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森川 靖(もりかわ・やすし)早稲田大学人間科学学術院教授 略歴はこちらから

生物多様性の保全と修復

森川 靖/早稲田大学人間科学学術院教授

生物多様性の保全に心の多様性保全を

 生物の多様性保全の意味は簡単に言えば「大切な生物を守りましょう」ということであろう。しかし生物の多様性保全の意義の説明となると難しい。例えば熱帯のマラリア媒介昆虫:ハマダラカや沖縄のハブまで大事にするのかという問題があり、そこにはどうしても人間側のエゴイズムが存在する。この生物の多様性保全の中身は大きな意味では景観保全や生態系保全であり、小さな意味では種の保全と遺伝子の保全である。この種あるいは遺伝子の保全は、将来人間の役に立つかもしれない遺伝子を残すという目的も含まれている。したがって、生物多様性の保全は人間から考えてどう守るかということになる。

 では、生物多様性を守ろうとする人間はどうであろうか。生物多様性の保全に「人の心の多様性の保全」を加えるべきである、というのが私の主張である。例えば幼稚園の子供に苺がいつ取れるのかを聞いたら、ショートケーキを思い浮かべて、クリスマスの12月あるいはいつでもと答える子供が多いであろう。トマト、キュウリなどの野菜も同様で、いつでも手にいれることができる。このことは食に対する季節感、あるいは感動をなくしている。極端なことを言えば、日本国中でみんなが同じ物を食べている。ファーストフードやコンビニエンスストアの発達はこうした食に対する感動を喪失させている。

 地域に根ざした食物文化が徐々に消えていき、地域差がなくなることによって私たちの心の多様性が失われてくと思われる。この心の多様性の消失が結果として生物の多様性を消失させていくと考えられないだろうか。さらにいえば、人間社会・国際社会の健全な持続性を考えると、心の多様性保全がいかに重要かがみえてくる。

 多様であれば異質なものは存在しないが、多様性がなく、一様に近いほど異質なものを排除しようとする。問題となっている学校でのいじめもこのあたりに原因があるのではないだろうか。大事なことは、生物の多様性保全を謳うのであれば、私たち自身のこころの多様性も謳い上げるべきである。

衣食足りて礼節を知る……生物多様性の修復

 熱帯地域の森林消失は、大気中の二酸化炭素上昇と生物多様性の消失として地球的規模の環境問題となっている。では、熱帯地域の途上国で、生物の多様性保全はどのようにすれば良いのだろうか。熱帯林を焼畑移動耕作地に代え、換金作物も含めた食料生産は地域住民にとって、最低限の生活である。このような地域住民に、森林の生物多様性保全の視点から、生物種が豊かな熱帯林を守れ、が通じるであろうか。

 中国でわれわれが調査した結果、経済発展の著しい沿岸部の住民は、森林に森林の公益的機能(水土保全など)を期待しているが、内陸部の貧しい住民は、森林に木材生産を期待している、ということがわかった。直接的な現金収入ではない公益的機能より、現金収入をいかにあげるか、が貧しい住民にとって第一である。衣食の足りた住民は、森林の公益的機能(礼節)を知る、のである。

 では、過度の焼畑によって食料生産もままならない荒廃地を森林に戻す手立てはあるのだろうか。本誌、2008年12月に“地球にやさしい”……本当か? を投稿した。そこに、荒廃地の緑化の困難さと、成功の鍵を記述した。一言でいえば、地域住民の経常的な利益がなければ緑化は成功しない、ということである。

 私たちは株式会社ブリヂストンの研究資金協力から、インドネシアで“W-BRIDGEモデル:地域住民の収益を考慮した荒廃地緑化モデル”を実施した。この報告では、植栽から成林まで30年間の植栽方式と方式に対する地域住民の収益を提示した。すなわち、植栽後すぐに収益が上げられる油糧樹木(写真の低木)、植栽後2-3年で収益のあがる薪用樹木と葉が飼料となる樹木(写真の高木)、20-30年後に林業生産が可能な樹木(現在はまだ小さい)、これら樹木の混植による持続可能な森林再生を提案した。報告書は、日本語、英語、インドネシア語で閲覧可能である(http://www.w-bridge.jp/)。

 私たちは、さらに研究継続としてこのW-BRIDGEモデルを生物多様性修復に導入することを始めた。地域住民の経常的な利益を考慮した森林再生―生物多様性修復プロジェクトである。インドネシアの南カリマンタンには、残された天然に近い森林が島嶼上に存在する。そこで、こうした森林をつなげる「緑の回廊」づくりである(写真)。このプロジェクトサイトには、大学生などが訪れることから森林再生にかかわる実践的な環境教育の場としても意義があろう。

森川 靖(もりかわ・やすし)/早稲田大学人間科学学術院教授

【略歴】
1944年生まれ、1973年3月東京大学大学院農学研究科修了(農学博士)1973年4月農林省林業試験場・研究員、1991年農林水産省森林総合研究所・植物生態科長、1995年1月現職

【著書等】
森川靖、1997、森林衰退の原因、朝日百科・植物の世界、11巻254-256瀬戸昌之・森川靖・小沢徳太郎、1998、文科系のための環境論・入門、有斐閣アルマ、198頁森川靖、1999、樹木の生理生態、鈴木和夫編「樹木医学」、朝倉書店、83-109森川靖、2004、森林のCO2吸収源としての評価と問題点、環境資源工学、51巻4号、228-233