竜門山断層帯の運動像(Kroner and Sengor、1988,Episodes、v.11に加筆)
南西方向への衝上運動(=逆断層運動)と、それに伴われる褶曲が描かれている。断層帯の幅は60km、収束速度は4-6Mw/年程度と見積られている(He and Tsukuda,2003)。

 余震分布(図2)や震度マップ(図4)を見ても,震源断層に沿って走向方向に少なくとも250Km程度の領域がずれていることが想定される。この地域では,1933年8月に今回の震源の約100Km北方でM7.5の地震が発生し、地震の後に発生したダム決壊による被災も含めて9,000人以上の命が奪われている。

図4 USGSによる震度マップ
使用されている震度階は国内のものとは異なるメルカリ震度階で、震源断層付近ではX(破滅的)に達している。

現地で確認された逆断層

 12日の地震の発振機構は、北東―南西走向の逆断層であることを示している(図5)。この図はアメリカの研究機関が世界各地の地震計に記録された地震波の初動をもとに描かれた発震機構をステレオ投影(下半球投影)で示したもので、黒い領域が震源からの押しの波を、白い部分が震源に向かった引きの波を示す。言い換えれば、引きの方向に圧縮の力がかかって断層が動いたことを示す。また、この“ビーチボール”の縞模様を横から見たような今回の結果は、右横ずれ成分をわずかに伴う逆断層運動を示し、押しと引きの境界をなす2本の曲線(大円という)のうち,北東走向,北西傾斜の逆断層(図5の赤線)が動いたとすると、竜門山断層の姿勢と一致する。

図5 四川大地震の発振機構(メカニズム解)と逆断層の模式図。(USGSのGlobal CMTデータをもとに筆者作成)

 静岡大学の林 愛明(Lin Aiming)教授は,いち早く現地調査を行い、落差(鉛直方向のずれ)3m、実移動(面に沿ったずれ)が6mの地震断層を確認、図5の発震機構に示されていた通り、北東走向、北西約30° 傾斜をもつ龍門山衝上断層帯の逆断層が動いたことを5月17日早朝に第一報として日本活断層学会に伝えた。ちなみにこの断層のずれ(D-6m)を松田(1975)による経験式 Log D=0.6M-4.0からマグニチュードに換算するとM=8となる。

 このような西北西―東南東の圧縮方向をもつ逆断層運動は、近年相次いで発生した国内の新潟県中越地震や中越沖地震とも類似するが、その発生の地質学的背景は異なったものである。それでは、なぜこの地域に逆断層が生じたのであろうか。

 世界の屋根といわれているヒマラヤ山脈とその北方のチベット高原は、いまからおよそ5千万年前にインド-オーストラリアプレートに存在するインド亜大陸がユーラシアプレートに対して衝突し、大陸地殻が重なったために、70 Kmという極めて厚い地殻を形成した。南から年間5cmのスピードで北へ向かってぐいぐい押されているチベット高原の東端部の四川盆地境界部では北西―南東に近い圧縮場となっており(図6)、その歪みを解消するために逆断層(図の黄色い太線)の運動が生じたのが今回の地震と考えられている。今後の調査が進むにつれ、地表に現れた地震断層の実体がさらに明確になるであろう。

図6 インド亜大陸の衝突に伴って、チベット高原に作用している圧縮方向。
He and Tsukasa(2003) をもとに加筆(東大地震研究所のHP:http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/topics/china2008/より)。黄色の線が龍門山衝上断層帯、その南の緑色の線は多くの大地震が発生している康定(Kangding)断層帯。

活断層の履歴調査で地震被害軽減を

 世界のおよそ1割の地震が集中するわが国では、このような大陸どうしの衝突域はないので、四川大地震の場合と同様の地質学的背景で発生する地震はない。しかしながら、日本列島には活断層は多数存在し、とくに最近は上にも述べたように日本海側で逆断層運動に伴う大きな被害をもたらした活断層の存在が知られている。そのほか、たとえば、神縄・国府津―松田断層帯や富士川河口断層帯、伊那谷断層帯などは逆断層型であり、A級にランクされる活発な活断層を含む(図7)。これらの活断層は、いまからおよそ1,500万年前から現在まで継続している本州弧に対する伊豆―小笠原弧の北西方向の衝突(図7の青矢印)に対して、扇型に開く方向に圧縮力(赤矢印)がかかり、逆断層が形成したものと考えられる。このような活断層の過去の活動の履歴を充分に調べ、今後の内陸地震の発生の予測と地震災害の軽減に、それを活かすことが必要とされている。

図7 伊豆―小笠原弧の衝突現場と逆断層運動をもつ主な活断層(地質調査所、1982、活断層分布図に加筆)

高木 秀雄(たかぎ・ひでお)/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

【略歴】

千葉大学理学部地学科1978年3月卒。名古屋大学大学院理学研究科博士前期課程1980年3月修了。理学博士(1986年名古屋大)。1982年4月より早稲田大学教育学部地学専修助手を経て現在に至る。

【主著】

基礎地球科学 朝倉書店 分担執筆 2002年10月
地球環境システム(第2章 地震と活断層)学文社 分担執筆 2004年3月
フィールドジオロジー7 「変成・変形作用」共立出版 編集・分担執筆 2004年5月
地球・環境・資源―地球と人類の共生をめざして 共立出版 編集・分担執筆 2008年9月(予定)
など