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柴田 高範(しばた・たかのり)早稲田大学理工学術院教授 略歴はこちらから

「セレンディピティ」をつかみ取れ!
-ノーベル賞につながる好奇心と広い視野-

柴田 高範/早稲田大学理工学術院教授

 2010年のノーベル化学賞に、リチャード・ヘック・米デラウェア大学名誉教授、根岸英一・米パデュー大学特別教授、鈴木章・北海道大学名誉教授の3氏が、「有機合成におけるパラジウム触媒によるクロスカップリング」の開発に対する業績で選ばれた。日本人に関して言えば、ノーベル賞受賞者は計18名に達し、その中で自然科学系の受賞者は15名、特に最近10年間では9名の受賞ラッシュであり、「科学立国日本」の面目躍如と言える。

 「我々の現代生活を支えているのは、有機化合物である」と言っても過言ではない。携帯電話やテレビに使用される液晶、人類を飢饉から救い、食料の安定供給をもたらしている農薬、そして我々の命を繋ぐ医薬品に至るまで、それらを構成するのは、炭素を中心とする骨格をもつ有機化合物である。したがって、キャンパスに思い描いた絵を描くように、自由自在に望みの構造を持つ新しい有機化合物が簡単に作れれば、我々の生活がさらに豊かになる可能性があると言える。このような背景を念頭に、根岸氏、鈴木氏の業績を中心に紹介する。

 有機化合物の最初の原料は主に石油であり、炭素と水素のみから成る炭化水素化合物である。しかしながら、炭化水素化合物は一般的に非常に安定で反応性に乏しく、それらを直接反応させることはできない。そこで、それらの反応性を増加させ、反応し易くするために、根岸氏は亜鉛やアルミニウム、鈴木氏はホウ素を炭化水素化合物に結合させた。そして、反応させる相手である炭化水素化合物には、臭素やヨウ素などを結合させた。さらにそれらの反応を仲介するパラジウムを加えることにより、亜鉛、アルミニウム、ホウ素を結合させた炭素と、臭素やヨウ素を結合させた炭素の間に結合が作られる。ただし、亜鉛やアルミニウムを結合させた有機化合物は、水や酸素に対して不安定であるため、反応を行う際には水や空気を除去した特殊な装置が必要である。

 一方ホウ素は、それ自体が地球上に比較的豊富な元素であり、しかもホウ素を結合させた有機化合物は安定であるため、反応は水中でも進行する。したがって、原料が安価に供給可能で、しかも簡便な装置でも反応を行える点で「鈴木カップリング」は実用性に優れており、血圧降下剤であるバルサルタンや、殺菌剤のボスカリドなどの大量生産に使用されている。なお、パラジウムは貴金属であり値段が高いが、繰り返し2つの化合物の反応を仲介する「触媒」として機能するため、反応する有機化合物に対してほんの僅か(分子の数として100~1000分の1程度)加えるだけで良い。さらにクロスカップリングの特徴は、「ホウ素により適度に反応性を増加させた有機化合物を、パラジウムの力を借りて反応させる」ことである。パラジウムの力を借りなくても反応するように十分に反応性を上げると、無秩序に望みではない反応まで進行してしまう。つまりホウ素とパラジウムの絶妙な組み合わせにより、望みの炭素と炭素を選択的に繋ぐことができるわけである

 上記のように「クロスカップリング」は、炭素と炭素の結合を作る理想的な方法である。実はこの分野は、1970年前後に多くの日本人有機化学者が大活躍したまさに「お家芸」である。例えば、パラジウム触媒を利用した「辻-トロスト反応」、ニッケル触媒を利用した「熊田-玉尾-コリュウーカップリング」など枚挙に暇がない。何よりも、今回ノーベル賞を受賞したヘック氏の発表の1年前に、同様のカップリングが、東工大・故溝呂木先生により発表されていたことは、日本人として記憶に留めるべきである。

 我々有機化学者は、日々そして昼夜を問わず実験をしている。昔の怪しげな錬金術師のように、適当な薬品を適当に混ぜているのではなく、多くの理論的な裏付けを元に、英知と創意を結集させて新しい反応を想定し、フラスコの中で試薬を混ぜる。自分が描いた反応が予想通りに進んだ場合、自分のアイデアの良さを再認識し喜びに浸るが、それよりも嬉しいのは、予想だにしなかった反応に出逢うことである。2000年ノーベル賞受賞の白川氏、2002年の田中氏に引き続き、今回鈴木氏も「セレンディピティ(Serendipity)」という言葉を使われた。「思わぬ発見」を活かすには、実験において「予想と異なる、あるいはいつもと違うことが起きていると気付く」、そしてそれが「失敗実験」ではなく、「世紀の大発見に繋がる芽であることを見抜く」ことが必要である。そのためには、自分の研究に興味を持ち、最大限の注意力を持って実験に臨み、さらに自分の専門分野のみならず、常に広い視野で研究に取り組むことが重要である。「セレンディピティ」との出逢いを逃さないためには、フランス人科学者パスツールの名言「チャンスは準備ができているものに訪れる(Chance favors the prepared mind)」を肝に銘じたい。

 最後に、今回の受賞対象の業績はいずれも30年以上前の成果であり、昔大いに競い、頑張った先人達を称える賞と言える。だからこそ、今回の受賞により化学・物理などの基礎的な学問の重要性が再認識され、多くの優秀な若者がサイエンスに傾倒し、また30年後に受賞ラッシュに日本が沸くことを切に望みたい。

柴田 高範(しばた・たかのり)/早稲田大学理工学術院教授

略歴

1966年生まれ
1989年 東京大学理学部卒業
1994年 東京大学大学院理学系研究科博士課程修了 博士(理学)取得
1994年 北里大学理学部 助手
1995年 東京理科大学理学部 助手
1999年 岡山大学理学部 助教授
2001年 Harvard大学(E.J.Corey 教授)博士研究員
2003年 早稲田大学理工学部 助教授
2004年 早稲田大学理工学術院 助教授
2007年より現職

受賞歴等:2005年 有機合成化学協会 奨励賞