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三輪 敬之(みわ・よしゆき)早稲田大学理工学術院教授 略歴はこちらから

影メディアが拓く共創の舞台
-ジェノバ・サイエンスフェスティバル公演を終えて-

三輪 敬之/早稲田大学理工学術院教授

身体を通じて捉えられる「場の気づき」

 数年前に、私の研究室は「我われ」という共同体意識が創出される「場」を体験する機会に恵まれました。それは東洋英和女学院大学教授の西洋子さんの主宰によるインクルーシブダンスの現場においてです。インクルーシブダンスとは、障害の有無や年齢、性別、舞踊経験などにかかわらず、様々な活動者がからだや動きを通して共に創造・表現・交流を行う身体活動です。金子みすずの詩にある「みんなちがって、みんないい」という世界がここでは展開していきます。そして、場の働きが介在することで、「包まれつつ包み、包みつつ包まれる」ように表現の循環的創出が起こり、ストーリイが紡ぎだされていくのです。

 「場」を感じるためには身体そのものがセンサとして働く必要があります。しかし、現行のメディアや通信システムは、「場」の働きを取り込むことには成功していません。このことが、例えば、携帯電話にみられるように、個々人にとっての機能がますます強化されていく一方で、家族や友人とのつながりや、居場所感覚が薄れていくといったジレンマを生み出しています。この問題を工学技術的に解決するにはどうすればよいのでしょうか。これはコミュニカビリティ(つながりの可能性)を拡げるための技術を考えることにもなります。先のインクルーシブダンスでは、ダンスのスキルはさほど問題にされません。それよりも背景や価値観が異なる多様な人たちとつながりあうために自身の在り様を自分自身に問いかけ、表現の場において気づくことが求められます。「我」から「我われ」が生まれるためには、身体を通じて捉えられる「場の気づき」が必要になるのです。

影メディアとのインタラクション

 このような気づきによる表現の場の創出を技術的に支援するための方法として、私たちは「身体の影」を活用することにしました。具体的には、サーモカメラで取得した人物像に画像処理を施して影画像を生成し、これを様々に変容させることによって、自身の影とは形が異なる影(「影メディア」と呼称)をあたかも自身の影そのものであるかのように足元からスクリーンに向けて映し出します。すると、誰しもが自ずと身体を動かしはじめ、影メディアとのインタラクションが起こります。この時、意識するにせよ、しないにせよ、自身の身体感覚と自身の影である影メディアのあいだにズレが生じます。これにより、通常は自己の内部で感受される表現の照り返しが、自身の影による表現として外在化し、そのことによって、身体に明確な気づきが起きて、身体の感受性が増したりイメージの創出が促されたりすることを、私たちは発見したのです。別な見方をすれば、影メディアはこれまでの記号化されたメディアとは異なる、述語的・動詞的なメディアであり、主体(主語)を引き出すような「場の働き」があるといえましょう。このことは、幼稚園児の集まりを対象とした私たちの最近の研究において、影メディアを通じて心と心のつながりが生まれてくることからも確かめられています。

スリット・スクリーン型投影システム

 影メディアを使った身体パフォーマンスや体験型展示の依頼をジェノバ・サイエンスフェスティバル(※1)の主催者から受けとったのは今年の2月でした。この世界的にも有名なフェスティバルは、科学を通じたコミュニティづくりを基本的な精神としており、子供から高齢者まで誰もが参加し、科学者やアーティストと一緒になって州全体でひとつの場を創り上げていくことに特色があります。そこで私たちは、これまでの研究を一歩進め、影メディアと身体パフォーマンスの統合による共創の場づくりの可能性を会場となったボルサ宮殿の舞台で示すことに挑戦しました。演者らが織り成す身体表現によって生成される影メディア空間に観客(その多くはジェノバ市民)を巻き込み、会場全体をインクルーシブな場にすることを構想したのです。そのためには、演者らの身体表現による影メディアの舞台(場)が観客の存在による影響を受けるとともに、観客に舞台(場)のイメージを喚起させることによって、観客も舞台(場)に入って共に表現を創りあっていくことが重要となります。これらを実現するために考案したのが、影メディア空間を挟んで演者と観客が位置することができ、双方の通り抜けも可能なスリット・スクリーン型投影システムです(図1)。このシステムではスリットを抜けて床に映る影と帯状のスクリーンに映る影が別々に画像処理されることや、舞台側と観客側からの多重投影など、様々な工夫が凝らしてあります。これにより、舞台上のスクリーンや床面のみならず、観客席、壁面、天井にも演者や個物の影が映し出されます。

図1:影メディア映像の新しい投影手法(概念図)

「Dual 2010」―先人、木を植え、後人、木の下に憩う―

 このシステムを用いて、「先人、木を植え、後人、木の下に憩う」という言葉をモチーフにした作品「Dual 2010:Shadow Awareness Ⅱ」を10月29日から3日間、5回にわたり、車椅子の2人を含む8名で上演しました(図2、映像は(※2))。西洋子さんによる演出、演者の皆さん、板井志郎さんをはじめとする研究室スタッフ一同の活躍により、回を追って観客がふえ、最終回は入りきれないほど満員になりました。とくに、影メディアが創り出す「表現の場」に包まれることによって、演者と観客との間に、心の交流が作品のストーリイ展開とともに芽生えていくことを、スタッフ一同、実感することができたことは、最上の喜びでした。

 表現というと、目に見える外側の世界に意識が向きがちですが、表現の本質は、実は、見えない内側の世界の働きによる「出会い」と「つながり」にこそあるのではないでしょうか。影メディア技術は、昨今の社会で失われつつあるコミュニカビリティ能力の大切さを、私たちに、静かに問いかけているようにも思えます。

図2:Dual 2010:Shadow Awareness Ⅱの各シーンと参加スタッフ一同

(※1)http://www.festivalscienza.it/site/Home.html
(※2)http://www.festivalscienzalive.it/site/Home/Backstage/articolo9641.html

三輪 敬之(みわ・よしゆき)/早稲田大学理工学術院教授

【略歴】
1971年:早稲田大学理工学部機械工学科卒業
1976年:早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課程修了、早稲田大学助手
専任講師、助教授を経て、
1981年:早稲田大学理工学部機械工学科教授
現在、理工学術院創造理工学部総合機械工学科教授
工学博士

【著書等】
(1)三輪敬之(分担)“影システム” 「統合学」へのすすめ 晃洋書房(2007)
(2)三輪敬之(編著)“身体性・コミュニケーション・こころ” 共立出版(2007)
(3)三輪敬之・藪野健 “ワボットのほん ロボットの進化と人間の未来” 中央公論新社(2002)
(4)三輪敬之(分担)“共創における生命的コミュニケーション” 場と共創 NTT出版(2000)
(5)三輪敬之(編著)“生命機械工学” 裳華房(1992)