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大師堂 経明(だいしどう・つねあき)早稲田大学教育・総合科学学術院教授 略歴はこちらから

日食とサロス周期

大師堂 経明/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

 日食が近い。梅雨明けが出され、皆既日食が見られるトカラヤ列島や小笠原沖の天気が良いことを願うばかりである。私が中学生の頃東京で、大きく太陽の欠ける部分食があった。八丈島では金環食だった。先生も学校も今よりずっと自由であり、土曜であったため、学校によっては早く家に帰って観察しなさいという特別サービスがあった。

 太陽の欠け始めは、それ以前に見た部分食と変わらず何ということはない。
皆ガラスをロウソクの炎にかざしてすすを付け、「欠けてきたぞ」などとおしゃべりをしながら太陽を見ていた。

 しかし太陽がさらに大きく欠けてくると、空の色がどんどん変化する。冷たい風が吹き始め、異様な雰囲気になる。そのまま本当の皆既日食に突入すれば、劇的な場面になったであろうが、それでも80%近く欠ける大規模な部分食を十分堪能した。

 私は皆既日食はまだ見たことがないが、伝え聞くところでは部分食と金環食は衝撃度で100倍、金環食と皆既日食ではさらに100倍だとか。バッハの「マタイ受難曲」やヘロドトスの「歴史」をはじめ、皆既日食の衝撃は数多くの作品に描かれている。

 ヘロドトスの「歴史」には、ギリシアの賢人タレスによる日食の予言の記述がある。紀元前612年にアッシリア帝国が滅ぼされた後、メディアとリュディアが戦った。6年目の前585年、戦のさ中に日食が起こり、それをきっかけに和平となった。
タレスは、その日食をイオニアの人々に予言していた。タレスはバビロニア人の把握していた日食のサロス周期を知っていたという説や、いや朔望月と交点月の整数倍が一致する最小の年月(最小公倍数)を計算したという説などがある。

 2千数百年も前に日食の予言が何故できたかを、この機会に考えてみよう。タレスの祖先はフェニキア人で、貿易を通じて各地の情報をいち早く知ることができたらしい。タレスはバビロニアの天文学と数学、それにエジプトの幾何学を学んだ。星空を見つめて井戸に落ちて召使に笑われた逸話もある。金儲けに哲学は役に立たないと言われてオリーブ油の搾り機を買い占めて大もうけをして「哲学者に金儲けはたやすい」ことを示した後、「哲学者は金儲けに関心はない」と言ったなどの伝えもある。金融デリバティブの数学的基礎に使われた確率過程論で有名な伊藤清博士が、普通預金しかしなかったという話を思い出す。

 日食の予言は古代の権力者に必要だったのだろう。日食が約18年の周期で起きるというサロス周期は、アッシリアの時代には知られていたという。

 小学生のときに日食や月食について教科書に説明があったが、地球と太陽の間に月が入り太陽を隠すのが日食であるという説明がある一方で、月の満ち欠けの説明では同じ状態の図について、新月で月は見えないとあった。図を見ると、日食が毎月起こるはずのように思えて、疑問のまま何年かが過ぎた。疑問が解けたのは、高校に入って地学の時間に小島先生がサロス周期の話をして下さったときである。先生の説明は明快だった。

 「球の中心を通る平面で球を切った切り口を、大円と呼ぶ。例えば地球の赤道は大円である。その赤道を延長して、仮想的な天球面と交わる大円を考える。これが天の赤道である。地球は太陽の周りを廻るが、地球から見ると太陽は天球面上の星座の中を1年をかけて移動する。それも大円であり、黄道と呼ぶ。地軸が23.4度傾いているので黄道と天の赤道も23.4度傾斜している。黄道は地球が太陽を廻る軌道面を延長し天球を切るときにできる大円でもある。

 さて月は地球の周りを廻る。その軌道面は地球が太陽を廻る軌道面に対し、約5度傾斜している。地軸の傾き23.4度より大分小さいが、月の見かけの広がり(角度にして0.5度)の10倍もある。だから月が天球面上で太陽に近づいても、大概は日食にならないですれ違う。月の軌道面を天球面上に延長してできる大円にも名称があり白道という。白道と黄道は5度傾いていることはもう分かるだろう。

図)太陽、地球、月、の関係
月の軌道面は地球の軌道面に対して約5度傾いている。右の状態では、新月にもかかわらず日食にはならない。中央の状態で新月なら日食となるが、三日月だったり半月だったりすれば日食とはならない。

 ところで冬の月は高く昇り、青く寒々としている。何故だろう。地軸の傾きのために太陽の高度は冬に低いね。冬の太陽は天球面上で天の赤道より南にある。しかし月を見るのは通常夜だろう。月は太陽の反対側にあるから高度は高くなる。

 これで新月が必ずしも日食にならない理由が分かる。日食が起きるためには、太陽と月が同時に黄道と白道の交点付近にいなければならない。

 しかし月の軌道面は、コマのみそすり運動のようにゆっくりずれていく。そのためにこの交点は、天球面上を18.61年で1周する。地球の軌道面の移動周期(才差)の2万6千年よりずっと速い。このため1交点月と呼ばれる月が黄道を切る周期は、27.2122日であり、また太陽が白道を切る周期(1食年)は346.62日で1年よりやや短い。

 一方、新月から次の新月までの周期(1朔望月、29.5306日)は1交点月より長い。日食の条件は、交点近くでかつ新月となることだから、日食から次の日食までの期間は、1食年と1朔望月の最少公倍数になる。これがサロス周期であり、19食年=223朔望月がほぼ成り立つ。その値は18年+11.33日である。小数点以下は1日の1/3であるからサロス周期の日食は地球上で120度ずれた経度で起こる。同じ場所で起こるのは、この3倍の54年+34日になる。」

 このようなきちんとした説明を受け、長年の疑問がとけた。サロス周期は、場所や欠け具合が同じ条件の日食を予言し、いくつもの系列がある。今回の日食と八丈島の金環食は別の系列に属する。

 先生はこの他に、潮汐の原因やフーコー振り子の振動面の回転が何故緯度に依存するかを教えて下さった。それぞれ深い理由が示され、クラスは深い感動につつまれた。それにしても地動説が確立していないバビロニアの時代に、観測と数値計算だけでこのような高い精度の日食の予測がなされていたのは、驚きである。

 ピタゴラスの定理はバビロニアの時代にすでに知られていた。私が担当する物理学実験の授業で最小二乗法の話をしたときに、楔形文字の資料を受講生と見ながら、2千年以上昔の英知に思いを馳せた。量子力学を基礎づけるヒルベルト空間の起源もバビロニアにあったのである。

 8月1日(土)-8月3日(月)のオープンキャンパスでは、受講生が実験やポスターで勉強の成果を発表し、またバビロニアの数学や天文学の文献も紹介します。沢山の質問を発表者にしてください。
http://www.astro.phys.waseda.ac.jp/index.html

参考文献

ヘロドトス「歴史」, 松平 千秋 訳, 岩波文庫(1971)
初期ギリシア自然哲学者断片集, 日下部 吉信 編 ちくま学芸文庫(2004)
ファン・デル・ヴェルデン「数学の黎明」,村田全 佐藤勝造 訳 みすず書房(1984)
A.ウンゼルト, 「現代天文学」, 小平 桂一  訳  岩波書店(1978)

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大師堂 経明(だいしどう・つねあき)/早稲田大学教育・総合科学学術院教授