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河合 隆史(かわい・たかし)早稲田大学理工学術院教授 略歴はこちらから

3Dの現在と未来

河合 隆史/早稲田大学理工学術院教授

「3D元年」とブーム現象

 2010年は「3D元年」と呼ばれ、マスメディアに「3D」というキーワードが頻繁に登場した年であった。ここでの3Dとは、画面の前後に対象が再生される立体映像を意味しており、正式には2眼式立体映像、stereoscopic imagesと呼称される。「stereoscopic」という言葉は、両眼視を研究したWheatstoneによる造語であり、1838年に発表された論文で最初に使用されている。ギリシア語で「solid(固体・立体)」を意味する「stereo」と、「見る装置」という意味の「scope」が、その語源である。

 3Dの特徴として、周期的なブーム現象を指摘されることが多い。大きなものでは、1950年代、1980年代に3D映画のブームが生じており、現在を3度目のブームに位置づける場合もある。これまで3Dは、一過性のブームに過ぎなかったという点から、その普及の難しさを伺うことができる。しかしながら、繰り返しブームが訪れるという点では、3Dが、われわれ人類にとって、夢の技術の一つであることも示唆しているように思う。ここで、3Dの現在の特徴として、波及効果をあげておきたい。映画だけでなく、メーカー各社から3Dに対応したテレビやゲーム、携帯端末が次々と発表・市販されている現状は、筆者を含めた多くの研究者や業界関係者の予測よりも急速な展開といえるだろう。

「3Dの現在」における課題

 さて、3Dの普及による新たな産業・文化の創出効果が期待される一方で、ユーザにとってのメリットや付加価値は、未だ不明確な点が多い。「映画やテレビが3Dになると、どんな良いことがあるのか?」という問いに対して、少なくとも「(画面から)飛び出す」「引っこむ」というのは、答えとして十分でない。はたして3Dが、2Dとは異なる情感を伝達し得るのか、あるいは、われわれが、3Dの、どの要素に魅力を感じるのか、科学的に検証していくことは、一過性のブームに終わらせないための急務の課題といえる。

 3Dの現在における課題として、筆者の研究室では、ユーザ体験に関する実験的な検討に取り組んでいる。一例として図1に、映画を観察中の眼球運動の測定風景を示した。図2は実験で用いた映画の1シーンを、図3はこの映画を2Dで観察した場合の注視点の分布を、それぞれ示した。図3から、2Dで観察した際には、人物、特に顔に視線が集中していることが分かる。図4は、同じ映画を3Dで観察した場合の結果である。図4からは、人物の顔だけでなく、手前の構造物にも視線が集中していることが分かる。このような特徴的な差異を生じる影響源を明らかにするために、視覚情報の空間的な構成との関連をはじめとして、多様かつ緻密な分析を進めている。

図1 ヘルシンキ大学 心理学科での実験風景

図2 実験で使用した映画の1シーン ©Stereoscape

図3 2Dで観察した際の注視点の分布例

図4 3Dで観察した際の注視点の分布例

「3Dの未来」へ向けた取り組み

 筆者の研究室では、ユーザの認知・情動的側面の解明という、現在、必要とされている課題と併行して、3Dの未来を展望するための課題にも取り組んでいる。その方向性の一つは、3Dの新たな応用に関するものである。一例として、国立成育医療センター 発達心理科との共同研究により開発した識字学習用3D文字ブロックを、図5に示した。これは、本来2Dとして表現される文字の形状を、書き順に合わせて奥行き情報を付加し、識字学習において空間認識能力を駆使することを意図している。このように、ありのままを3Dで表現することから、特定の効能を想定して「敢えて」立体化することへの発想のシフトは、従来にない3Dの必然性を生み出すことにつながると考えている。

 もう一つの方向性は、3D表現による、視覚以外の知覚体験への拡張に関するものである。一例として、触運動錯覚呈示システムを、図6に示した。このシステムでは、3Dと触覚刺激を特定の法則に基づいて組み合わせることで、実際には与えられていない感覚を体験することができる。具体的には、自分の手に接触している静止物体が、手の表面を動き回っているように感じるという、身体感覚に関わる錯覚が引き起こされる。このような、単一感覚から多感覚の統合、換言すれば視覚から脳機能への着眼のシフトは、3Dを基盤とした次世代のメディアの形成において、不可欠となるだろう。

図5 識字学習用3D文字ブロック

図6 触運動錯覚呈示システム

 遠くの様子を見たり、見えているように表現したいという欲求は、われわれ人間にとって本来的なものであるといわれている。この点でいえば、3Dへの関心や期待は、ごく自然なものであり、その未来は、ある意味、人類の可能性にも関わっているように思う。

河合 隆史(かわい・たかし)/早稲田大学理工学術院教授

1993年 早稲田大学 人間科学部 人間健康科学科 卒業、1998年 早稲田大学 大学院人間科学研究科 博士後期課程 修了後、同大学 人間科学部 助手、国際情報通信研究センター 専任講師、大学院国際情報通信研究科 助教授などを経て、2008年より同研究科 教授ならびに基幹理工学部 表現工学科を併任、現在に至る。博士(人間科学)。 主な著書に、「3D立体映像表現の基礎(オーム社,2010年)」など。主な社会活動として、SD&A(Stereoscopic Displays and Applications,3Dディスプレイと応用に関する国際会議)Committee、I3DS(International 3D Society,国際3D協会)Japan Committee Chairほか。