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大場 一郎(おおば・いちろう) 早稲田大学理工学術院教授 略歴はこちらから

LHC, それは人類未踏の領域への第一歩

大場 一郎/早稲田大学理工学術院教授
寄田 浩平/早稲田大学理工学術院准教授

 2008年9月、世界中の高エネルギー物理学者たちが14年超の年月をかけて作り上げてきた夢のマシーン、LHC(Large Hadron Collider、大型ハドロン衝突器)がついに動き始めました。ジュネーブ近郊、スイスとフランスの国境に跨って位置するCERN(ヨーロッパ原子核共同研究所)における円周27Kmの地下100mのトンネル内で光速の99.9999991%まで加速された陽子同士が正面衝突する。宇宙創生直後、およそ0.000000000001秒後の宇宙の状態を人工的に再現するという、SFのような話が今現実に起ころうとしています。

LHCで一体、何がわかるのか?

宇宙の歴史の模式図

 この疑問に答えるには、逆に「いま、人類は何がわかっていないのか?」という問いから始めるのが近道です。素粒子物理学は、物質の根源を探る科学であり、また根源を理解することが宇宙創生に対する疑問への答えに直接つながっています。一見すると既に「標準模型」で未解決なことはないのではという印象をもたれているかもしれません。しかし、実のところ、それは様々な実験検証に耐え抜き素粒子の振る舞いを見事に説明してきた有効理論にすぎません。残念なことに「粒子の質量がどのような機構でいつ生成されたか」という単純な疑問にきちんと答えられないのが現状です。

 それを説明するため、標準模型の枠組みはヒッグス粒子という未知の粒子の存在を要求します。その粒子を発見することがLHCの第一目的であり、はじめの一歩です。しかも、標準模型がこのエネルギー領域で正しいのなら、必ずLHCで見つかるはずなのです。それに限らず、LHCはさらに奥深く、興味深いストリーを用意しています。例えば、宇宙の23%を占めるといわれる暗黒物質の一つの候補になりうる粒子、超対称性粒子(SUSY:スージー)の発見や余剰次元に関わる新奇現象などの現れることが期待され、世界中の多くの人々が注目しています。

理論先行型から実験検証への再ステップ

ATLAS実験の検出器
内部の検出器はまだ入っていない状態
(人が真ん中に小さく見える)

 今年度のノーベル物理学賞は、南部陽一郎氏、益川敏英氏、小林誠氏の3名の理論物理学者の同時受賞という日本人の誇りともいうべき快挙が成し遂げられました。彼らの偉業は現在の素粒子物理学の基礎体系を形作る上で重要な貢献をしたことなのは勿論ですが、これまでの様々な素粒子「実験」構想の方向性を議論する上でも重要な役割を担ってきたのです。一方で彼ら自身も実験結果を説明すべく必死に研究を築き上げてきました。理論と実験が相互に刺激し合い、膨大な努力の積み重ねの中で人類に新しい英知を与えてくれた代表的な例といえます。しかし、近年の素粒子物理学では理論が先行し、実験的検証がとても追いつかないエネルギーレベルでの議論が展開されることが多くなってきています。理由のひとつは実験で生成できるエネルギーに限界があることでした。そこに登場したのが、このLHCなのです。何千、何万人もの技術者、実験物理学者の努力、また国際的共同研究によって、ついに人類未踏のエネルギー領域、14TeVという世界を実験的に検証できるのです。その意味で、LHC実験は古き良き時代、実験と理論の共存共栄で議論されてきた素粒子物理学の再幕開けになることが十分に期待できます。

現状と展望

9月10日のビームの際、ATLAS検出器の反応模式図

 9月10日、初めてLHCのリング中で陽子を周回させることに成功しました。その後、電気系統のトラブルでヘリウムが漏れ出すという事故が起き、予定よりも2ヶ月遅れるとの発表ですが、こういったことは大規模実験ではよくあることで、深刻に心配するには及びません。実際、初めての試行で陽子を片方向だけでも周回させることに成功した事実をとってみても、技術力の高さ、加速器を担当している人々と物理学者の血の滲む様な努力が伺えます。来春には最高エネルギーの14TeVに達し、素粒子の新しい時代の幕開けがあることに疑う余地はありません。ただ、正直な話、LHCで何が発見されるか誰もわからないのです。新現象の発見がある、あるいは期待されたものは何も見つからないとしても、新たな謎が浮上し素粒子物理学の様相を変え、素粒子物理学のみならず隣接の科学領域に影響を与えるのは間違いありません。まさに革命前夜の様相なのです。

9月10日のビームの際、コントロールルームでの喝采

 ここで、日本グループの貢献についてもふれておきます。日本からは現在、高エネルギー加速器研究機構、東京大学国際素粒子センターなどを筆頭に15機関、約100名の研究者が日々寝る間を惜しんで研究しています。LHCのみならず、ATLAS実験グループ(衝突点に置かれた検出装置の国際研究グループ)に対する日本の貢献は計り知れません。理論のみならず、実験でも日本人が世界をリードしており、大変心強い次第です。早稲田大学の実験グループとしても、こういった国際的大規模実験の一員として、今後意義ある物理学が展開できるように努力していきたいと思います。まずは、国際的に貢献できることを証明し、そこに留まることなく、さらなる真理の知的探求に邁進するよう大いに意欲を燃やしています。LHC実験にはこれまで誰も予想しなかった宇宙を支配する深遠な物理法則を発見する可能性が大いにあります。新たな発見は新たな謎を生みます。その深遠な世界は、いつの時代も人類の知的好奇心と絶え間ない努力が続くかぎり無限に広がっているのです。

参考URL

http://public.web.cern.ch/Public/
http://atlas.ch/
http://atlas.kek.jp/

大場 一郎(おおば・いちろう)/早稲田大学理工学術院教授
寄田 浩平(よりた・こうへい)/早稲田大学理工学術院准教授

【略歴】(大場 一郎)

専門分野 素粒子理論、量子力学基礎論
1968年 早稲田大学大学院理工学研究科修了、理学博士(早大)
1967年 早稲田大学理工学部物理学科助手
1970年 早稲田大学理工学部物理学科専任講師
1972年 早稲田大学理工学部物理学科助教授
1977年 早稲田大学理工学部物理学科教授
2007年 早稲田大学理工学術院先進理工学部物理学科教授

この間、フェルミ研究所客員研究員、モスクワ大学交換教授、早大各務記念材料技術研究所長、大学院理工学研究科委員長(科長)をつとめる。
主要著書に物理学最前線16「小林-益川理論」(共立出版)、「散乱の量子力学」(岩波書店)など。

寄田浩平准教授の顔写真ならびに略歴は本人希望により省略