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中村 理(なかむら・おさむ)早稲田大学政治経済学術院助教 略歴はこちらから

社会は基礎科学を共有できるか
~天文学の成果に考える

中村 理/早稲田大学政治経済学術院助教

地球に似た惑星の発見

 2010年10月1日の朝、ある刺激的なニュースがいくつかの新聞紙面にあらわれた。それは、グリーゼ581と呼ばれる恒星のまわりに、地球に最もよく似た惑星が見つかったというものだった。グリーゼ581は太陽と同じように自ら光る恒星の1つである。地球からは光で20年の距離にあり、私たちのご近所さんだ。実は、太陽以外の恒星のまわりに惑星が見つかったのは、これが初めてではない。だが、最初に見つかったのが今からわずか15年ほど前だったというのに、その数は既に400を越えた。発見する技術が確立したことで、夜空に輝く近隣の恒星にも、地球や木星のような惑星が急速に見つかりだしたのである。では、中には地球のように生命を宿した惑星もあるのだろうか? 今回見つかった惑星は、その可能性を秘めた最適な候補なのだ。宇宙におけるほかの生命をめぐる議論は、根拠のない想像から、こうして少しずつ、実証科学の手に収まりつつある。

人類の世界観はいかに変わったか?

 天文学がもたらす成果の例は、枚挙にいとまがない。2006年に冥王星が惑星から準惑星になったのもそうだ。世間はこれを降格という悲観的な言葉でとらえた。しかし、それは事実の断片でしかない。当時、冥王星の付近には1000を超える新天体が、たった15年ほどの間に見つかっていた。冥王星はそうした天体を代表する1つだったのだ。これが、冥王星を新たなカテゴリーに組み入れようという発端である。メディアはこの事実をほとんど伝えなかったが、冥王星の一件は、人類が太陽系の外縁を大きく切り開くことに成功し、新しい時代に突入したことを意味していたのである。2003年にはWMAPという探査機が宇宙の果てからやってくる放射を精度よく測り、宇宙の年齢が135億年から139億年ほどであると解き明かした。同時に、宇宙にはダークエネルギーというものが満ちていて、それが宇宙の膨張を加速させていることも分かった。

 私たちがどのような世界に住んでいるのかという認識は、このように刻々と報じられる成果によって急速に更新されてきた。そもそも、冥王星が見つかったのも、宇宙が膨張しているらしいと分かったのも、今から100年と昔のことでない。この間、人類は自分たちの住む銀河系の広がりを知り、その外に同じような銀河が点在していることを知り、その宇宙は膨張していることを知った。また、ロケットを打ち上げて外から見た地球の姿を知り、月の裏側が超能力者の念写と異なることを知り、火星に運河がないことを知った。その結果、人類は今、100年前には想像すらできなかったほど劇的な世界観を手に入れている。私たちはどこから来たのか、何者か、どこへ行くのか? これは19世紀の終わりにゴーギャンが自身の作品に残した言葉だった。この哲学的な問いに、実証科学の視点から答えようというのが、現代の天文学なのである。これは基礎科学に広く内包された目的だと言える。

基礎科学は誰のためのものか?

 私たち天文学者は、こうした成果を積極的に社会へ公開してきたつもりである。しかし、それでも社会との交わりは十分ではなかったようだ。天文学者に限らず、科学者の多くは、自分たちの生む知を自分たちだけで共有するシステムを作り上げてきた。そして、自分たちのおもしろいと思うものを研究してきた。今日の科学界は、これが社会との隔絶を生んだという反省を持っている。1999年、ブダペストでユネスコと国際学術連合会議の主催する会が開かれ、21世紀のための科学が話し合われた。そして、従来の「知識のための科学」に加えて、「平和のための科学」、「開発のための科学」、「社会における社会のための科学」を責務とすることが宣言された。ある意味、当たり前とも言えるこの宣言によって、科学者は今、戸惑いながらも社会を強く意識しはじめている。科学と社会が交流し、相互に変化を促すことを科学コミュニケーションという。科学コミュニケーションをどのように進めるのかが、今後の科学界の重要な課題に掲げられたのである。天文学のような基礎科学ですら、その例外ではない。

 1つの鍵になるのは、科学者が社会の要望を受け止める仕組みを整備することだろう。上述したように、天文学は人類の世界観を大きく変えることに貢献してきた。研究広報にも早くから熱心だった。だが、これらは天文学者から社会への働きかけが中心である。科学コミュニケーションに重要なのは、もう1つある。逆の視点だ。つまり、社会は天文学者に何を求めるのか、という問いである。基礎科学だからと言って、この点を諦めることはない。メディアが冥王星の一件を降格だと捉えたり、事業仕分けの対象となる計画が生じたり、基幹研究がパブリックコメントをあおぐのは、そのあらわれである。科学者はこういった社会の要望を受け止める仕組みを、まだ多くは持っていない。だから、これからの科学者は研究をするだけでなく、社会とコミュニケーションをとる経路を整備することが重要だ。基礎科学のように直接経済の役に立たないものを社会の中に埋め込むことは難しい。それでも、基礎科学は誰のためのものかと問うと、科学者だけのものでないことはもはや確実である。科学者は迷いつつも、社会が基礎科学を共有する術を模索しなければならないのである。

中村 理 (なかむら・おさむ)/早稲田大学政治経済学術院助教

略歴
1970年生まれ。1993年京都大学理学部卒業。2001年東京大学理学系研究科博士課程天文学専攻修了。博士(理学)。2001年東京大学宇宙線研究所CoE研究員。2003年ノッティンガム大学研究員。2005年早稲田大学大学院政治学研究科科学技術ジャーナリスト養成プログラム客員研究助手(専任扱い)。2007年同客員講師(専任扱い)。2010年より現職。専門は天文学・科学コミュニケーション。

主な著書・論文
「最新天文百科 ――宇宙・惑星・生命をつなぐサイエンス」(分担翻訳、丸善株式会社、2010年) 「アメリカの大学における科学技術コミュニケーター養成カリキュラムの分析」(単著、日本科学教育学会第33回年会論文集p.317、2009)“The Tully-Fisher relation of intermediate redshift field and cluster galaxies from Subaru spectroscopy”(共著、Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 366 p.144、2006)