早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > オピニオン > サイエンス

オピニオン

▼サイエンス

天野 正博(あまの・まさひろ) 早稲田大学人間科学学術院教授 略歴はこちらから

地球温暖化……危機感のない国民
研究者は世代間不公平を解消できるか

天野 正博/早稲田大学人間科学学術院教授

京都議定書削減目標への取り組み

 日本は2008年4月より京都議定書第一約束期間に入り、2012年度までの年平均での温室効果ガス排出量を1990年のそれよりも6%削減することが、義務づけられている。しかし、2007年の環境省速報値では1990年比で8.7%増加しており、我が国が削減目標を達成するためには、現在より15%近く排出量を削減する必要がある。だが、その具体的な見通しはたっていない。これは、削減に向けた強力なリーダーシップを発揮しようという主体がないこともあるが、メディアが騒ぐ割には国民に危機感が共有されず、個々の企業や市民が実際に温暖化対策に積極的に取り組もうとしていないことも大きく影響している。

地球温暖化という環境問題の持つ特性

 なぜ、温暖化に対する危機感を共有することが難しいのだろう。かつての公害問題は、実際に大気汚染、水質汚染といった事態を目の当たりにしたことから、国民は政府、自治体が強い規制を含む対策を講ずることに抵抗なかった。被害を具体的に認識できる兵庫や新潟の震災に対しても大型の復旧予算を組むことができた。一方、地球温暖化はどうだろう。確かに兆候は台風の大型化、降雪量の減少、氷河の衰退など様々な気候・気象現象として現れてはいる。ただ、地球温暖化により大きな被害を受けるのは、50年、100年先の世代である。それに対し、地球温暖化の加害者は全球規模に広がる不特定多数の現在の世代であり、個々の責任の度合いの特定は困難である。温暖化による被害者も加害者と同様に不特定で、かつ目の前に存在しない将来の世代である。このため、地球温暖化問題の被害者は加害者に異議を唱える機会を持たないのが、地球温暖化の大きな特性である。つまり、現在の世代が将来の世代の被る影響を自主的に取り除こうとしない限り、温暖化問題は解決しない。このため、温暖化問題については世代間の公平性という「持続可能な開発」がもつ概念のもとで考える必要がある。

地球温暖化問題で果たしてきた気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の役割

 1980年代に地球温暖化が将来、重要な問題になると警鐘を鳴らしたのは被害者でも政府でもなく研究者である。いったん地球システムが温暖化に向けて動き出すと人類の力で元に戻すことは難しく、将来世代は地球温暖化の影響により苦しめられると、研究者が政策決定者に訴えた。産業革命後の温室効果ガスの急激な増加は熱帯林減少やそれに続く砂漠化のように視覚的に認識できず、その影響は我々ではなく将来の世代が被るということから、多くの政策決定者は直ちに対策をとることに懐疑的であった。そこで、温暖化分野の研究者にとって国際政治にどのようなインパクトを与えることができるかが、重要な研究目的となった。そして、1988年に国連環境計画(UNEP)、国際気象機関(WMO)が中心となってIPCCが設立され、温暖化分野の研究者が組織化された。その後、IPCCは1992年に合意された気候変動枠組み条約(UNFCCC)に取り込まれ、条約の交渉担当者のためのシンクタンクとして機能するようになった。そして、政策決定者に警告を与えるための地球温暖化の影響に関する研究だけでなく、取るべき温暖化対策についても政策決定者に提案するようになり、UNFCCCの議論に大きな影響力を行使するようになった。こうして、地球温暖化は研究者が主導して世界全体で取り組む国際的な問題となったことから、2007年にその功績によりIPCCはノーベル平和賞を受賞した。組織としての受賞であったことから、IPCCはその活動に貢献した世界各国の研究者を筆者も含めて表彰している。

研究者が情報を発信する意義

(1)世代を越える問題を予測する

 先に述べたように、50年あるいは100年先の温暖化問題を避けるために現在どのような対策を講じる必要があるかを論じる必要があり、科学的な予測手法が不可欠である。米国のブッシュ前大統領は十分な科学的根拠がない地球温暖化対策のために、自国の経済活動を規制することに強い懸念をもつとともに、将来世代が技術力で解決できるという見通しを立て、温室効果ガスの削減目標を定めた京都議定書からの離脱を就任早々に決めた。この決定は温暖化分野の研究者を大いに刺激し、その後の5年ほどで温暖化予測の研究は格段に進んだ。結果的にブッシュ政権も地球温暖化の脅威を認め、長期的な視点での温室効果ガス削減目標の設定には反対しなくなった。

(2)科学的評価に基づいた交渉の方向付け

 一般に国際交渉では各国がそれぞれの利害を背景に、如何に自国に有利な合意を勝ち取るかが最大の関心事であり、京都議定書もその例外ではない。温室効果ガスの排出は経済活動と密接な関係があるため、京都議定書約束期間のような短期的な取り決めでは経済的なインセンティブを温暖化対策のルールを組み込むことになる。そのため、ときには経済的な利害が国際間で対立することがあり、議定書が自国にとって不利と考える国が米国のように国際交渉に背を向けかねない。そこで、IPCCからは地球温暖化の現状報告、将来予測そしてとるべき対策の提案、交渉でもつれた事項のたたき台といった情報が絶えず発信され、科学的知見に基づいて交渉が前進することを促してきている。

今後、IPCCに求められること

 先に述べたように地球温暖化問題は地球システムの応答速度に合わせ、50年100年という長期的な視野で論ずる必要があり、長期的な目標は経済的利害を切り離しての議論が可能である。このことから2008年夏の洞爺湖サミットでも長期的な削減目標として2050年には排出量を半減させることは、強い反対もなく合意できた。現在は京都議定書第1約束期間と長期目標をつなぐ2020年を念頭に置いた中期目標が交渉課題になっている。5年程度であれば現在の経済の枠組みの中で議論できるが、それより長くなると技術革新、ライフスタイルの変化、途上国の経済発展の進み具合など様々な不確定要因が重なり、政策判断が難しい。このため、今後の交渉には政策決定者を支援するための将来予測を核とした温暖化研究の推進がより強く求められている。

天野 正博(あまの・まさひろ)/早稲田大学人間科学学術院教授

【略歴】

1972年名古屋大学農学研究科修士課程修了、森林総合研究所において森林資源管理、林産物の長期予測に関する研究に従事、1980年代より熱帯林減少問題も携わるようになり、JICAの専門家として多くの森林保全プロジェクトに参加、1980年代後半より地球温暖化と森林の関係についての研究も行っている。2003年より現職。

【最近の著書・論文】

天野正博、京都議定書の森林吸収の扱いを巡る科学的考察、環境情報科学、37-1、9-14(2008)
Amano, Masahiro、Expectation of LiDAR on Forest Measurement in Kyoto Protocol、Journal of Forest Planning、Vol. 13、275-278(2008)

天野正博、森林科学、文永堂出版、250-263 著書(2007)
Amano, Masahiro, Roger Sedjo,Forest Sequestration:Performance in Selected Countries in the Kyoto Period and the Potential Role of Sequestration in Post-Kyoto Agreements, An RFF Report、 Resources for the Future,1-58,2006